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Channel: Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文
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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月19日) 

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今回のキーワードは,院内ユニバーサル・マスキング,肺外症状,ICUにおける死亡の危険因子,COVID19感染重症筋無力症,壊死性出血性脳症における未知の自己抗体,垂直感染(母子感染)しない理由,小児多臓器系炎症性症候群の成人例,重症例におけるI型インターフェロン反応の低下,トシリズマブ(抗IL6受容体抗体)の観察研究,Moderna社mRNAワクチンの安全性です.

連日,感染者数の増加が報道され,院内感染のリスク増加を考えるととてもストレスを感じます.しかし患者数の増加する今こそ,第1波の際にできなかった日本発の臨床研究や臨床試験を行うべきと思います.しかし世界の臨床試験が登録されるClinicalTrials.govを調べると,直近500のCOVID19関連試験のうち日本発のものは大阪のDNAワクチン(NCT04463472)1つだけでした.英国のRECOVER試験などを手本として,目標を定め,All Japanで取り組む必要性を感じますが,現状,何か行われているのでしょうか?

◆病院におけるユニバーサル・マスキングのエビデンス
病院におけるユニバーサル・マスキング(UM)は,すべての医療従事者,患者が常時マスクを着⽤することである.院内UMが,医療従事者のPCR陽性率に及ぼす効果について,米国マサチューセッツの12病院から報告された.調査期間は4つに分けられた.医療従事者のUM実施前(ピンク),患者のUM実施までの移行期間(紫),症状の発現を考慮した遅延時間(黄色),介入期間(緑)である.検査を受けた9850名の医療従事者のうち,1271名(12.9%)がPCR陽性であった.介入前の期間中,PCR陽性率は0%から21.3%へと指数関数的に増加した.介入期間中,陽性率は14.7%から11.5%へと直線的に低下し,1日あたりの平均低下率は0.49%,傾きの変化は1.65%(P<0.001)であった(図1).UMは患者と医療従事者間および医療従事者間の感染の減少に寄与したと考えられた.→ 院内感染を防止するためには医療従事者に加え,患者においてもマスク着用を徹底する必要がある.
JAMA. July 14, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.12897)



◆COVID-19の肺外症状についての総説
ウイルス受容体ACE2は複数の肺外組織に発現することから,さまざまな肺外症状を引き起こす.このなかには,神経学的合併症,急性腎障害,肝障害,胃腸障害,血栓塞栓性合併症,心疾患(心筋機能障害および不整脈,急性冠症候群),内分泌障害(高血糖およびケトーシス),皮膚科的合併症が含まれる(図2).発症機序としては,①ウイルスを介した直接的な細胞損傷,②ACE2のダウンレギュレーションの結果としてのレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の制御障害(アンジオテンシンIとアンジオテンシンIIの切断の減少をもたらす),③血管内皮細胞の損傷および血栓性炎症,④ウイルスによるインターフェロンシグナル伝達の阻害,T細胞の減少,および炎症性サイトカイン,特にIL-6およびTNFα産生による免疫応答の調節障害および高炎症,が考えられる.
Nat Med 2000;26:1017–1032(doi.org/10.1038/s41591-020-0968-3)



◆米国におけるICU入室患者における死亡の特徴と関連因子
全米65の病院の集中治療室(ICU)に入院した成人2215名において,784人(35.4%)が28日以内に死亡した.死亡に関連する因子は,高齢(80歳以上 vs 40歳未満:オッズ比11.15),低酸素血症(2.94),肝機能障害(2.61),腎機能障害(2.43),活動性がん(2.15),肥満(BMI ≧40対MG患者は,COVID-19感染により増悪しうるが,経過は4名それぞれで異なった.感染前のMGの活動性や肥満などが関与する可能性がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Jul 10, 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-323565)

◆神経合併症(2)壊死性出血性脳症における未知の自己抗体.
51歳男性,発熱と呼吸器症状で発症後,21日目に昏睡と右上肢の不随意運動を呈した.FLAIR画像では視床下部,小脳,脳幹,テント上の灰白質,白質に異常信号を認めた.髄液PCR陰性.検索した限り自己抗体は陰性.しかしサルの小脳スライス,ラットの海馬スライスにて,海馬と大脳皮質をスペアする特定の領域に患者IgGの異常な染色を認めた.具体的には脳室周囲,歯状回の近傍(図3上)や海馬アンモン角の近傍(図3下)に認めた.サル小脳では,バスケット細胞を思わせるプルキンエ細胞の周囲の染色を認めた.他の組織(ラット胃,腎臓,肝臓およびHeLa細胞)は陰性.ステロイドパルス療法とIVIGにて神経症状は改善し,29日目にICUから退室した.何らかの神経抗原を標的としたIgGによって神経症状が引き起こされた可能性がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Jul 10, 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-323678)



◆COVID19の垂直感染(母子感染)しない理由.
これまでCOVID19では垂直感染(母子感染)するというエビデンスは存在しない.ウイルスはACE2とセリンプロテアーゼTMPRSS2を利用して細胞内に侵入することから,妊娠中の胎盤におけるACE2およびTMPRSS2の発現を,単一細胞トランスクリプトーム解析にて検討した論文が米国から報告された.先天性感染症の原因となるジカウイルスやサイトメガロウイルスの受容体(NRP2やAXLなど)は,ヒト胎盤組織で高度に発現していたが,ACE2およびTMPRSS2は妊娠中を通じてヒト胎盤で最小限にしか発現していなかった.ウイルスが胎盤および胎児に感染する可能性が低い理由と考えられた.
Elife. 2020;9:e58716(doi.org/10.7554/eLife.58716)

◆川崎病に類似する小児多臓器系炎症性症候群(MIS-C)の初の成人例の報告.
COVID-19小児例で川崎病に似た炎症性疾患が報告され,「小児多臓器系炎症性症候群(Multisystem Inflammatory Syndrome in Children;MIS-C)」と呼ばれるようになり,診断基準も報告された.米国から初めての成人例が報告された.45歳男性,発熱,咽頭痛,下痢,両側下肢痛,結膜炎にて救急外来を受診.PCR陽性.5日以上の発熱,多形紅斑様発疹,両側非滲出性結膜炎,唇の紅斑またはひび割れ,直径1~5cm以上の片側頸部リンパ節腫脹を有していたことから,米国心臓協会の川崎病基準を満たし,また年齢を除けば,MIS-C の定義を満たした.低分子ヘパリン,IVIG,トシリズマブにより治療された.臨床症状は改善し,入院から9日後に退院した.
Lancet. 2020;S0140-6736(20)31526-9(Doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31526-9)

◆重症例における抗ウイルスI型インターフェロン反応の低下.
フランスからの報告.I型インターフェロン(IFN)とは,インターフェロンファミリーのうち,IFN-αとINF-βなどを含めた総称で,ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系のサイトカインである.さまざまな重症度を呈する50名の患者を対象として,統合的な免疫解析を行ったところ,重症ないし致死的患者では,IFN-βが欠如し,IFN-αの産生と活性が低く,I型IFN反応が高度に障害されていた.このため持続的な血中ウイルス負荷と炎症反応の増悪が生じていた.炎症は転写因子NF-κBによって引き起こされ,TNF-αおよびIL-6の産生およびシグナル伝達の増加を特徴としていた.治療戦略として,TNF-αやIL-6を標的とする抗炎症療法に,IFNを併用することが考えられた.
Science. July 13, 2020:eabc6027(doi.org/10.1126/science.abc6027)

◆トシリズマブは人工呼吸器装着患者の死亡率を45%改善する
侵襲的人工呼吸器を要する重症患者を対象に,トシリズマブ(抗IL-6受容体抗体;アクテムラ®)の有効性と安全性を評価した観察研究が米国から報告された.主要評価項目は生存率であり,副次項目としては重複感染についても統合した疾患重症度の順序スケールとした.対象は154名で,うち78名でトシリズマブを使用された.追跡期間の中央値は47日.開始時の特徴は両群間で類似していたが,トシリズマブ群はやや若年(55歳対60歳)で,慢性肺疾患が少なく(10%対28%),Dダイマーが低かった(2.4 mg/dL対6.5 mg/dL).主要評価項目については,トシリズマブは死亡を45%減少させ[ハザード比0.55(95%CI 0.33-0.90)](図4),疾患重症度スケールも改善した.トシリズマブ群では,重複感染症患者の割合が約2倍に増加したが(54% vs. 26%;p<0.001),トシリズマブ群の28日死亡率において,重複感染症患者と非感染患者に差はなかった(22% vs. 15%;p=0.42).合併した細菌性肺炎のうち黄色ブドウ球菌が50%を占めていた.28日間の死亡率は非使用群36%の半分の18%であった.つまりトシリズマブ群は重複感染の発生率が高いにも関わらず,死亡率は低かった.
Clin Infect Dis. 2020;ciaa954(doi.org/10.1093/cid/ciaa954)



◆Moderna社のmRNAワクチン第1相試験
米国Moderna社のmRNA-1273の第1相,用量漸増,オープンラベル試験がNEJM誌に報告された.対象は健康な成人45 名で,接種は28 日間隔で 2 回,25μg,100μg,250μg の用量で行なった(各群15名). 1回目の接種後は,用量が多いほどELISAによる抗体反応が認められた.2回目の接種後,力価は上昇し,中和活性は全例で検出された.半数以上の被検者に発生した有害事象としては,疲労,悪寒,頭痛,筋肉痛,注射部位の痛みがあった(図5).全身性の有害事象は2回目の接種後,特に250μg群で多く認められ,3名(21%)が1つ以上の重篤な有害事象を報告した.第2相試験はすでに進行中,3万人が参加する第3相試験も7月末に開始予定.→ 概ね安全と記載されているものの,有害事象は結構多い.大阪でのDNAワクチン治験は「大阪市大病院の医療従事者が対象」と発表され非常に驚いたが,この結果や感染後の抗体依存性感染増強(ADE)の危険性を考えれば,診療に当たる医療従事者を対象とした治験は行うべきではない.
N Engl J Med. Jul 14, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2022483)



新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月26日)  

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今回のキーワードは,嗅覚障害の長期間の持続,事前指示書記載の増加,抗体半減期はわずか73日,重症化する若者男性の遺伝的背景,人工呼吸器管理後の意識障害に対する治療,COVID-19関連ギランバレ-症候群37例,頭部MRI所見で分けた3病型,英国・中国2つのワクチンです.

中枢神経症状に関するカナダからの総説も印象に残りました.そのなかにウイルス感染の長期的影響についての議論がありました.コロナウイルスは神経向性をもち(図1),例えばHCoV-OC43や229Eは多発性硬化症やパーキンソン病への関与が指摘されています.動物実験レベルですが,MHVウイルスは嗅神経から感染し,黒質ドパミン系神経細胞を含め広く感染伝播します.よって神経向性を持ち,嗅神経から感染するSARS-CoV-2も自己免疫や神経変性機序を介して,遅発性に神経疾患をもたらす可能性があると指摘しています.このため政府に対し患者登録システムを作成し,今後数年間かけて,神経画像やバイオマーカーの追跡を行うことを提唱しています.つまりCOVID-19では遅発性,長期潜伏性の神経障害に注意が必要で,感染直後に無症状であっても長期的に大丈夫かは分からないということになります.杞憂であってほしいですが,若者であっても感染しないにこしたことはないことを伝える必要性を感じます.Eur J Neurol. 2020;10.1111/ene.14442.(doi.org/10.1111/ene.14442)



◆嗅覚障害は長期間持続する
ヨーロッパ4カ国の前方視的調査研究.対象はPCRないし抗体検査で診断され,かつ調査を完了した751名(男:女=274:477,41±13歳).このうち主観的な全嗅覚消失を621名(83%),部分的な嗅覚喪失を130名(17%)で認めた.初診から47±7日後(30~71日)の評価で,完全に回復したのは367名(49%)にとどまり,部分的な回復は107名(14%)で,277名(37%)は改善がなかった.嗅覚障害の持続期間は,完全に回復した患者では10±6日(3~31日),部分的に回復した患者では12±8日(7~35日)であった.
Eur J Neurol. July 16 2020(doi.org/10.1111/ene.14440)

◆コロナ時代における事前指示書記載の増加
事前指示書(Advance Directive)は患者や健常人が,将来自らが判断能力を失った際,自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示するための文書である.米国からの報告で,無料のウェブベースの事前指示書の利用者数を調査した結果が報告された.調査期間は2019年1月から2020年4月30日とした.COVID-19以前は,新規ユーザーが月26名,復帰ユーザーが月5名であったが,COVID-19以後(2月1日以降)はそれぞれ133名,21名と,約5倍と大幅に増加した(図2).コロナ後にサービスを利用した人はやや若く(49.3歳対51.8歳;P=0.03),自己申告の健康状態が良好であった(P=0.04).ケアの目標および終末期の優先順位には明らかな差はなかった.事前指示書の重要性に対する意識の高まりによるものと考えられる.
JAMA Netw Open. 2020;3(7):e2015762.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.15762)



◆軽症患者の抗体の半減期は約73日,長期間持続しない
無症状感染者はウイルス抗体価が低く,回復早期に陰性化してしまうことが報告されていたが(doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6),その詳細は不明であった.今回,米国からウイルス中和活性に対応する抗スパイク受容体結合ドメインIgGの経時変化をELISAにより検討した結果が報告された.対象は軽症34名(平均43歳)で,31名が2回,残りの3名が3回連続測定した.最初の測定は発症から平均37日後,最後の測定は平均86日後に行われた.年齢,性別,発症から最初の測定までの日数,および最初のlog10抗体価を含む線形回帰モデルに基づく推定平均変化量(傾き)は-0.0083 log10 ng/ml/日であり,これは約73日(範囲52〜120日)の半減期に相当した(図3).つまり軽症患者では液性免疫は長くは持続しないことが示唆され,集団免疫の実現性やワクチンの効果の持続性について注意を喚起するものである.
NEJM. July 21, 2020(doi.org/10.1056/NEJMc2025179)



◆重症化する若者男性の遺伝的要因の同定
入院患者のうち35歳未満の若年者が占める割合は少ないが,そのなかでは男性に死亡例が多いことが報告され,男性に何らかの重症化要因(原発性免疫不全)が存在する可能性が推測されていた.今回オランダから,X染色体劣性遺伝を想定して,発症した若年男性とくに兄弟ペアの全ゲノム解析が行われた.血縁関係のない2家族の男性4人(平均年齢26歳)が対象となった.慢性疾患の既往はなかったが,発症後は人工呼吸器管理を平均10日間要した.1名が死亡した.原因遺伝子としてX染色体上のTLR7遺伝子の機能喪失変異が同定された.家系1では4ヌクレオチド欠失が同定され,家系2ではミスセンス変異が確認された.ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系サイトカインであるI型インターフェロン(IFN)のシグナル伝達を検討する目的で,初代末梢血単核細胞をTLR7アゴニストであるイミキモドにより刺激したところ,下流の転写産物IRF7,IFNB1,ISG15のmRNA発現が対照と比較し抑制されていた.II型IFNであるIFN-γの産生もイミキモドによる刺激に対し抑制されていた.最近,重症50症例での検討で,I型IFN反応の低下が報告されていたが(doi.org/10.1126/science.abc6027),今回の結果は防御因子としてのI型IFNの重要性を示唆する(図4).
JAMA. July 24, 2020.(doi.org/10.1001/jama.2020.13719)



◆人工呼吸器管理後,意識障害が持続する原因不明の脳症に対しステロイドが有効
スイスからの単一大学病院からの症例集積研究.120名のICU入室者のうち5名が人工呼吸器管理後,2週間を経過しても意識障害が持続した.代謝性疾患やてんかんの合併はなかった.原因不明の脳症が疑われたが,頭部MRIでは血管の狭窄や髄膜の造影効果はなかったものの,頭蓋底部の血管(椎骨・脳底動脈,内頚動脈錐体部など)の内皮炎を示唆する異常造影所見を認めた.いずれの症例も髄液細胞数,蛋白は正常で,PCRも陰性であったが,全例でオリゴクローナルバンドを認めた.ハーフパルス療法(500 mg/day×5日間)を行なったところ,48-72時間以内で全例,劇的な意識レベルの改善を認め,3例は意識レベルが完全回復し,2例は変動があるものの回復した.頭蓋底部の血管炎による後方循環系=脳幹に機能障害が生じ,意識障害が生じたものと推測された.
Neurology. July 17, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010354)

◆COVID-19関連ギランバレ-症候群37例の特徴
米国から,COVID-19に関連して発症したギランバレ-症候群(GBS)37名の症例集積研究が報告された.平均年齢59歳(50歳以上で89.1%),65%が男性で,COVID-19発症からGBS発症までの期間は11±6.5日(3-28日)であった.臨床症状の特徴および重症度は,通常のGBS症例と同様だった.病型としてはAIDPが64.8%を占め,ついでAMSAN 13.5%,MFS 13.5%,AMAN 2.7%の順であった.髄液検査では76%の症例で蛋白細胞解離が認められ,検査を行った18例全例でPCR陰性であった.血清中の抗ガングリオシド抗体は17例中2名でのみ認め(アシアロGM1およびGD1b),いずれもMFSであった.33例(89%)の患者が免疫グロブリン(IVIG)で治療され,3例が血漿交換(うち2例はIVIG併用),MFSの1例がアセトアミノフェンで治療された.1例は呼吸不全で死亡したが,33例(89%)で8週間以内に改善を認めた.
Muscle Nerve. July 17, 2020(doi.org/10.1002/mus.27024)

◆COVID-19と他のインフルエンザ疾患との神経症校の比較
イタリアの単一施設からの報告.インフルエンザ/呼吸器症状にて入院した患者で,PCR陽性群213名と陰性群218名の神経症候を後方視的に評価し,COVID-19に伴う神経症候とその頻度を比較した研究が報告された.PCR陽性患者では,頭痛(4.6%対0.4%),発熱や低酸素血症を伴う脳症(35.2%対21.1%),嗅覚低下・消失(6.1%対0.9%),虚血性脳梗塞(0.9%対7.3%:なぜかむしろ少ない),筋力低下(32.3%対7.3%),筋痛(9.3%対0.9%),筋障害(4.7%対0%),CK上昇(58.2%対24.7%)の頻度が高かった.以上より,COVID-19は他のインフルエンザ疾患と比較した場合,頭痛,嗅覚障害,筋障害がとくに高頻度に認められる.
Eur J Neurol. July 18, 2020(doi.org/10.1111/ene.14444)

◆頭部MRI所見とそれに対応する神経症候
フランスの10病院による多施設共同研究で,COVID-19患者64名(男:女=43:21,平均66歳)を対象とした神経症候および頭部MRI検査に関する後方視的研究.36名(56%)の頭部MRIで異常が認められ,虚血性脳卒中(17名;27%),髄膜の造影所見(11名;17%),脳炎(8名;13%)が最も頻度が高かった.神経症候として最も多かったのは錯乱(53%)で,次いで意識障害(39%),錐体路徴候(31%),興奮agitation(31%),頭痛(16%)であった.画像による虚血性脳卒中,髄膜の造影所見(図5),脳炎の3群の比較では,虚血性脳卒中を呈した患者は,他の群と比較して,急性呼吸窮迫症候群ARDSの頻度が低く(18%対73%対75%;p=0.006),錐体路徴候の頻度が高かった(59%対36%対13%;p=0.02).脳炎患者は若年に認められ(中央値75歳対64歳対59歳;p=0.007),髄膜の造影所見を認める患者では興奮agitationの頻度が高かった(6%対64%対38%;p=0.009).
Neurology. July 17, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010112)



◆AstraZeneca社とオックスフォード大学のCOVID-19ワクチン第1/2相報告
英国の5つの試験施設において,スパイク蛋白質を発現するチンパンジーアデノウイルスベクターワクチンAZD1222(ChAdOx1 nCoV-19)(n=543)と,髄膜炎球菌複合ワクチン(MenACWY)(n=534)を対照として比較した第1/2相単盲検無作為化比較試験が実施された.AZD1222により中和抗体がほぼ全員(単回投与後で91%;32/35名,2回投与後では100%;9/9名)に認められた.また全例でT細胞反応が認められ,スパイク蛋白質特異的エフェクターT細胞反応は14日時点でピークとなり,2か月後の測定でも維持された.副作用はAZD1222で多く,注射部の痛み,頭痛,疲労,寒気,発熱,倦怠,筋痛が認められたが(いずれもp<0.05),パラセタモールの予防的使用で軽減した.重篤な有害事象はなく,許容できる安全性プロファイルを示した.現在,大規模なPh2/3試験が英国,ブラジル,南アフリカで進行中である.
Lancet. July 20, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31604-4)

◆中国CanSino社のCOVID-19ワクチン第2相報告
アデノウイルス5型(Ad5)ベクターCOVID-19ワクチンの第2相試験の報告.武漢の単一施設で実施された.免疫原性と安全性を評価するための初の無作為化比較試験であり,有効性試験のための候補ワクチンの適量を決定することを目的とした.1mLあたり1×10(11)ウイルス粒子の高用量群(n=253),5×10(10)ウイルス粒子の低用量群(n=129),または偽薬(n=126)に割り付けられた.高用量群,および低用量群の28日目の抗体陽転率はそれぞれ96%および97%であった.いずれの群も有意な中和抗体反応が誘導され,各群の幾何平均抗体価は19.5および18.3であった.単一細胞レベルで分泌されたサイトカインを検出できる特異的インターフェロンγ酵素免疫スポットアッセイ反応は,各群で90%ないし88%で観察された.副作用に関して,重度(グレード3)有害事象は高用量群では9%,低用量群では1%であった.以上より,低用量投与は,安全性は良好で,抗体やT細胞反応は同等と考えられ,第3相試験では低用量投与の効果を調べるべきと結論づけられた.
Lancet. July 20, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31605-6)

新しいパーキンソン病像(1886年からから2020年バージョンへ)

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Gowers先生による1886年のパーキンソン病のスケッチ(A)は4月27日の私のFBでも取り上げましたが,世界で最も使用され,教科書やインターネット上でしばしば見ることのできる有名な写真です.このスケッチに対し,フロリダ大学神経内科Melissa Armstrong先生ら(CBD の臨床診断基準;Armstrong 基準の先生です)は「この虚弱に見える男性のスケッチは確かにパーキンソン病について理解する助けにはなったが,今日のパーキンソン病とともに生きる人々の姿を反映していない」「患者数が急増し,社会的影響が拡大し続けるなか,病気を正確に表現することの重要性がますます高まっている」と考え,JAMA Neurology誌に2020年バージョンの新しいスケッチを発表しました.この疾患の多様性を1枚のスケッチで表すことは困難と考え,3つの絵で示しています.Bは症状が軽く活動的な生活ができる若い女性(右足にジストニア),Cは少し年配になり,「オン」と「オフ」を認める状態,そしてDは症状が進行し生活が制限された高齢男性が描かれています.性別,年齢,活動度に加え人種にも配慮がなされています.Armstrong先生らは「幅広い多様性を含むようにスケッチを改良することは,パーキンソン病の認知度を高め,現代のパーキンソン病患者さんが有意義な人生を送ることに役立つ」と述べています.今後,教育や説明資料等にこの図を使っていきたいと思います.

Armstrong MJ, Okun MS. Time for a New Image of Parkinson Disease. JAMA Neurol. 2020;10.1001/jamaneurol.2020.2412. doi:10.1001/jamaneurol.2020.2412

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月2日)―若者であっても感染すべきではない― 

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今回のキーワードは,COVID-19感染の影響は長期間持続する(心筋障害および呼吸障害),成人の10~100倍高い小児のウイルス量,脳神経内科医による患者100名の診察,IVIG反応性急性炎症性多発神経根炎,過去の風邪コロナウイルスへの感染が防御因子になる可能性,2つのワクチンのアカゲザルでの効果です.

前回,COVID-19では遅発性ないし長期潜伏性の神経障害を引き起こす可能性があることを紹介しました(doi.org/10.1111/ene.14442).今週は①持病のない若年成人でも,症状が長期化する可能性があること,②診断後2~3か月経過しても高率に心筋損傷がみられ,将来,心不全や心疾患が生じる可能性があること,③退院時においても肺の拡散能障害や拘束性障害が認められることが報告されました.やはりこの感染症は急性期が過ぎればそれで終わりという疾患ではないようです.若者であっても感染すべきではないことを周知する必要性があります.

◆症状の長期持続(1)基礎疾患のない若年成人でも症状は長期化しうる
米国からの報告.外来PCRで感染が確認され,症状を認めるものの入院を要しなかった274名に対し,検査から 2~3 週間後の電話調査で症状の有無を確認した研究が報告された.35%の症例で咳や疲労などの症状が持続し,もとの健康状態に戻っていなかった.また持病のない18~34歳の患者に限っても,19%の症例はもとに戻っていなかった(図1).COVID-19は,基礎疾患のない若年成人でも,症状が長期化する可能性があることを周知する必要がある.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep. July 24, 2020 (doi.org/10.15585/mmwr.mm6930e1)



◆症状の長期持続(2)診断2~3か月後に高率に認められた心筋損傷
ドイツ,フランクフルト大学からの研究.呼吸器症状から回復し,PCR陰性となった100名に対し,感染後64~92日目に実施した前方視的観察研究.対照群と比較して,COVID-19回復患者は,心機能低下(左室駆出率の低下や左室容積の増加など)を認めた.心臓MRI検査で78名(78%)にネイティブT1/T2の上昇,心筋後期ガドリニウム造影効果,心膜造影効果などの異常所見を認めた.60名は進行性の心筋炎を呈していた!また一部の患者の心筋内膜生検では,活動性のリンパ球性炎症が認められた.JAMA Cardiol. July 27, 2020(doi.org/10.1001/jamacardio.2020.3557)

またドイツからの別の研究で,COVID-19で死亡した39名の心筋を病理学的に調べたところ,24名(61.5%)にウイルスRNAが同定され(図2),炎症性サイトカインをコードする遺伝子発現も亢進していた.JAMA Cardiol. July 27, 2020(doi.org/10.1001/jamacardio.2020.3551)



以上より,COVID-19は急性期が過ぎればすべて良くなるわけではなく,将来,心不全やその他の心血管疾患に移行する可能性があり,継続的な心機能の評価が必要である.

◆症状の長期持続(3)退院時に肺拡散能の低下がみられる
COVID-19を罹患した110名(軽症24名,肺炎67名,重症肺炎19名)の退院時における呼吸機能検査を評価した中国からの報告.最も多い異常所見は拡散能の障害であり,次いで拘束性障害があった.いずれの障害も,疾患の重症度と相関していた.以上より,肺機能検査として拡散能検査も行うべきで,特に重篤な状態から回復した患者に対しては,定期的なフォローアップが必要である.また呼吸リハビリについても検討すべきであろう.これらの障害が持続するかどうかについては,長期的な研究が必要である.
Eur Respir J 2020 56: 2001832(doi.org/10.1183/13993003.01832-2020)

◆5 歳未満の小児では成人の10~100倍高い量のウイルスRNAが検出される
米国シカゴからの報告.小児は成人と比べて症状は一般に軽症であるが,ウイルス量について比較した報告はほとんどない.発症から1週間以内の軽~中等度の患者145名の鼻咽頭拭い液のウイルスRNA量を年齢別に3群に分けて比較した.患者の内訳は5歳未満(46名),5~17歳(51名),18~65歳(48名)であった.CT値(PCR増幅サイクル閾値のことで,低値ほどウイルスRNA量が多い)の中央値(四分位間距離)は,順に6.5(4.8~12.0),11.1(6.3~15.7),11.0(6.9~17.5)であった(図3).これは5歳未満の小児のウイルスRNA量は成人の10~100倍も多いことを意味する.つまり小児は,一般集団において感染の促進因子となる可能性があり,警戒を要する.また将来のワクチン摂取のターゲットとしても重要と考えられる.
JAMA Pediatr. July 30, 2020(doi.org10.1001/jamapediatrics.2020.3651)



◆神経合併症(1)脳神経内科医が診察した患者における神経筋症状は88%
COVID-19における神経筋合併症への注目度が増しているが,その頻度やタイプは十分に明らかにされていない.スペインの単一施設による研究で,内科病棟に入院し,脳神経内科医チームによる診察を受けた患者を対象に,神経筋症状の頻度や種類を検討することを目的とした.8人の神経内科医が連続100名の入院患者を対象に評価を行なった.88%が入院中にCOVID-19に関連した神経筋症状を少なくとも1つ有していた(2症候が58%,3症候が29%).最も多かったのは,嗅覚障害・味覚障害および頭痛(各44%),筋痛(43%),めまい(36%)で,次いで脳症(8%),失神(7%),痙攣発作(2%),入院期間中の虚血性脳卒中(2%)であった.嗅覚障害と頭痛は重症度の低い若年患者に関連しており,血清炎症マーカーとも関連していた.脳症は発熱や失神,炎症マーカーと関連していた.以上より,神経合併症は稀でなく,特に脳神経内科医による評価を受けた患者では高率に認められる.
Neurol Clin Pract. July 23, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000913)

◆神経合併症(2)IVIgに反応する急性炎症性有痛性多発神経根炎
ブラジルからの38歳男性の症例報告.5日間の発熱,咳嗽,疲労感,呼吸困難を呈し,ICUに入室,人工呼吸器を要した.ICU入院から15日後に両下肢近位部に耐え難い痛みを訴え始め,critical illness neuropathyの診断で,モルヒネ,デュロキセチン,プレガバリンが開始された.20日目にPCR陰性となり,疼痛が持続した状態で退院した.退院後5日目の脳神経内科医の診察では,疼痛VASは10/10と極めて強い痛みであった.治療薬の調整後(デュロキセチン,プレガバリン,アミトリプチリン,モルヒネ,ビタミン補給),数日でVASは0/10になった.しかし1週間後,灼熱感を伴う疼痛が再度出現し,両側のL5支配筋の筋力低下,両下肢の痛覚低下,強いアロディニアを伴っていた.脊髄MRIでは両側L5の造影効果が認められた(図4).髄液は蛋白細胞解離を認めた.急性炎症性有痛性多発神経根炎を疑い,IVIGを行なったところ,徐々に改善し,治療3週間後には臨床的に有意な改善が得られた.
Neurol Clin Pract. July 28, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000910)



◆過去の風邪コロナウイルスへの感染時に生じたT細胞が健常者の防御因子になる可能性
COVID-19感染者の臨床像は,無症状から重症までさまざまである.このような予後を決定する機序は未だ解明されていない.シャリテ・ベルリン医科大学等からの研究で,COVID-19患者18名および未感染の健常者68名において,末梢血のCD4+ T細胞のウイルス・スパイク蛋白質への反応を調べたところ,COVID-19患者では83%にスパイク蛋白質に反応するCD4+ T細胞を認めた一方,なんと健常者でも35%に認められた.未感染健常者から作製したスパイク蛋白質反応性T細胞株は,ヒト固有のコロナウイルスである229E,OC43,そしてSARS-CoV-2のC末端スパイク蛋白質に対して同様の反応を示した.このことは,おそらく風邪を引き起こす一般的なコロナウイルスに過去に感染した際に,このスパイク蛋白質交差反応性T細胞が生じた可能性が考えられた.一般集団の35%にも認められるスパイク蛋白質交差反応性T細胞の存在の意義は重要で,パンデミックに対し防御的に作用している可能性や,今後のワクチン治験のデザインおよび解析に考慮が必要である.研究チームはこのT細胞を有する場合,症状が軽症で済むかの検討を行う予定とのこと.
Nature. July 29, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2598-9)

◆ワクチン(1)Moderna社のmRNA-1273ワクチンがサルでの感染を阻止
非ヒト霊長類であるアカゲザルに,mRNA-1273ワクチンを10ないし100μg接種したところ,ヒト患者の回復期血清中の抗体レベルを上回る強力な中和活性が誘導された(図5).またワクチン接種は,スパイク蛋白質への1型ヘルパーT細胞(IFNγ, IL-2, TNFα)反応を誘導し,2型(IL-4, IL-5, IL-13)反応の誘導は認めないかわずかであった.この状況はワクチンの副作用として懸念されるワクチン関連増強呼吸器疾患(VAERD; vaccine-associated enhanced respiratory disease)は通常,引き起こさない.またワクチン接種群の8匹中7匹のアカゲザルでは,チャレンジ後2日目までに肺胞洗浄液中のウイルス複製は検出されなかった.さらに100μg投与群の8匹のサルの鼻腔拭い液検体でも,ウイルス投与後2日目までにウイルス複製は認められず,いずれのワクチン群の肺でも炎症や検出可能なウイルスゲノム,抗原は限定的であった.
NEJM. July 28, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2024671)



◆ワクチン(2)Ad26ベクターによるワクチン単回接種がサルでの感染を阻止
米国ハーバード大学などからなる研究チームの報告.スパイク蛋白質を発現するアデノウイルス血清型26(Ad26)ベクターによるワクチンの単回接種の免疫原性と保護効果についての研究が報告された.単回接種にしたのは,1回の接種だけで済むワクチンが理想的であるためだ.アカゲザル52匹を,ワクチンまたは偽薬で免疫し,鼻腔内および気管内ルートからウイルス感染を行ない,効果を確認した.Ad26 ワクチン群では強力な中和抗体反応が誘導され,ウイルス投与後の肺胞洗浄液および鼻腔拭い液において完全,もしくはほぼ完全に保護効果を示した.またその保護効果はワクチンにより誘発された中和抗体価と正の相関を示した.現在,臨床試験が開始されている.
Nature. July 24, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2607-z)

★下図はアメリカ疾病予防管理センター(CDC)から出された啓発用ポスターである.持病のない若者であっても診断の2-3週後の時点で,元の健康の状態に戻らないことを強調している.現在,第2波が訪れ,有効な対策が取られていない状況で,さらに感染者の増加が進むと思われる.最新の研究では,たとえ若者であっても感染しないことが望ましいことを多くの人に知って頂く必要がある.


新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月9日)   ―COVID-19による医療従事者のバーンアウト―

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今回のキーワードは,無症状感染者のウイルス量は発症者と同等,遅れる新規がん患者の発見,遠隔医療導入の必要性とその限界(デジタルデバイド問題),COVID-19と医療従事者のバーンアウト,神経合併症(回復患者の脳微細構造と機能の異常,思春期患者の脳症,多発microbleeds),正常肺にウイルス受容体はない,ウイルス反応性CD4+ T細胞続報です.

今週は2つの問題を考えさせられました.1つ目は「COVID-19に関連した医療従事者のバーンアウト(燃え尽き症候群)の顕在化」です.医療従事者はこの問題に苦しんできましたが,聖路加国際病院からの論文はCOVID-19がこの問題にさらなる拍車をかけている状況を如実に示しました.2つ目は「データ公表に関する科学者の道義的責任」です.コロナ前は査読を経て論文化したデータのみプレスリリースし,社会に周知していました.しかしコロナ後は迅速なデータ共有を目的として査読前プレプリント論文が普及し,さらに今回,論文にすらなっていないデータが社会に大きな影響を与える事態を経験しました.科学者のデータ公表に関する正しい姿勢が問われていると思います.

◆無症状感染者であってもウイルス量は発症者と同等,隔離は厳密に行うべき.
韓国からの報告.PCR陽性感染者303名を対象としたコホート研究.このうち110名(36.3%)が無症状であった.無症状感染者のRT-PCRのサイクル閾値(Ct値)=ウイルス排出量は,症状ありの感染者とほぼ同等であった.つまり感染拡大を防止するためには,症状の有無にかかわらず,PCR陽性者の隔離を厳密に行うべきである(家庭内感染を防ぐための施設は不可欠).また無症状感染者のうち21 名が後日,発症した.PCR陽性から症状発現までの期間は15 日(四分位範囲:13~20 日)であった.症状の有無に関わらず,PCR陰性化までの期間は同程度であった.
JAMA Intern Med. August 6, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.3862)

◆パンデミック後,新たに発見されるがん患者数が減少している.
米国からパンデミック前後で,6種類のがん(乳がん,大腸がん,肺がん,膵臓がん,胃がん,食道がん)の新規患者数の変化が報告された.パンデミック期間中,6つのがんを合わせると新規患者数は46.4%も減少した(4310名→2310名).乳がんの51.8%(2208名→1064名,P<0.001)を筆頭に,すべてのがんで有意な減少がみられた(図1).つまりパンデミックは受診控えに伴うがんの診断の遅れをもたらし,進行したステージでの受診や予後不良につながる可能性が高い.受診による感染を恐れる中高年齢者に対する「遠隔医療」の提供が求められている.
JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017267(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.17267)



◆遠隔医療の導入が困難な高齢者の原因と頻度(デジタルデバイド).
遠隔医療の導入で問題となるのは,どれだけの高齢者が取り残されてしまうかである.原因として(1)十分な聴力がない,(2)十分な視力がない,(3)話すことに問題がある,(4)認知症,またはその可能性がある,(5)インターネットに対応した機器を持っていない,(6)電子メールやインターネットを使ったことがないが挙げられる.(5) (6)はいわゆるデジタルデバイド(IT技術を利用できる人と,できない人の間に生じる格差)の問題である.
米国カルフォルニア州の65歳以上の住人を対象とした横断的研究が報告された.2018年において1300万人(38%)が遠隔診療の準備ができてないと推測された.家族などが遠隔診療を設定できたとしても,それでもできない高齢者は1080万人(32%)と推測された.電話診療のほうが多くの患者が使用できるが,聴覚障害,コミュニケーション困難,認知症などでできない高齢者は20%に上った(電話診療はさらに視覚的評価を必要とする医療には向いていないという欠点がある).政治はこのデジタルデバイド問題を認識し,医療と患者の橋渡しを行う必要がある.
JAMA Intern Med. August 3, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.2671)

◆バーンアウト(1).COVID-19が神経疾患領域にもたらした4つの変化
カリフォルニア大学サンディエゴ校のChenらは総説の中で,COVID-19が神経疾患領域にもたらした大きな変化を,入院診療,外来診療,研究,倫理の4つに分けて議論した.入院診療では,医療資源(個人防護具,人工呼吸器,ベッド,スタッフ)の枯渇や入院患者を院内感染から守るストレス,自身やスタッフ,家族が感染しうることへのストレス,人との接触を減らすことにより生じる医師-患者関係や教育の難しさといった医師のプロフェッショナリズムに関わる問題がある.外来診療においては重症化リスクの高い患者を感染から守るストレス,COVID-19を合併ないし関連する神経症状を呈する患者に遭遇しうるストレス,遠隔診療導入による負担増加などが考えられる.また研究でも進行中の臨床試験や基礎研究が予定通りに実施できないこと,倫理では不足する医療資源の配分や,ハイリスク患者のアドバンス・ケア・プランニングの問題がある.
Front Neurol. 2020;11:578(doi.org/10.3389/fneur.2020.00578)

◆バーンアウト(2).COVID-19患者と直接接触する医療従事者のバーンアウトと危険因子
聖路加国際病院において4 月に行われた調査結果が報告された.評価にはMaslach Burnout Inventory-General Survey日本語版が使用された.回答率75.6%,対象は312名で,バーンアウトの頻度は31.4%であった.バーンアウト群は,していない群と比較し,女性の割合が高く(80.6%対67.0%;P = 0.02),月当たりの休日日数が少なく(8日対9日;P = 0.03),中途退職の意思がある者が多く(74.5%対24.3%;P = 0.01),さらに年齢が若く(28歳対32歳;P = 0.001),経験年数が短かった(5年対8 年;P = 0.001).医師を基準とした場合,看護師(オッズ比4.9;P = 0.001),臨床検査技師(6.1;P = 0.002),放射線技師(16.4;P = 0.001),薬剤師(4.9;P = 0.02)でバーンアウトが多かった(図2).また経験年数(0.93;P = 0.001),個人用保護具に不慣れ(2.8;P = 0.002),睡眠時間の減少(2.0;P = 0.03),仕事量減少の希望(3.6;P = 0.002),感謝や尊敬の期待(2.2;P = 0.03)も影響因子であった.医師以外の職種におけるバーンアウト頻度が高いことの説明として,医師と比べて,これらの職種は裁量権と意思決定権が低いためではないかと考察されている.
JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017271(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.17271)



◆バーンアウト(3).医療従事者を守るために組織や国家が行うべきこと
全米医学アカデミーが,パンデミック下の医療従事者を守るために組織や国家が行うべきことについての提言を行った.医療従事者の不安の根底にあるのは,患者や同僚の間で感染が広まったり,家族に感染を持ち帰ったりすることへの恐怖である.また2003年にトロントでSARSが発生した際には,社会的孤立感,病気で同僚を失った痛み,感染したことに伴う社会的汚名などが原因で,強い精神的苦痛が生じたことが分かっている.これらを踏まえ,対策として組織は第1にCWO(チーフ・ウェルネス・オフィサー)の役職を設けて強力な権限を与え,医療従事者を守る仕組みを作るべきと述べている.第2に医療従事者がストレス因子について不利益を受けることなく自由に話し,上司は積極的にフィードバックする仕組みを作る必要があると述べている.一方,国家には身体的,精神的苦痛が生じた医療従事者のケアを行う予算を組むこと,苦痛を評価し,ケアの効果を検討するための疫学的追跡プログラムを実行することを求めている.
N Engl J Med 2020; 383:513-515(doi.org/10.1056/NEJMp2011027)

◆神経合併症(1)COVID-19の回復段階では脳の微細構造や機能の障害が生じ,記憶障害や嗅覚障害に関連する
中国からの前方視的研究.COVID-19から回復し,感染から3か月が経過した60名と対照39名に対し,神経症状の有無を評価し,さらに拡散テンソルイメージング(DTI)と3次元高分解能T1WIシーケンスを行った.結果として,55%(33/60名)が神経症状を呈しており,かつ嗅覚皮質,海馬,島皮質,左ローランド海綿体,左Heschl回,右帯状回の灰白質増加等の対照群にはない広範囲に及ぶ脳微小構造異常などが見出され(図3),それらの異常所見の一部は記憶障害や嗅覚消失と相関していた.以上より,COVID-19の回復段階での評価で,脳の微細構造および機能障害を認めること,つまり脳への長期的影響が生じうることが示唆された.
EClinicalMedicine. August 03, 2020(doi.org/10.1016/j.eclinm.2020.100484)



◆神経合併症(2)思春期のCOVID-19脳症を見逃してはならない
米国から,9日間の発熱後,脳症を呈し入院した従来健康な16歳男子が報告された.重度の倦怠感,錯乱を伴う進行性の傾眠,支離滅裂な発話を呈した.全身性の脱力を認め,介助なしでは歩けなかった.腱反射は正常.頭部CT(造影剤なし)も正常.CKは1200 U/Lまで増加,またSIADHを合併した.頭部MRIは実施しなかった.髄液細胞数は122/mL(単核球優位),蛋白は173 mg/dL,小児ICUに入室後,鼻咽頭拭い液PCRが陽性になったが,髄液は陰性だった.レムデシビルが使用された.神経症状は入院4日目に改善しはじめ,15日目に退院し,外来経過観察となった.若年者の脳症であっても,COVID-19は鑑別診断に加えるべきである.
Neurol Clin Pract. July 28, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000911)

◆神経合併症(3)critical illness-associated cerebral microbleeds
COVID-19により急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈した63歳男性に対してECMO治療を行ったところ,せん妄をきたし,頭部MRIでは脳梁と大脳皮質近傍の血腫と,無数のmicrobleedsを来した症例が報告された(図4).画像所見はcritical illness-associated cerebral microbleeds(CI-aCMB)と呼ばれるもので,人工呼吸器(とくにECMO)治療を要するARDSにおいて報告されている.原因は不明だが,インフルエンザにおいて報告があり,ウイルス感染に伴う内皮障害の関与が推測される.
Neurology. 2020;10.1212/WNL.0000000000010537(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010537)



◆正常な肺組織にはウイルス受容体ACE2はほとんど発現していない
ヒトのすべての主要な組織や臓器に対応する150種類以上の異なる細胞におけるACE2の発現パターンを,免疫組織化学的に検討した研究がスウェーデンから報告された.360名の肺組織を含むヒト組織を調べた.ACE2の発現は,主に腸,腎尿細管,胆嚢,心筋細胞,男性生殖細胞,胎盤上皮細胞,管細胞,眼,血管系で観察されたが,驚くべきことに,従来の報告と異なり,正常な呼吸器ではほとんど発現していなかった(図5).mRNA レベルでも同様であった.SARS-CoV-2はまず上気道の線毛上皮細胞や眼の結膜上皮に感染し,その感染が何らかの機序(インターフェロン?)による肺組織におけるACE2発現を誘導し,肺で感染するのかもしれない.
Mol Syst Biol. July 26, 2020(doi.org/10.15252/msb.20209610)



◆未感染健常者にみられるSARS-CoV-2反応性CD4+ T細胞は,4種類の風邪コロナウイルスと交差反応性をもつ
SARS-CoV-2の反応性CD4+ T細胞が感染していない健常者で報告されており,20~50%の人に交差反応性T細胞の記憶が存在することが示唆されている.米国からの研究で,COVID-19パンデミック前の25人のヒト血液サンプルを用いた検討を行ったところ,すでに報告されているようにSARS-CoV-2反応T細胞が見つかった.さらにSARS-CoV-2の142の領域(抗原決定基)がT細胞への反応と関連することを示した.またこのT細胞は,4種類の風邪コロナウイルスHCoV-OC43,HCoV-229E,HCoV-NL63,HCoV-HKU1にも交差反応性をもつことを示した.つまり風邪の原因となるコロナウイルスに対する多様なT細胞の記憶は,SARS-CoV-2にも作用することで,COVID-19で認められる症状の多様性の一部を説明できる可能性がある.しかし実際にこのT細胞がCOVID-19に対して防御効果を示しているのかは不明である.
Science. Aug 04, 2020(doi.org/ 10.1126/science.abd3871)

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月15日)  ―Long-Haul(長期間)COVID と名付けられたCOVID-19の後遺症― 

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今回のキーワードは,第2波における予後の改善の理由,個人防護具使用と抗体陽性率,N95マスクが枯渇したときの対処法,後遺症としてのLong-Haul(長期間)COVID,パンデミック期間中のパーキンソン病患者,多彩な神経合併症,頭痛外来に紛れ込むCOVID-19,ロシアでのアビガン臨床試験成功,ロシアでのワクチン開始が避難される理由です.

8月2日に「若者であっても感染すべきではない」と記載しましたが,さらにそれを肯定する論文が多数報告されています.今回紹介するのは「Long-HaulないしLong-tail COVID」と呼ばれている筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)様の後遺症と,感染後・免疫介在性に生じる神経合併症(重症筋無力症,遅発性運動異常症,ギラン・バレー症候群)です.脳神経内科的には極めて多彩な病態を来すため,感染者が急増する現状では,日常診療の場においてCOVID-19の可能性を常に考えて診療を行う必要があるように思います.

◆ヒューストンにおける第2波における予後の改善は,患者集団の変化と医療の改善で説明できる.
米国ヒューストンにおける第1波(3月13日~5月15日;774名)と第2波(5月16日~7月7日;2130名)の患者集団の変化と予後の違いに関する報告.第2波は,テキサス州全体の段階的な社会活動再開の2週間後に始まった(図1).第2波ではPCR検査数が増え,若年層,ヒスパニック系,社会経済的に低い患者層へと移行しており,糖尿病,高血圧,肥満などの併存疾患の合併は減少した.また第2波では,レムデシビルとエノキサパリン(抗凝固薬)の使用頻度が増加した.第2波での患者のICU入院の割合は少なく(20.1%対38.1%),入院期間は短縮した(4.8日 vs 7.1日).院内死亡率も低下したが(5.1%対12.1%),ICU入室患者の死亡率は有意に低下しなかった(22.9%対27.5%).第2波で予後が良好であることは,患者集団の特徴が変化した結果,併存疾患の合併が減少し,疾患の重症度が低くなったこと,ならびに治療薬を含めた医療が改善したことの組み合わせによって説明できる.→ 日本でも同様の科学的な分析が必要である. 
JAMA. August 13, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15301)



◆三次医療センターの病院職員の抗体陽性率は,周辺地域の一般住民よりも低い.
ニューヨーク州ロスリンにある三次医療センターにおいて,3月1日から4月30日までの間,無症状の病院職員に対して任意で抗体検査を行った.N95マスク,ガウン,手袋などの個人防護具(PPE)は,米国疾病対策予防センター(CDC)のガイドラインに基づいて使用された.病院職員3046名において,抗体検査を1699名(56%)に行ったところ,抗体陽性者は167名(9.8%)であった.病院職員と,ニューヨーク州が報告したロングアイランドの一般市民の抗体陽性率を比較すると,病院職員の方が有意に低かった(9.9%対16.7%, P < 0.001).病院職員がより高い頻度でウイルスにさらされていることを考えると,PPEは適切に使用されれば有効であることが分かる.この結果は医療従事者の不安や心理的苦痛を緩和するものと言える.
JAMA Intern Med. August 11, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.4214)

◆新品のN95マスクが入手できない場合,使用期限を過ぎたものや滅菌済みのもので代用可能.
パンデミック時,マスク不足は大きな問題となった.医療現場ではこれに対応するため,期限切れのマスクを使用したり,滅菌を行ったり,通常とは異なる使用法を行った.また認可外のマスクが代替品として輸入され,病院に寄贈されたりもした.このため,これら代替マスクの,エアロゾル粒子に対する適合濾過効率(fitted filtration efficiencies;FFE)について評価した研究が米国から報告された.使用期限切れのN95マスクと,エチレンオキサイドと過酸化水素滅菌を施したマスクでは,FFEに変化はなかった(95%以上).誤ったサイズのN95マスクでは,性能がわずかに低下した(90〜95%).また認可されていない6種類のマスクはすべて95%を達成できなかった.ちなみにサージカルマスクのFFEは71.5%,よく使用される耳ひも付きマスクは最も低い38.1%であった(図2).
JAMA Intern Med. August 11, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.4221)



◆Long-Haul(長期間)COVID と名付けられたCOVID-19の後遺症.
急性期から回復した患者の多くが,後遺症を呈することが明らかになりつつある.これには精神症状,睡眠障害,運動不耐性,自律神経症状(軽度の運動や起立時の頻脈,寝汗,温度調節異常,胃運動障害,便秘・軟便,末梢血管収縮),持続的な微熱,リンパ節腫脹などが含まれる.この病態に関する査読付き論文はまだ報告されていないが,ウェブ上では多くの記事で取り上げられており,「Long-Haul(長期間)COVID」もしくは「Long-tail(長い尾)COVID」と呼ばれている(図3:doi.org/ 10.1126/science.369.6504.614).
例えば26歳の高校教師は,自身の症状を以下のように説明している.「胸が痛くて,頭が痛くなる.体が痛くて心臓がドキドキする.ほとんど動けない極度の疲労状態だ.脳は霧の中で,ペットの犬の名前さえ覚えていない.睡眠と食欲を失う.足がしびれ,耳鳴りがする」
医師による検査では,症状を説明できる異常は見つからない.症状の多くは,筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)に似ている.ME/CFSの原因は不明だが,ウイルス感染を引き金として発症する可能性が指摘されてきた.Long-Haul COVIDは,ME/CFSの病態生理を研究する絶好の機会となるかもしれない.
Neurology. Aug 11, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010640)



◆パンデミック中,パーキンソン病患者の2/3が症状の増悪を実感した.
スペインからの報告.パーキンソン病(PD)患者に対して,パンデミックの影響を調査する目的で,95の質問を含むオンライン調査を行った.568件の有効な回答が得られた(年齢63.5±12.5歳,女性53%). 553名(97.4%)はパンデミックを認識し,68.8%は憂慮していた.95.6%が予防措置を講じていた(手洗い励行86.8%,マスク着用86.8%など).484名(85.2%)の患者はCOVID-19患者との接触はなく,またCOVID-19に感染したのは15名のみ(2.6%)であった(5名が入院したが,死亡はなかった).外出自粛中も72.7%の患者は活動的な生活を送っていたが,65.7%の患者は症状の増悪を感じていた(運動緩慢47.7%,睡眠障害41.4%,筋強剛40.7%,歩行障害34.5%,不安31.3%,疼痛28.5%,疲労28.3%,うつ27.6%など).
Mov Disord. Aug 10, 2020(doi.org/10.1002/mds.28261)

◆神経合併症(1)COVID-19感染後に重症筋無力症を発症しうる.
重症筋無力症(MG)は,アセチルコリン受容体(AChR)や神経筋接合部のシナプス後膜の分子に抗体が結合して発症する自己免疫疾患である.COVID-19発症後にMGを発症した3名(64~71歳,男性2名)がイタリアから報告された.発熱の出現後,5~7日以内にAChR抗体陽性の全身型MGを呈した.抗体価は22.8~35.6 pmol/L(正常値0.4pmol/L未満)であった.全例胸腺腫は認めなかった.治療は臭化ピリドスチグミン,プレドニゾン,IVIGに対し,通常のMGに典型的な反応を示した.病態機序として感染後・免疫介在性の障害,すなわちウイルスタンパク質に対する抗体がAChRサブユニットと交差反応した可能性が考えられる.
Ann Intern Med. Aug 10, 2020(doi.org/10.7326/L20-0845)

◆神経合併症(2)重症例において遅発性に出現する運動異常症.
フランスからの報告.ICUに入院し,人工呼吸器管理をされたのち,抜管後23±7日後(14~31日)に遅発性運動異常症を呈した5症例の症例集積研究.4名に上肢の姿勢時・動作時の振戦が認められ,そのうち1名(患者2)には不規則な起立性振戦が,1名(患者4;腎不全を合併)には両側上肢に安静時および姿勢時・動作時にjerky/myoclonicな異常運動が認められた.残り1名は右半身優位の動作時振戦であった.電気生理学的検討は患者2と4で行われ,大脳皮質ミオクローヌス(異常な長ループC反射)と皮質下ミオクローヌス(持続時間の長いバースト)が示唆された.病態機序として,(1)ウイルスによる直接的な中枢神経系の障害,または感染後・免疫介在性の障害,(2)(とくに症例4では)代謝性(腎不全),低酸素血症後ミオクローヌスの可能性が考察された.
Eur J Neurol. 2020;10.1111/ene.14474. doi:10.1111/ene.14474

◆神経合併症(3)COVID-19関連ギラン・バレー症候群(GBS)のsystematic review.
14編の論文で,合計18名の患者を対照としたsystematic reviewが報告された.全例, COVID-19の症状を認め,咳と発熱が最も多く認められた症状であった.COVID-19を発症してからGBSを発症するまでの期間は-8日(8日前)~24日(平均9日,中央値10日)であった.ほとんどの患者は,電気生理学的に脱髄型を呈する典型的なGBSの臨床像を呈していた.8例(44%)で人工呼吸器を要した.2例(11%)が死亡した.
Eur J Neurol. Aug 5, 2020(doi.org/10.1111/ene.14462)

◆神経合併症(4)COVID-19は頭痛のみ呈しうる.
トルコからの報告.頭痛が原因で頭痛外来を受診し,COVID-19と診断された患者を対象とした観察研究である.軽度の症状を有する PCR で診断されたCOVID-19 患者 13 名(女性9名)の頭痛の特徴が報告された.頭痛は全例で経過中の初期症状として出現したが,3名の患者は頭痛のみを呈していた.片頭痛に似た特徴を持つ重度の急激な発症,弱まることにない頭痛に加え,嗅覚・味覚障害や消化器症状(下痢,食欲不振,体重減少)を呈していた.頭痛は70%の患者で3日間持続し,全例で2週間以内に消失した.頭痛はCOVID-19の単独症状となる可能性があり,その他の症状を認めない患者では見逃される可能性がある.片頭痛の既往のない急性発症の持続性の頭痛を呈する症例,および嗅覚・味覚障害や消化器症状を合併する症例では,COVID-19に伴う頭痛を鑑別する必要がある.また考察では,アンギオテンシン系,CGRP,炎症性サイトカイン,三叉神経血管系が頭痛に関与する可能性について議論している.
Headache. Aug 13, 2020(doi.org/10.1111/head.13940)

◆神経合併症(5)動脈硬化性病変や危険因子を有する症例では大血管閉塞に注意する.
CPVID-19における脳梗塞と動脈硬化性病変の関連について検討を行ったフランスからの報告. COVID-19患者で,大血管閉塞(large vessel stroke)を呈した6症例(年齢中央値は52歳)について後方視的な解析を行った.全例,高血圧,糖尿病,脂質異常症,BMI>25などの危険因子を有していた.COVID-19の呼吸器症状の出現から,脳卒中発症まで11.5日であった.ベースラインにおいて,全例,CTまたはMR画像で脳内および脳外の血栓を有していた.頸部頸動脈に大きな血栓を認めた症例は,画像検査では,基礎となる軽度の非狭窄性アテローム腫を有していた(図4).血管リスク因子や基礎となる動脈硬化性病変を有する患者において,COVID-19感染した場合,脳梗塞の発症の有無を注意深く確認する必要がある.
Eur J Neurol. August 6, 2020(doi.org/10.1111/ene.14466)



◆治療(1)アビガンの成分であるファビピラビルがロシアの第II/III相臨床試験で有効性を示した.
RNAポリメラーゼ阻害剤であるファビピラビル(日本のアビガン)のロシア製品であるAVIFAVIRの第II/III相臨床試験のパイロットステージの結果が報告された.患者60名を低用量群(1日目に1600 mgを2回,翌日からは600 mgを1日2回),高用量群(1日目に1800 mgを2回,翌日からは800 mgを1日2回),非投与群の3群に20名ずつ割り付けた.投与開始5日の時点で,ウイルス除去率はAVIFAVIR群では62.5%(25/40名),非投与群では30.0%(6/20人)であった(p=0.018)(図5).また発熱もAVIFAVIR群の方が2日で正常化した(非投与群では4日かかった:p =0.007).また副作用はAVIFAVIR群の7/40名にみられ,下痢,悪心・嘔吐,胸痛,肝障害を認めたが,安全性と忍容性に優れていた.ロシア保健省はこの結果に基づいて,AVIFAVIRに対し,COVID-19患者に対する迅速販売を承認した.
Clin Infect Dis. Aug 9, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa1176)



◆治療(2)ロシアによるワクチン「スプートニクV」の2つの重大な問題.
Nature誌のNews欄.ロシアのプーチン大統領は8月11日,同国の保健当局が世界で初めてコロナウイルスワクチンを承認したと発表した.ClinicalTrials.govの登録データによると,このワクチンは,コロナウイルスのスパイク蛋白を発現する2種類のアデノウイルスベクターで作られている.旧ソ連時代に打ち上げた世界初の人工衛星の名前を取って「スプートニクV」と名付けられた.しかしワクチンの安全性と有効性をテストするための第3相試験(何千人もの人々にワクチンと偽薬を注射して行う追跡調査)をまだ完了していない.この十分な検証がなされていないワクチンの接種を開始することは,まずワクチン接種される医療従事者を含む人々を危険にさらす可能性があり,倫理に反すると多くの科学者は避難している.またこのワクチンは76名のボランティアに投与されているが,第1相と第2相臨床試験の結果は公表されていない.さらにもし健康被害が生じた場合,多くの人がワクチンの副作用を恐れ,受け入れを後退させることにつながるため,ワクチンによる感染拡大防止を目指す世界的な取り組み全体を台無しにしかねないと指摘している.
Nature. Aug 11, 2020(doi.org/10.1038/d41586-020-02386-2)

安楽死と医師介助自殺の問題を正しく議論するために

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先日,教室の先生方と,ALS患者の嘱託殺人事件をきっかけとして俄に議論されている「神経疾患における安楽死と医師介助自殺(physician-assisted suicide;PAS)」について議論しました.

まず伝えたかったことは,安楽死やPASが行われてきたオランダ,スイスのいずれもが倫理的に難しい問題に直面しているという現状です.例えばオランダでは認知症が安楽死の原因の第3位になるまで増加していますが,「かつて安楽死を希望しても,現在は自分がその状況をまったく理解できないひとを安楽死できるものなのか」という問題が生じています.またスイスにおけるPASのうち,神経変性疾患は14%にまで増加していますが,①自殺願望に取り憑かれ,明晰な考えができない可能性をどう判断するか?②治療やQOLを高める処置が十分に行われたか?またそれをどう判断するか?③たとえ自殺が認められたとしても,その時期はどのように決定するのか?という問題が生じています.

議論を通じて伝えたかったことは2点です.①安楽死やPASは「自己決定権」を根拠として行われるものの,それらは無条件で正当化され優先されるものではないこと,②私たち医療者は患者さんに,難病を患っても生き生きと暮らす患者さんがいること,そしてそのための医療やテクノロジー,支援制度があることを的確に伝える必要があるということです.スライドをご覧ください.


Ethics of Euthanasia and PAS for neurodegenerative diseases from Takayoshi Shimohata

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月22日) ー抗体陽性でも安心はできないー 

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今回のキーワードは,飛沫を増やしてしまうマスク,フェイスシールドの威力,母乳は感染源とならなそう,糖尿病と肥満の死亡に対する相対リスク,パンデミックによるてんかん発作の頻度増加,COVID-19脳症の特徴的FDG-PET所見,抗体は存在すればよいわけでない,ヒトにおける中和抗体の感染予防効果の初めての証明,抗体反応が長期に持続しない理由,微妙な抗ウイルス薬レムデシベルの効果です.
主に米国からの研究により,着実に病態機序が明らかになってきた印象があります.とくに抗体の効果と限界については理解する必要があります.

◆感染防御(1)飛沫を増やしてしまうマスクがある.
会話中の飛沫の程度を可視化できる光学測定法を開発し,入手可能なマスクの種類により,飛沫の抑制効果に違いがあるかを調べた米国からの報告.結果として,二層の綿製マスクは標準的なサージカルマスクとほぼ同程度に飛沫を抑制した(→アベノマスクもおそらく大丈夫).しかし綿製バンダナはだいぶ抑制効果が劣り,いわゆるバフ(Buff)型と呼ばれるネックフリース(山中教授がジョギングに推奨していたもの)はマスクなしに比べ,むしろ飛沫を増やすという結果となった(図1).感染予防に適切なマスクを使用する必要がある.
Science Advances. Aug 7, 2020(doi.org/10.1126/sciadv.abd3083)



◆感染防御(2)フェイスシールドの威力.
インドからの報告で,フェイスシールドの導入前(5月3日~15日)と導入後(5月20日~6月30日)で,COVID-19感染者のカウンセリング目的に家庭訪問をする保健師の感染者数を比較した研究.導入前では62名の保健師が5880箇所(このなかには222名の感染者がいた)を訪問し,12名が感染した.フェイスシールド導入後,感染しなかった残りの50名の保健師は勤務を続け,18228箇所(このなかには2682 名の感染者がいた)を訪問したが,この間,感染した人はいなかった.フェイスシールドは,眼から感染を減らしたか,マスクや手の汚染を減らしたか,もしくは顔の周りの空気の動きを迂回させた可能性がある.→ 自分も外来,回診でフェイスシールドをしている.曇って使いにくかったが,メガネ式にしたら快適になったのでおすすめです.
JAMA. Aug 17, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15586)

◆感染防御(3)母乳からの感染は心配なさそう.
COVID-19に感染した女性が母乳による育児を希望する場合,母乳を介した感染が生じるかは重要な問題である.これまで24例の症例報告があり,4名の母乳からウイルス RNA が検出されている.しかし,RNAの検出=感染性を意味するとは限らない.米国から研究で,感染した18名の母乳(合計64検体)を調べたところ,1検体からウイルスRNAが検出されたものの,培養しても複製されなかった.また残りの検体からも複製可能なウイルスは検出されなかった.検体数が少ないものの,母乳が赤ちゃんへの感染源となる可能性は低いものと考えられる.
JAMA. August 19, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15580)

◆危険因子(1)1型と2型糖尿病の死亡における相対リスク.
英国イングランドからの報告.糖尿病はCOVID-19による死亡の危険因子であるが,1型糖尿病と2型糖尿病の相対リスクは不明であった. 3月1日からの72日間において,COVID-19に関連する院内死亡は23698例で,うち3分の1は糖尿病患者であった.内訳は2型糖尿病が7434名(31.4%),1型糖尿病患者が364名(1.5%)であった.72日間の10万人当たりの未調整死亡率は,糖尿病なし27,1型糖尿病138,2型糖尿病260であった.COVID-19関連の院内死亡の調整オッズ比は,1型糖尿病では3.51,2型糖尿病で2.03であった.
Lancet Diabetes Endocrinol. August 13, 2020(doi.org/10.1016/S2213-8587(20)30272-2)

◆危険因子(2)肥満の死亡における相対リスク.
COVID-19の診断から21日後において,肥満と死亡との関連を検討した米国からの報告.COVID-19患者6916名のうち,BMIと死亡リスクの間には,肥満に関連した併存因子を調整した後でもJ字型の関連が認められた.BMIが標準(18.5~24 kg/m2)の患者と比較して,BMIが40~44 kg/m2,および45 kg/m2以上の肥満者の相対リスクはそれぞれ2.68,4.18であった.このリスクは,60歳以下,および男性で最も顕著であった.重度の肥満は重要な危険因子であり,早期に是正すべきである.
Ann Intern Med. Aug 12, 2020(doi.org/10.7326/M20-3742)

◆神経疾患(1)てんかんの発作頻度の増加と危険因子.
パンデミックがてんかん患者に与える影響を検討したスペインからの報告.対象は255名で,外出禁止の1ヶ月間に電話連絡により質問票を用いて評価した.発作頻度の増加を25名(9.8%)で認めた.外出禁止に関連した不安は68名(26.7%),抑うつは22名(8.6%),不安+抑うつ31名(12.2%),不眠は72名(28.2%)で認めた.73名(28.6%)で収入が減少した.発作増加の危険因子は,脳腫瘍関連てんかん[オッズ比7.36],薬剤耐性てんかん[3.44],不眠症[3.25],発作に対する恐怖心[3.26],収入減少[3.65]であった.5名でCOVID-19に感染したが,発作頻度に変化はなかった.脳腫瘍関連ないし薬剤耐性てんかんのようなコントロール困難な発作は,パンデミックにより増悪しやすく,また精神的ストレスも発作頻度を増加することが分かった.遠隔医療に対して214名(83.9%)が満足しており,パンデミック時に適した診療と考えられた.
Acta Neurol Scand. Aug 16, 2020(doi.org/10.1111/ane.13335)

◆神経疾患(2)COVID-19関連脳症のFDG-PET.
フランスからの4症例の症例集積研究.全例60歳以上で,認知障害を呈し,前頭葉症状を認めた.その他,小脳症候群を2名,ミオクローヌスを1名,精神症状を1名,てんかん重積発作を1名で認めた.COVID-19の初発から神経症状が出現するまでの期間は0~12日であった.全例,頭部MRIでは明らかな異常を認めず,髄液検査もほぼ正常,オリゴクローナルバンド陰性,PCR陰性であった.しかし全例で,脳FDG-PET/CTの共通する異常パターン,すなわち前頭部代謝低下と小脳代謝亢進を認めた(図2).免疫療法により全例が改善した.臨床症候は異なるものの,一貫したFDG-PET所見を認めたことから,COVID-19関連脳症の病態を反映している可能性がある.
Eur J Neurol. Aug 15, 2020(doi.org/10.1111/ene.14478)



◆抗体の効果と限界(1)COVID-19で回復した患者はスパイク蛋白質への抗体反応が強い.
回復患者と,急速に進行し死亡する患者の違いがなぜ生じるかは依然として不明である.入院患者22名の感染初期の抗体プロファイリングを調べた米国からの報告.回復した12名と死亡した10名を比較すると,ウイルス特異的IgGレベルに差は認めなかったが,回復群ではウイルス・スパイク蛋白質への抗体反応が強く,死亡群ではヌクレオカプシド蛋白質への抗体反応が強かった(図3).別の40名のコホートで検証を行ったが,同様の傾向が確認できた.抗体は存在すればよいわけでなく,どの抗原を認識しているかが予後に影響する.また開発中のワクチンのほとんどがスパイク蛋白質を標的としていることは合理的と言える.
Immunity. July 30, 2020(doi.org/10.1016/j.immuni.2020.07.020)



◆抗体の効果と限界(2)中和抗体はCOVID-19に対する予防効果をもつ.
中和抗体が感染予防効果を持つことは動物モデルでしか証明されていない.未査読論文であるが,米国から漁船におけるアウトブレイクにおいて,中和抗体の感染予防効果を示す事例が報告された.乗員122 名のうち120名を対象に,出航前と上陸後に,抗体およびPCR検査を行った.追跡期間の中央値は32.5 日(18.8~50.5日)であったが,この期間中に抗体陽性ないしPCR陽性になった者は104名もおり,船上で85.2%!の乗員(104/122名)が感染した.しかし出航前の検査で,中和抗体とウイルス・スパイク蛋白質反応性抗体を有していた3名は感染を免れており,中和抗体と再感染予防効果の関連が裏付けられた(p=0.002).著者は中和抗体がヒトにおいて感染予防効果をもつことが初めて示されたと述べている.
medRxiv. August 14, 2020(doi.org/10.1101/2020.08.13.20173161)

◆抗体の効果と限界(3)COVID-19で抗体反応が長期に持続しないメカニズム.
COVID-19では,回復早期にウイルス特異的 IgG および中和抗体レベルが低下してしまい,集団免疫の獲得が難しい可能性が,Nat Med誌などに指摘されてきた(doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6).米国からの研究で,この機序を解明する目的で,死亡患者の胸部リンパ節や脾臓を調べたところ,抗体を産生するB細胞が病原体の記憶を形成する場である胚中心がないこと,その胚中心を形成する転写因子Bcl-6を発現するB細胞が顕著に減少していることを発見した(この現症はSARSやエボラでも報告されている).また胚中心の欠損は,Bcl-6陽性濾胞性ヘルパーT細胞(TFH細胞)の分化を阻害すること,サイトカインTNFαの蓄積と相関することも見出した.重症患者の末梢血では,移行期および濾胞性B細胞が消失し,胚中心由来でないSARS-CoV-2特異的なB細胞集団が認められた.以上より,COVID-19のサイトカインストーム(TNFα)が胚中心の形成をブロックし,このためウイルス抗原に対する長期的記憶がB細胞に備わらないことが示された(図4).著者は同じ年に3,4 回感染することもありうるので注意が必要と述べている(ただしT細胞による感染予防効果はありうる).
Cell. August 19, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.025)



◆新規治療.米国ギリアド社による抗ウイルス薬レムデシベルの効果は微妙.
米国,欧州,アジアの105病院で,3月15日から4月18日までに登録された中等症患者584名を対象とした無作為化非盲検第3相試験の結果が報告された.レムデシビル10日コース(197名),レムデシビル5日コース(199名),標準治療(200名)のいずれかに1:1:1に割り付けられた.レムデシビルは1日目に200 mgを静脈内投与し,その後100 mg/日を投与した.主要評価項目は,11日目の臨床状態で,死亡(カテゴリー1)から退院(カテゴリー7)までの7段階の序列尺度で評価した.結果であるが,治療期間の中央値は,レムデシビル5日投与群で5日,レムデシビル10日投与群で6日であった.レムデシビル5日コース群では,標準治療群と比較して有意に良好であったが(オッズ比,1.65;P = 0.02),その差の臨床上の重要性は不明であった(図5).10日間コース群と標準治療群との間に有意差は認めなかった(P = 0.18).死亡患者の頻度は3群で不変.副作用は吐き気,低カリウム血症,頭痛はレムデシビル群で高頻度であった.残念ながら著効するとは言い難い.
JAMA. August 21, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.16349)



回復期リハビリテーションのバイブル:医療者から患者さん・家族まで

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マニュアル人間(思考)というと,指示通りに従い,自分で考えることができないネガティブな意味を持ちますが,逆にマニュアルを作るないし遵守するというと,ポジティブな意味を持ちます.つまり深く考えて突き詰め,初学者に教えられるよう標準化・体系化するマニュアルの作成は極めてレベルの高い行為であり,またそれを遵守することも,質の保証やさらなる発展につながります.

ご紹介したい書籍は角田亘先生(国際医療福祉大学医学部リハビリテーション医学主任教授)が編集した「回復期リハビリテーションマニュアル(医学書院)」です.一読して,角田先生を中心とする回復期リハビリ・チームの結束の固さ,レベルの高さを感じました.リハビリ病棟に関わるさまざまな立場の総勢48名の執筆者が,他書で目にしたことのない「プライスレスな診療のコツ」を惜しげもなく披露されています.各項目が「・・・のキホン」「・・・の実際」「ここをオサえる!」の3つの視点から述べられ(図),わかりやすいため,医療者はもちろんリハビリを要する患者さん,家族も読むことができます.

項目は回復期リハビリテーション病棟の現状やチーム医療の意味から始まり,入院時評価,リハ処方とカンファレンスの進め方,リハ訓練の実際,看護とケア,栄養や薬剤,合併症の管理,そして退院準備と実例紹介まで,回復期リハビリテーション病棟のすべてが凝縮されています.例えば「リハビリテーションの処方」や「自動車運転再開のための訓練」などは早く知っていれば良かったと思いました.ぜひ手にとっていただければと思います.

回復期リハビリテーションマニュアル(医学書院)
 


新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月29日) 

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今回のキーワードは,ソーシャル・ディスタンス=2メートルは間違い,2度目の感染症例,弱毒化を呈するウイルス変異体,中国におけるアウトブレイク封じ込め成功,男性が重症化する理由,高齢者が重症化する理由,神経合併症(致死性壊死性脳炎,上肢の多発神経障害,脳波モニタリング,ミクログリア活性化),重症例の死亡を顕著に抑制するヤヌスキナーゼ阻害薬です.
「男性が重症化する理由」では,男女のウイルス感染に対する免疫反応の違いが提唱され,また「高齢者が重症化する理由」では,気道を支配する迷走神経が,神経伝達物質の放出を介してマクロファージと連絡するという「神経免疫ユニット」の概念が提唱されています(肺脳免疫連関とも言えるかもしれません).これらはCOVID-19によりもたらされた新しい学問領域と言えると思います.

◆ソーシャル・ディスタンスの距離は状況で変わる.
「ソーシャル・ディスタンスは2メートル」とよく言われるが,このルールは,時代遅れの科学に基づくものだと指摘する論文が英国から報告された.実際にウイルス粒子は咳や叫び声などにより,7~8mも届いてしまう.「ソーシャル・ディスタンス」の距離は,マスク着用,屋内外,換気や密の具合,接触時間など,複数の要因を考慮すべきである.図1は,これらの要因により感染リスクがどのように変化するかの目安を示している(緑:リスク低,黄:リスク中,赤:リスク高).改めてマスク着用,換気,大声出したり歌わないことの大切さが分かる.また混雑したバーなどの屋内環境では感染リスクが高く,2m以上の距離をとることや,滞在時間を最小限にする必要があることも分かる.
BMJ. Aug 25, 2020(doi.org/10.1136/bmj.m3223)



◆初回感染から4.5ヶ月後の2度目の感染例.
話題となった香港大学からの報告.患者は生来健康な33歳男性,軽症の呼吸器症状にて発症し,3月26日,PCR陽性にて診断された.29日に入院したが,軽症で症状消失し,2度,PCR陰性を確認したのち4月11日に退院した.その後,欧州に出かけたが,8月15日(初回感染から142日後)の帰国時,空港で再度PCR陽性となった .2回の感染時の検体を用いて,ウイルスの全ゲノム解析を行い比較したところ,B細胞やT細胞のエピトープを含む9種類のタンパク質に23ヌクレオチド,13アミノ酸の相違を認め,感染の持続ではなく再感染であることが確認された.ゲノム配列情報をデータベースを用いて確認したところ,1回目のウイルスゲノムは,2020年3月/4月に登録された株に近く,2回目のものは7月/8月に登録された株に近かった.著者は「自然感染やワクチン接種による集団免疫を目指しても,ウイルスがヒト集団間で循環し続ける可能性がある」と述べている.しかし2回目の感染は,1回目と異なるウイルス株であったにも関わらず無症状であったため,本例の意義については多数例での検証が必要であろう.
Clin Infect Dis. August 25, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa1275)

◆弱毒化を呈するウイルス変異体の発見.
シンガポールからの報告.SARS-CoV-2ウイルスのORF8領域に382ヌクレオチド欠失(∆382)を有する変異体が報告されていた(この領域はコロナウイルス変異のホットスポット).この欠失が臨床的特徴に及ぼす影響が検討された.1月22日から3月21日までの間に,感染が確認された278名のうち131名が対象となった.野生型ウイルスのみに感染したのは92名(70%),野生型ウイルスと∆382変異型の混在感染が10名(8%),∆382変異型ウイルスのみに感染したのは29名(22%)であった.酸素吸入を要する低酸素血症の頻度は,野生型群では92人中26名(28%)であったのに対し,∆382変異型群では29名中0名(0%)であった.年齢および併存疾患の存在を考慮した調整後オッズ比は0.07で,∆382変異型群の良好な経過が示された.またΔ382変異型群では炎症性サイトカイン,ケモカイン,成長因子の濃度が低値であった.この変異体が,ウイルスの弱毒化に関わる可能性が示唆される.
Lancet. August 18, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31757-8)

◆中国における2回目のアウトブレイクに対する封じ込めの成功.
本年6月,中国2回目のアウトブレイクが北京で発生した.56日間連続して感染がなかったものの,6月11日に海産物市場(!)に勤務する50歳代男性の発症が確認された.同日にアウトブレイクアラートが発令され,市場は翌日から閉鎖された.13日から対応策が強化され,PCRによる症例の発見と隔離,濃厚接触者の追跡と隔離が行われた.近隣地域でも積極的なPCRや疫学調査の拡大,移動制限も行われた.結果として93名(27.8%)の無症状感染者を含む335名の感染が確認されたが,7月5日以降は感染者がなくなり,封じ込めに成功した.最初の患者の発症からアウトブレイクアラートまでの期間は7日間と短く,かつ24時間以内に地域住民を対象とした感度の高いサーベイランス,迅速な調査と封じ込め対策を実施し,大規模な流行を回避した. → 図2の患者数と期間を見ると,第2波の封じ込めがうまく行かなかった東京と対照的と感じてしまう.
JAMA. August 24, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15894)



◆男性が重症化する理由は,ウイルスに対する免疫反応の性差で説明できる?
COVID-19の予後に性差が影響するという報告が増えている.米国からの報告で,軽~中等症の入院患者39名(男:女=17名:22名)においてウイルス特異的抗体価,血漿サイトカイン,血球タイプなどの性差を検討した.男性患者では,IL-8,IL-18などの炎症性サイトカインの血漿中濃度が高く,非古典的単球の誘導がより強固であった.一方,女性患者では,ウイルス感染時に男性患者と比べ,T細胞活性化(とくにCD8+T細胞)が有意に高く,かつ高齢であっても持続していた.T細胞応答は患者の年齢と負の相関があり,男性では高齢であるほど劣り,病状悪化と関連した.これに対し女性患者の病状悪化は自然免疫系の炎症性サイトカインの増加と関連していた(男性では認めなかった).これらの免疫反応の性差が予後の性差に関与している可能性がある.
Nature. August 26, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2700-3)

◆高齢者が重症化する理由は「神経免疫ユニット」の機能低下で説明できる?
高齢者で重症化する機序についての仮説が英国から提唱された.図3は「神経免疫ユニット(neuroimmune unit;NIU)」の構成要素とその年齢依存性の機能不全を示す.気道を支配する迷走神経線維は,神経および気道関連マクロファージと密接に関与し,アセチルコリンや神経ペプチドなどの神経伝達物質の放出を介して常駐するマクロファージと連絡する.このマクロファージは,自然免疫応答を調節し,SARS-CoV-2感染などの後の炎症を抑える.しかし加齢により,迷走神経活動と免疫監視機能が低下すると,炎症性サイトカインの産生が増加する.またウイルス感染後,免疫細胞により炎症性サイトカインはさらに局所的に産生されるが,迷走神経活動はその産生を抑制し,炎症の解消に作用する可能性がある.つまり加齢に伴う迷走神経免疫調節機能の低下と病原体に対する免疫細胞反応がサイトカイン・ストームを誘発し,呼吸不全および死に至る可能性がある.NIUは新たな治療標的である.
Nat Rev Neurol. August 25, 2020(doi.org/10.1038/s41582-020-0402-y)



◆神経合併症(1)致死性壊死性脳炎.
フランスからの症例報告.低栄養を認めた56歳男性が意識障害にて発見され,急速に増悪し,受診36時間後に死亡した.鼻咽頭拭い液PCR陽性,髄液PCRは陰性.画像所見では脳浮腫,両側視床病変による第3脳室圧迫,および造影所見を認める小脳病変による第4脳室圧迫があり,これらによる急性水頭症を認めた(図4).考察ではCOVID-19による脳炎の診断は,現状では除外診断になること,ならびに急速進行性に悪化しうることを強調している.
Neurol Clin Pract. August 18, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000945)



◆神経合併症(2)長期腹臥位換気後の上肢の多発神経障害.
ニュージーランドからの症例報告.肥満(BMI 42.6)を認める55歳女性が,7日間の呼吸器症状を認め,PCR検査にてCOVID-19と診断された.人工呼吸器が装着されたが,低酸素血症が持続し,1日16~18.5時間の腹臥位換気が行われた.11日後に抜管されたが,両肩(外転,回外)の高度脱力,指(外転)の軽度脱力,両側腋窩神経領域のしびれを認めた.頸部と上腕神経叢のMRIは正常であったが,両側の棘上筋,棘下筋,三角筋に対称的なMRI信号異常が認められた.臨床,画像所見,電気生理学的所見を総合すると,両側肩甲上神経,腋窩神経,尺骨神経の多発神経障害と考えられた.著者らは長時間の腹臥位換気が,上腕神経叢の血液神経関門の損傷を引き起こし,これらの多発神経障害を発症する素因になったと考えている.頻回の体位変換が防止に有効な可能性がある.
Neurol Clin Pract. August 18, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000944)

◆神経合併症(3)脳波モニタリング.
米国からの報告.対象は脳症を呈した重症患者5名で,うち3名で痙攣様異常運動を認めた.脳波はびまん性緩徐化や全般的,律動的デルタ活動を呈していた.また,2名では2~3Hzに達するてんかん様放電が認められ,うち1名は非痙攣性てんかん重積発作,もう1名はミオクロニー運動を伴うてんかん重積発作を呈していた.臨床症状および脳波異常は抗てんかん薬により改善した.COVID-19脳症に対し,脳波モニタリングは抗てんかん薬による治療開始の決定に有用である.
Eur J Epilepsy August 21, 2020(doi.org/10.1016/j.seizure.2020.08.022)

◆神経合併症(4)COVID-19患者脳幹におけるミクログリア活性化.
スイスからの報告.COVID-19患者7名の神経病理学的所見を,他の疾患対照群(非敗血症性患者5名と敗血症性患者8名)と比較した.COVID-19患者のうち,3名が神経症状(昏睡,見当識障害,めまい)を呈した.脳内ミクログリアの活性化がCOVID-19の神経症状に関与しているという仮説を立て,ミクログリア活性化のマーカーである抗HLA-DR抗体を用いた免疫染色を行ったところ,橋,延髄,嗅球などにミクログリアの活性化が認められた.COVID-19患者の脳幹におけるミクログリア活性化は,非敗血症性対照群に比べて有意に高かったが,敗血症性対照群とは差はなかった.以上より,COVID-19患者で観察された脳幹のミクログリア活性化は疾患特異的な所見ではないと考えられた.またCOVID-19患者における脳へのリンパ球浸潤や,ACE2発現の増加も認められなかった.
Acta Neuropathol. August 6, 2020(doi.org/10.1007/s00401-020-02213-y)

◆新規治療:重症例の死亡を顕著に抑制するヤヌスキナーゼ阻害薬.
COVID-19では,サイトカイン放出に由来するリンパ球減少や高度の炎症反応を伴う肺炎を呈する.これらのメディエーターはJAK(ヤヌスキナーゼ)-STATシグナル伝達経路によって転写制御される(図5).このためJAK阻害薬で,関節リウマチに対して本邦でも保険適応のあるバリシチニブを重症例20名に用いた観察縦断試験がイタリアから報告された.バリシチニブ 4 mg を 1 日 2 回 2 日間使用し,その後残りの 7 日間は 1 日 4 mg 使用した.バリシチニブ群では,治療終了後に死亡した患者は20名中1名(5%)であったが,非バリシチニブ群では56名中25名(45%)が死亡した(p<0.001).またバリシチニブ群では,IL-6,IL-1β,TNF-αの血清レベルが著しく低下し,T細胞とB細胞の循環頻度が急速に回復し,ウイルススパイク蛋白に対する抗体産生が増加した.これらは酸素吸入量の減少や,P/F比(酸素化)の改善と相関した.重症例に対する有効治療がなかなか確立できないでいるが,観察研究とは言え,生存率とサイトカインの双方に著効を示したバリシチニブは期待が持てる.
J Clin Invest. Aug 18, 2020(doi.org/10.1172/JCI141772)


新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月5日)  

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今回のキーワードは,空気再循環バスにおける空気感染,気管支喘息は重症化の危険因子ではない,重症COVID-19の病態はサイトカインストームとは言い難い,COVID-19脳症における血液脳関門の破綻,COVID-19関連ギラン・バレー症候群における抗ガングリオシド抗体測定,単独顔面神経麻痺の初めての報告,高齢者へのBCG接種の効果,重症患者に対する全身性ステロイドのメタ解析,突然変異によるウイルス多様性は乏しい,です.

治療に関する良いニュースがありました.国別の致死率の違いに影響する可能性が指摘されてきたBCGワクチン接種が,高齢者において実際にウイルス性呼吸器感染症に対し予防効果をもつこと(ただしCOVID-19への効果はまだ不明),ステロイドの全身性投与は重症例における28日間の死亡率を41.4%から32.7%に低下させたこと(ただし軽症例は避ける),急速にウイルスの感染拡大が広がったものの,突然変異によるウイルス多様性は乏しく,ウイルスごとにワクチンを作る必要はなさそうであることが報告されています.

◆空気感染の傍証:空気再循環バスでの感染蔓延.
中国からの報告.本年1月19日に,128名が礼拝に参加するために2台のバスに60名と68名に分かれて乗車し,往復100分間同乗した.いずれのバスもエアコンが室内再循環モードであった.バス2には武漢由来の患者1名が乗車していたが,その後,そのバスで68名中24名(35.3%)がPCR陽性となった.一方,バス1では感染者は出なかった.バス2の中で,最初の患者のそばの座席(高リスクゾーン)での感染率は,それ以外の低リスクゾーンと比較して,リスク上昇は有意でなかった(つまり患者のそばでなくて感染した)(図1).以上より,空気感染が広範囲に,高頻度の感染を引き起こしたものと推測された.空気が再循環する閉鎖的な環境では,空気感染が生じることを認識し,予防する必要がある.
JAMA Intern Med. September 1, 2020.(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.5225)



◆気管支喘息は重症化の危険因子ではない.
気管支喘息は重症化の危険因子という記載があるものの,その根拠は十分ではない.このため既報の15の臨床試験を統合した研究が米国から報告された.各試験の地域における喘息の有病率と,COVID-19入院患者における喘息の有病率を比較したところ,ほぼ同程度であった(プール推定有病率6.8%).さらにCOVID-19入院患者における気管内挿管率も,喘息の有無に関わらずほぼ同程度であった(図2).つまり喘息はCOVID-19による入院や気管内挿管のリスク因子とはならない可能性が高い.一方,インフルエンザによる入院患者では20%以上が喘息患者で,COVID-19と比べ有意に高頻度であった.著者は喘息患者でCOVID-19が少ない理由として,吸入コルチコステロイドの使用がウイルス受容体ACE2の発現を抑制し,ウイルスの侵入が困難になっている可能性を考えている.
Ann Am Thorac Soc. August 31, 2020(doi.org/10.1513/AnnalsATS.202006-613RL)



◆重症COVID-19の病態はサイトカインストームとは言い難い.
COVID-19の重症化にサイトカインストームが重要であると指摘されてきたが,血漿中サイトカイン濃度は低く,その名称の使用は適切でないという指摘があった(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.3313).そもそもサイトカインストームの定義自体が明確ではないとの指摘もあった.このため,重症COVID-19患者と他の重症疾患の炎症性サイトカイン値(TNF,IL-6,IL-8)を比較した研究がオランダから報告された.対象は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈するCOVID-19患者46名,ARDSを呈する(細菌性)敗血症性ショック患者51名,ARDSを有さない敗血症性ショック患者15例,院外心停止患者30名,多発性外傷患者62名であった.COVID-19群では,ARDSを伴う敗血症性ショック群よりすべてのサイトカインが有意に低かった(図3).またARDSを伴わない敗血症性ショック患者と比較して,IL-6およびIL-8が有意に低かった.COVID-19群のTNFは外傷群よりは高かったが,IL-6は心停止群または外傷群と差はなかった.IL-8は心停止群より低かった.以上より,ARDSを呈するCOVID-19患者のサイトカインレベルは,細菌性敗血症患者と比較して低く,他の重症患者と同等であったことから,COVID-19はサイトカインストームによって特徴づけられるとは言い難いと考えられた.
JAMA. September 3, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.17052)



◆神経合併症(1)COVID-19脳症では血液脳関門の機能障害が生じている.
フランスからのCOVID-19の縦断的研究.腎臓病棟に入院した5名の脳症患者を対象とした.神経学的には,錯乱,振戦,小脳性運動失調,行動変容,失語,錐体路徴候,昏睡,脳神経障害,自律神経障害,中枢性甲状腺機能低下症などが認められた.神経学的障害に並行して,サイトカイン放出症候群(血清IL6,CRP,LDH上昇)を認めた.髄液PCRは全例で陰性であった.頭部MRIでは,急性白質脳炎(3名,うち1名は出血性),虚血性脳卒中に類似した細胞性浮腫(1名),もしくは正常(2名)であった.ステロイドやIVIGが試みられ,2名は急速に回復した.また髄液/血清アルブミン・インデックスと血清アストログリアタンパクS100Bの増加が見られ(図4),血液脳関門の機能障害が示唆された.以上より,COVID-19脳症では,サイトカイン放出症候群に加えて,血液脳関門の機能障害が関与することが示された.
Eur J Neurol. August 27, 2020(doi.org/10.1111/ene.14491)



◆神経合併症(2)COVID-19関連ギラン・バレー症候群の抗ガングリオシド抗体.
イタリアから72歳女性のギラン・バレー症候群の報告.10日前から発熱,咳,咽頭痛,嗅覚障害が出現,その後,弛緩性の四肢麻痺,顔面神経麻痺,呼吸不全を呈した.神経伝導検査では脱髄性神経障害を,髄液検査では蛋白細胞解離を認めた.治療はIVIGとCOVID-19に対する投薬が行われた.25 日目に部分的に人工呼吸を要したが,有意な筋力の改善を認めた.抗ガングリオシド抗体が測定され,抗GM1,抗GD1a,抗GD1bが陽性であった.GD1a/GD1b抗体は脳神経麻痺を認める症例でしばしば検出され,またGD1aガングリオシドは嗅球で強く発現することから,嗅覚障害を説明できる可能性がある.抗ガングリオシド抗体検査は,SARS-CoV-2に関連した他の神経障害でも有用である可能性がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Aug 28, 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-324279)

◆神経合併症(3)COVID-19関連単独末梢性顔面神経麻痺.
フランスからの症例報告.起床時に気が付かれた急性の左顔面神経麻痺にて入院した57歳女性.7日前に一過性の疲労,筋痛,軽度の咳嗽を認めていた.鼻咽頭拭い液PCR陽性,髄液PCRは陰性.呼吸器症状は一時,悪化したが,1ヶ月後には呼吸器症状,神経症状とも改善した.顔面神経麻痺に対しては通常治療を行ったが,COVID-19感染を認めるためステロイドは使用しなかった.ウイルスによる顔面神経への直接の感染より,免疫介在性の障害が疑われた.
Eur J Neurol. August 27, 2020.(doi.org/10.1111/ene.14493)

◆高齢者へのBCG接種がウイルス性呼吸器感染症を予防する.
ギリシア,オランダ,ドイツの国際共同研究.BCG接種の高齢者(65歳以上)への呼吸器感染症予防効果を評価するプラセボ対照無作為化試験(第Ⅲ相ACTIVATE試験).高齢患者(198名)が退院時にBCG(72名)またはプラセボワクチン(78名)を接種され,新規感染がないか12ヵ月間追跡された.中間解析の結果,BCG接種により初感染までの期間が有意に延長した(中央値16週対11週).新規感染症の発生率はプラセボ群42.3%,BCG群25.0%であった(ハザード比0.21,p=0.013).ウイルス性呼吸器感染症に対して最も強い保護効果が認められた.副作用の頻度に差はなかった.3ヶ月後の単球において,エピジェネティックなリプログラミングと,サイトカイン(TNF,IL1b,IL-10)産生増加が認められた.以上より,対象患者数が少ないものの,高齢者に対するBCGワクチン接種は安全であり,感染症から保護できる可能性が示された.2017年に開始された今回の試験では,COVID-19への予防効果の判断は困難である.新たな大規模研究が進行中である.
Cell. August 31, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.051)

◆全身性副腎皮質ステロイド投与は重症患者における発症28日間の死亡率を低下させる.
WHOによる報告.1703名の重症患者を含む7つの無作為化試験のメタ解析が報告された.デキサメタゾン,ヒドロコルチゾン,またはメチルプレドニゾロンの全身投与に678名が,通常治療またはプラセボ投与に1025名が割り付けられた.主要評価項目は,無作為化後28日目の全死亡率とした.ステロイド群の死亡は222/678名(32.7%),通常のケア・プラセボ群の死亡は425/1025名(41.4%)であった(要約オッズ比,0.66;P<0.001)(図5).通常のケア・プラセボ群と比較した要約オッズ比は,デキサメタゾンでは0.64(3試験,死亡527/1282名),ヒドロコルチゾンでは0.69(3試験,94/374名),メチルプレドニゾロンでは0.91(1試験,26/47名)であった.重篤な有害事象はステロイド群で64/354件,通常のケア・プラセボ群で80/342件であった.以上より,副腎皮質ステロイドの全身性投与は28日間の全死因死亡率の低下と関連した.しかしWHOは「より軽症の患者には死亡リスクを上げる恐れがあるため,使用すべきではない」と述べている.
JAMA. September 2, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.17023)



◆突然変異によるウイルス多様性は乏しく,単一ワクチンで対処可能.
米国からの研究.COVID-19ウイルスの急速な拡大は,患者内で突然変異を起こしうる.このため,1つのワクチンが変異したウイルスに普遍的に有効であるかは不明である.昨年12月以降,見出された84か国の感染者から得た18514個に及ぶSARS-CoV-2ウイルス・ゲノム配列に関して,系統分類,集団遺伝学,および構造バイオインフォマティクス解析を行ったところ,ウイルス・ゲノムの多様性は限られていることが判明した.配列の5%以上に多型が見られるのは11部位のみで,スパイク蛋白質領域におけるD614G変異(アスパラギン酸(D)からグリシン(G)への変異で,ヨーロッパで増加したもの)を含む2つの変異が判明している.SARS-CoV-2は進化スピードよりも急速に感染拡大しているため,ウイルス集団はより均質化したものとなっていた.ヒトへの順応(適応的選択)ではなく,無秩序に変異が生じていると考えられた.つまりウイルス多様性はこれまでのところ乏しく,流行を収束させるためには,単一のワクチンで事足りるだろうと著者は述べている.
PNAS. August 31, 2020(doi.org/10.1073/pnas.2008281117)
positive selectionを受けたウイルス変異株の報告.

脳神経内科における燃え尽き症候群の状況(アンケート結果を踏まえて)

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2020年9月2日,第61回日本神経学会学術大会@岡山において,シンポジウム「働き方改革:今,必ず押さえるべきこと」が行われ,武田篤先生(国立病院機構仙台西多賀病院),三澤園子先生(千葉大学)の座長のもと,下記の3つの講演が発表されました.

① 脳神経内科の状況(燃え尽き症候群のアンケート結果を踏まえて):下畑享良(岐阜大学)
② 女性脳神経内科医における働き方の現状と課題(バーンアウトのアンケート結果から見えてきたもの):饗場郁子先生(国立病院機構東名古屋病院)
③ 医師の働き方改革を巡る医療現場の実際:小野賢二郎先生(昭和大学)

私は以下のことを解説しました.
◆ 米国神経学会の燃え尽き症候群に対する取り組みは,2014年から開始され,主に医師のQOL改善,リーダーシップ教育,政治への働きかけの3つが行われていること.
◆ 日本神経学会も2018年から本邦における先駆的な取り組みを開始し,臨床系の学会としては初めて全学会員に対するアンケート調査を行った.この結果,自覚的バーンアウトは「なりそうなことがあった」も含めると 49.7% に認められ,20~40歳代で多く,その54.8% が複数回の経験をしたこと.しかし脳神経内科医は個人的達成感が高く,これがバーンアウトに対して抑制的に働いている可能性があること.
◆ 燃え尽き症候群の対策として,個人レベルでは労働負荷減少のみでなく,個人的達成感につながる仕事の質の向上を目標とする必要があること.組織,国レベルでは,働き方改革を着実に進めることが医師のバーンアウトの抑制につながるため,学会によるバーンアウトへのさらなる取り組みが求められていること.
◆ COVID-19の脳神経内科医療への影響を検討し,対策を迅速に打ち出す必要があること.

脳神経内科における燃え尽き症候群の状況2020 from Takayoshi Shimohata
また饗場郁子先生は2018年に日本神経学会の神経内科女性専門医623人より回答を得たアンケート結果をもとに以下のことを解説されました.
◆ 女性脳神経内科医は年齢にかかわらず,週50〜60時間働き,特に年代の中で最も多い30〜40代の育児・家事労働負担が大きいこと.
◆ 脳神経内科女性専門医の64%が一つ以上のバーンアウトの症状を自覚的に経験し,バーンアウトを経験した約2割が休職・転職・退職していたこと.これは大きな損失であること.
◆ 日本神経学会の未来を見据え,女性脳神経内科医が活躍できるよう,個人,施設,政府レベルでの介入と共に学会マターとして継続的な取り組みが必要であること.

さらに小野賢二郎先生は,昭和大学病院で,2017年4月より先駆的に開始されたワーク・ライフ・バランスの実現のための医師の時間シフト制を紹介されました.
◆ 月単位で医局員が勤務時間を希望し,診療科長がシフトを組み,またエクセルの勤務実績を個々で入力して,クラウド上で全員が閲覧可能とした.
◆ この結果,医局員の勤務状況が日単位で把握できるようになり,時間外勤務の管理が行いやすくなった.子供を持つ女性医師にとって仕事と家庭の両立がしやすくなった.また,全体として時間外勤務の短縮につながったこと.
◆ 問題点としては業務が停滞しないだけのバックアップと人員確保が必要であること,医師の仕事は臨床業務にとどまらず,教育,研究もあげられるが,それらをどう扱うかが重要であること.

フロアからの意見や議論としては以下がありました.
◆ 脳神経内科医における燃え尽き症候群の一面だけ捉えられて誤解をされないようエビデンスを示す必要があり,その意味で今回の全学会員のアンケート調査とその論文化の意義は大きい.また他の学会とも連携して診療科間の比較を行う必要がある.
◆ 組織における燃え尽き症候群対策として,リーダーシップ教育を早急に開始すべきこと.
◆ 若手医師に大きな影響を及ぼしている内科専門研修プログラムの功罪について検討すべきであること.
◆ 医師の時間シフト制が各医師におけるモチベーションの向上につながるかの評価は必要である.

上述したようにアンケート論文の第1報が投稿中で,男女差について議論した第2報が現在作成中です.それらを踏まえた提言を行うこと,リーダーシップ教育を開始することが次の目標です.

未視感(ジャメビュ)を訴える患者さんとノーベル賞

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回診でジャメビュ(Jamais vu;未視感)の話をしました.「見慣れた光景に親しみを感じなくなる状況」を指します.映画やドラマの題材になるデジャビュ(déjà vu既視感:初めての光景なのに以前来たことがあるような親しみを覚える)の反対の現象ですが,いずれも脳神経内科的にはてんかん性記憶障害を疑う必要があります.多くは側頭葉に焦点を持つ単純部分発作です.未視感はてんかん放電が海馬に及んで,「場所細胞(place cell)」の機能が障害されると一時的に認知地図が失われた状態になり,場所の記憶がおかしくなると考えられています.

この「場所細胞」は,1971年,英国のジョン・オキーフ博士がネズミを使った実験により,海馬にはネズミが特定の場所にいるときだけ反応する神経細胞が存在するとして,初めて報告したものです.そして「場所細胞」により空間の認知地図が脳内に作られるという説を提唱しました.脳内の空間認識をさらに研究し,グリッド(格子)細胞を発見したモーザー夫婦とともに,オキーフ博士は2014年にノーベル賞を授章されています.

文献:白河裕志.てんかん発作時の記憶障害.脳神経内科92;248-51, 2020
図は日経サイエンスより引用.


新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月12日)  

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今回のキーワードは,増殖するウイルスの形態とD614G変異体,2例目の再感染例,若年入院患者の重症化の危険因子,黒人で感染・死亡が多い理由,COVID-19診療に使用されるポータブルMRI,パンデミックがパーキンソン病や脳卒中に及ぼす影響,ワクチンの第3相試験の保留とワクチン誘発性横断性脊髄炎,小蛋白質を用いた新しい治療アプローチです.

今週の一番の関心事は,ワクチンの第3相試験の一時中止ではなかったかと思います.詳細は不明ですが,Nature誌はワクチンの安全性の評価の重要性をあらためて強調しています.有害事象と噂される横断性脊髄炎とワクチン接種の関連についても既報のまとめがありますのでご紹介したいと思います.

◆ウイルスの構造(1)気管支線毛細胞で増殖するウイルスの姿.
SARS-CoV-2ウイルスをヒト気管支上皮細胞に接種し,96時間後に,細胞を走査型電子顕微鏡を用いて観察した写真が報告されている.図1Aは,線毛の先端に粘液が付着した感染細胞を示している.図1Bは高倍率での観察で,ヒト気道上皮細胞において増殖したウイルスの形態と密度が分かる.
N Engl J Med. Sep 3, 2020(doi.org/10.1056/NEJMicm2023328)



◆ウイルスの構造(2)D614G変異がウイルスの形態と感染力にもたらす影響.
図2はSARS-CoV-2ウイルスのスパイクタンパク質の形態とD614G変異の位置(オレンジの丸)を示すアニメである.D614G変異はスパイクタンパク質の614番目のアミノ酸のアスパラギン酸(D)がグリシン(G)に置き換わる変異で,ヨーロッパで急速に増加し,その後,世界の殆どの地域で認められるようになった.当初,この増加の理由として,D614G変異は感染力が強い可能性が推測されたが,結論は出ていない.しかし,最近の研究でその可能性が高まりつつある.アニメはその一つを示すもので,クリオ電顕を使用してスパイクタンパク質の形態を示している.スパイクタンパク質は,「開」または「閉」の方向にある3つのペプチドで構成されるが,これまでの研究で,ウイルスが細胞膜と融合する(感染する)ためには,3つのペプチドのうち少なくとも2つが「開」の状態になる必要が分かっている.アニメの最初の白の状態は3つとも「閉」であるが,D614G 変異は「開」の状態(ピンク)になりやすい.アニメは「開」が0から1,2,3と増えたときの構造変化を示している.一方,D614G変異はワクチンの標的になりやすい可能性も指摘されている.
Nature 585, 174-177 (2020) (doi.org/10.1038/d41586-020-02544-6)



◆米国からの,2例目の再感染例の報告.
香港大学からの報告(doi.org/10.1093/cid/ciaa1275)に次いで,米国ネバダ大学からの再感染例が報告された.25歳の患者が3月25日に発症し,咽頭痛,咳嗽,頭痛,悪心,下痢を呈した.4月27日には症状は消失し,5月9日と26日に2度PCR陰性を確認した.しかし6月5日から筋肉痛,咳嗽,息切れ,低酸素血症を呈し,胸部X線上も肺炎像を認め入院した.48日の間隔が空いた患者検体のゲノム解析の結果,両者は短期間における変異では説明できない程度に遺伝的に不一致であった.このことから,COVID-19に2回感染したものと結論づけられた.香港の症例との違いは,2回目の感染で症状を呈したことである.初回感染で免疫を獲得できない可能性が示唆されるが,著者らは本例の意味付けには慎重な立場をとっている.
SSRN. August 25, 2020.(doi.org/10.2139/ssrn.3680955)

◆病的肥満,高血圧,糖尿病は若年感染者の人工呼吸器装着,死亡の危険因子.
COVID-19は,米国の若年成人の間でも急速に増加しているが,その臨床像は十分に分かっていない.入院を要した3222名の若年成人(18~34歳)の臨床像と転帰を調査した.3222名が対象で,684名(21%)が集中治療を要し,331名(10%)が人工呼吸器を装着され,88名(2.7%)が死亡した.危険因子(病的肥満,高血圧,糖尿病)が増えるに従い,人工呼吸器装着と死亡のリスクが増加し,これらの危険因子を有さない中年成人(35~64歳)8862名と同等のリスクとなった(図3).若年であっても病的肥満,高血圧,糖尿病を有する場合,一層の感染予防対策が必要である.
JAMA Intern Med. September 9, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.5313)



◆黒人で感染・死亡が多い理由.
米国における検討で,COVID-19の感染および死亡は,黒人において,人口に占める割合より2~3倍高いことが報告されているが,この理由は不明である.SARS-CoV-2は気道に感染し,膜貫通型セリンプロテアーゼ 2(TMPRSS2)を用いて侵入・拡散する.このため,人種ごとにTMPRSS2鼻内遺伝子発現を比較した研究が行われた.対象はニューヨーク市在住の健常者ないし喘息患者305名で,2015~2018年に採取した鼻上皮が使用されている.内訳はアジア人8.2%,黒人15.4%,ラテン系26.6%,人種・民族混合9.5%,白人40.3%で,48.9%が男性で,49.8%が喘息を有していた.TMPRSS2の鼻腔内遺伝子発現は,他の群と比較して,黒人で有意に高かった(すべてP<0.001)(図4).TMPRSS2発現と性,年齢,喘息との間には関連はなかった.よってTMPRSS2の鼻腔内高発現が,黒人における高い感染,死亡の一因である可能性がある.カモスタットメシル酸塩などのTMPRSS2阻害剤の臨床試験が行われているが,人種で層別化した解析が必要であろう.
JAMA. September 10, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.17386)



◆神経合併症(1)COVID-19患者に対するポータブル・ベッドサイドMRI!
米国からの報告.MRIは高磁場(1.5~3T)を要するため,適切な環境において検査を行う必要がある.しかし近年,低磁場MRI技術の進歩により,ベッドサイドでも画像を取得できるようになった.図5はベッドサイドで使用可能なポータブル低磁場MRI装置(0.064T)である.これを用いて,COVID-19患者が治療される集中治療室でその有用性に関する検討が行われた.対象は精神状態が変化したCOVID-19患者20名,その他の神経疾患30名で,後者の内訳は虚血性脳卒中(n=9),出血性脳卒中(n=12),くも膜下出血(n=2),外傷性脳損傷(n=3),脳腫瘍(n=4)であった.前者では20名中8名(40%)で異常所見を認め,後者では30名中29名(97%)で異常所見が検出された.有害事象や合併症はなし.解像度を見ると十分,臨床で使用できそうに感じられ,今後の臨床が大きく変わっていく予感がする.
JAMA Neurol. September 8, 2020(doi.org/10.1001/jamaneurol.2020.3263)





◆神経合併症(2)パンデミック時の外出自粛がパーキンソン病患者に及ぼす影響.
インドからの報告.パンデミック時の外出自粛が,パーキンソン病(PD)に及ぼす影響を明らかにする目的で,オンライン質問票を用いた検討が行われた.832 件の回答を検討したところ,自粛に伴い20-30%の患者に振戦,筋強剛,運動緩慢などの運動症状の悪化を認めた.また20%程度に,易疲労性,疼痛,不安,抑うつ,便秘,健忘などの非運動症状の悪化を認めた.睡眠障害は35.4%で認められ,23.9%が3ヶ月以内の発症や増悪を訴えた.自粛期間の長期化(60日以上)は,振戦(P = 0.003),発語(P = 0.002),排尿障害(P < 0.001)の悪化と関連した.一方,期間中に新しい運動・趣味を取り入れた患者の33.9%では,運動緩慢の悪化が減少した(P = 0.001).遠隔診療が導入されたが,筋強剛と姿勢保持障害を除いて診察は可能で,パンデミック時における有用性が確認された.
Parkinsonism Relat Disord. Sep 6, 2020(doi.org/10.1016/j.parkreldis.2020.09.003)

◆神経合併症(3)パンデミックにより虚血性脳卒中が増加する.
イタリアからの報告.COVID-19が脳卒中のリスクとなるかどうかについては明確な結論が出ていない.このため2020年の1~4月における患者数を後方視的に解析し,過去10年間(2010年~2019年)の月平均患者数と比較した.パンデミックの最盛期である3月と4月においてのみ,虚血性脳卒中の入院が増加していた(TIAや出血性脳梗塞,てんかんは増加しなかった).虚血性脳卒中は,3月は82名(うち35名(39%)がCOVID-19患者)で,過去10年の平均値49.7名より多かった.4月では78名(うち17名(21.8%)がCOVID-19患者)で,過去10年の平均値48.2名より多かった.死亡率はすべての病型で上昇したが,軽症患者が医療を求めず,病院に入院しなかったためと考えられた.
Eur J Neurol. September 05, 2020(doi.org/10.1111/ene.14505)

◆オックスフォード大学が開発したワクチンの第3相試験が保留中.
アストラゼネカは,オックスフォード大学が開発したコロナウイルスワクチンの第3相試験の登録を一時停止したが,英国でワクチンを受けた人に「有害事象の疑いがある」との報告があったことを受けたものである.Nature誌では科学者のコメントとして「このことがワクチン開発の推進にどのような影響を与えるかについて言及するのは早計だが,ワクチンを承認する前に,安全性を評価するために適切にデザインされた大規模試験の結果を待つことがより重要となった」と述べている.
Nature. September 9, 2020(doi.org/10.1038/d41586-020-02594-w)

ちなみに報道では有害事象は,横断性脊髄炎と言われている.ワクチン接種による免疫反応の刺激は,中枢神経系の脱髄などの副作用をもたらすことがある.インフルエンザやHPVワクチン等における有害事象の既報をまとめている論文によると,最も頻度の高いワクチンによる神経合併症は急性播種性脳脊髄炎(44.4%)で,ついで視神経炎(26.4%),横断性脊髄炎(13.9%)である.最近ではNMOスペクトラム障害(12.5%)が増加している.おそらく今回の症例でも,まずアクアポリン4(AQP4)やミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG)に対する抗体が測定されたのではないかと思われる.出現頻度にもよるが,横断性脊髄炎は十分想定されることではないかと思う.
Int J MS Care. 2020;22(2):85-90(doi.org/10.7224/1537-2073.2018-104)

◆60アミノ酸から構成される小蛋白質を用いた新しい治療アプローチ.
スパイクタンパク質とヒトACE2受容体の相互作用を遮断するように,コンピューター設計にて作成された60アミノ酸から成る小蛋白質により,ウイルスの培養細胞への感染を実際にブロックできることが報告された.ミニバインダーと呼ばれる10個の小蛋白質をデザインしたところ,100 pMから10 nMの範囲の親和性で,受容体結合ドメイン(RBD)に結合し,24 pMから35 nMの間のIC 50値で,培養ベロE6細胞へのウイルス感染をブロックした.その1つのLCB1と名付けられたミニバインダーの感染阻止効果は,中和抗体による効果と同等であった.またミニバインダーとスパイクエクトドメイン三量体との複合体のクリオ電顕構造は,3つのRBDすべてに結合しており,計算モデルと一致していた.抗体は安定ではなく,また鼻腔投与にも向かないが,小蛋白質は室温で14日間置いても失活せず,また鼻腔や気道に投与できる利点がある.これまでと異なる新しいアプローチの治療薬として有望である.
Science. September 9, 2020(doi.org/10.1126/science.abd9909)


MDS バーチャル・ビデオ・チャレンジ

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パーキンソン病・運動障害疾患コングレスの目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の不随意運動の動画を持ち寄り,症候や診断・治療を議論するビデオ・チャレンジです.例年と違って事前収録で行われました.今回は日本を含む10カ国12演題が発表されました.「症例提示→第1討論者による臨床推論→解答提示→第2討論者による解説」と時間をかけて行い,予定の3時間を大幅に超過し5時間近くかかりました.名物司会のLang教授とSethi教授も今回はエンタメ要素を廃して,通常の2人のカンファレンスを見ているようでした.私もじっくり勉強しました.さて症例を見ていきましょう.まれな遺伝性疾患はやはり診断は難しいですが,免疫疾患や古典的疾患の意外な症候なども見られます.



◆Case 1 - India
【症例】48歳女性.9年前から,多くは朝に生じる1日3~4回の全身の異常運動.7年前から月3~4回の全身性強直間代発作.発作時の動画はねじるように大きく足首で円を描くなどのchoreo-ballisticな不随意運動.顔面はgrimacing,加えて持続性(非発作時にも見られる)体幹失調・失調歩行.ある治療後,発作消失したが,失調・ジストニアは残存した.
【解答】発作中低血糖が認められ,治療はグルコース静注.膵体部に9×10 mmのインスリノーマ.診断はインスリノーマに伴う上肢・顔面の発作性舞踏運動とジストニア+持続性小脳性運動失調.腫瘍摘出術後,発作は消失したが,失調とジストニアは持続した点がインスリノーマでは非典型的(グルコーストランスポーター欠損症ではしばしば認めるが・・・).

◆Case 2 – Japan(順天堂大学,小川崇先生の症例提示)
【症例】44歳,2ヶ月前から下肢のこわばった感覚(tight sensation).歩行障害と転倒.発作性の全身痙攣(歩行時に跳ね上がる感じの歩行困難→過剰な驚愕反射?ミオクローヌス?).構音障害・嚥下障害,眼瞼下垂.眼球運動障害と複視,網膜色素変性症.BUN↑,Cre↑,Na↑,髄液細胞軽度増加,OCB陽性,MBP陰性.MRI正常,脳波正常.呼吸不全となり人工呼吸器を要した.抗てんかん薬とIVIG後,抜管.過剰な驚愕反射・ミオクローヌスは消失.
【解答】胸部CTで胸腺腫あり.易疲労性もあった.抗グリシン受容体抗体,抗AchR抗体,抗titin抗体が陽性.診断はPERM(progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus)+MG.本例の複雑な症候はPERMのhyperekplexia,ミオクローヌスとMGに伴う筋無力症状の両者によるものだった.既報に胸腺腫に伴う両者の合併例あり.

◆Case 3 - India
【症例】18歳男性.血族結婚+.30~90分間の眼球上転持続(Oculogyric crisis;眼球上転発作)を過去3回経験(意識障害なし).間欠性の閉眼困難と開口,手指のふるえ(振戦?ポリミニミオクローヌス?),軽度の運動緩慢,上肢筋萎縮,舌線維束性収縮.頭部MRI,脳波正常,針EMG:神経原性変化.
常染色体性劣性遺伝性パーキンソニズム+MND+Oculogyric crisis?
【解答】エクソーム解析でPARK7(DJ-1遺伝子ミスセンス変異ホモ).DJ-1変異で,若年性ジストニア+パーキンソニズム,認知症,脊髄前角障害,Oculogyric crisisが生じうる.

◆Case 4 - Kazakhstan
【症例】両親同じ村出身(血族婚?).兄が類症(軽症).20歳女性.12歳まで正常,その後,進行性の運動障害,認知障害.口舌ジストニア,slow saccade,手指の運動緩慢,Stiffな歩行(ジストニア?パーキンソニズム?痙性?),姿勢保持障害,腱反射亢進,夜間の低換気.頭部MRI T2被殻外側高信号. 骨格異常(骨盤部,脊椎).
【解答】エクソーム解析:GLB1遺伝子遺伝子ミスセンス変異(Phe107Leu)ホモ.GLB1遺伝子はβガラクトシダーゼ酵素をコードする.診断はGM1ガングリオシドーシス.タイプ3(成人型).日本で多い.発症年齢が高齢化すると神経症状が増加し,ジストニアなどの錐体外路徴候,小脳性運動失調が目立つようになり,脊髓小脳変性症などとの鑑別が必要になる.

◆Case 5 - United Kingdom
【症例】18歳女性.一卵性双生児で両者発症.両親にも同様の症状.生後3週後から筋緊張低下と,音などに反応するhyperekplexia.発作性チアノーゼを認めたが年齢とともに減少,クロナゼパムが有効.現在,鼻やおでこを触ると過剰な驚愕反射.手指のミオクローヌス? 脳波,頭部MRI正常.
【解答】診断:遺伝性Hyperekplexia(GLRB遺伝子変異).遺伝性Hyperekplexiaには,3つの原因遺伝子が知られている(GLRA1; glycine receptor subunit A,GLRB; glycine receptor subunit B,SLC6A5; presynaptic glycine transporter 2).チアノーゼと突然死が生じうるので注意が必要.

◆Case 6 - Mexico
【症例】11歳女子,血族結婚なし.母の祖父:パーキンソニズム.1.4歳で歩行障害.その後,書字障害,自転車に乗れず. 8歳で上肢安静時振戦,運動緩慢,バランス障害.レボドパで改善会ったが,母が治療継続を希望せず自然食で治療した. 神経学的に上肢の安静時振戦,仮面様顔貌,右優位運動緩慢,両下肢反射亢進,手指ジストニア,歩行時つま先ジストニアないし痙性?(いわゆるCock walk;tiptoeing, erect trunk, exaggerated knee flexion),認知機能低下.頭部MRI正常.よって早期発症ジストニア・パーキンソニズム症候群+認知機能障害+レボドパ反応性が特徴.プラミペキソール少量で著明に改善.
【解答】診断:PARK19(PARK-DNAJC6).複数のDnaJ/Hsp40ファミリー分子(DNAJC6, DNAJC12, DNAJC5, DNAJC10)が家族性パーキンソニズムの原因となることが知られている.分子内にJドメインとよばれるHsp70結合ドメインを有するコシャペロンの一種.DNAJC6(Auxilin)はPARK19, DNAJC13はPARK21である.

◆Case 7 - Portugal
【症例】22歳女性.血族結婚なし,家族歴なし.5年間にわかる進行性の両上肢振戦と軽度の歩行障害にて発症.以後,ごく緩徐に進行.注意障害+遂行機能障害,アパシー.姿勢時振戦,運動時ミオクローヌス,運動緩慢,体幹失調,サッケード開始遅延,上方視制限.頭部MRI著名な小脳萎縮+被殻前方T2 high,T1 low.Jerk-locked averagingでpremovement cortical waveあり(よって不随意運動の一部は皮質性ミオクローヌス).臨床的にミオクローヌス・失調症候群+サッケード遅延+上方視制限.
【解答】メンデリオーム・シークエンス(https://bredagenetics.com/mendeliome/)により,ADRA2B遺伝子変異を同定.診断はFamilial cortical myoclonic tremor and epilepsy type 2(FCMTE type 2).

◆Case 8 - United Kingdom
【症例】45歳女性,家族内類症なし.右半身の運動緩慢とジストニア.歩行時にも異常姿勢を伴う歩行障害(手の振り↓).プラミペキソールにより幻覚,レボドパに変更し,運動緩慢は中等度改善したが,歩行は十分に改善しなかった.夜間の下肢の痛みあり.DAT正常.
【解答】α-GAL-A遺伝子点変異.診断:Anderson-Fabry病(日本ではFabry病が一般的だが,ドイツ人皮膚科医のJohannes Fabryと,イギリス人皮膚科医のWilliam Andersonにより別々に報告されたので,海外ではこのように呼ぶ).X染色体連鎖性,αガラクトシダーゼ活性欠損ないし低下.リソソーム病の一つだが,パーキンソニズムを呈するリソソーム病としてGaucher病が有名.αシヌクレインはリソソームで分解されるが,Fabry病でパーキンソニズムを合併するかは今後の症例集積が必要.

◆Case 9 - Canada
【症例】83歳男性.60歳発症,緩徐進行性眼瞼下垂(同胞にもあり).眼瞼下垂,眼球運動障害,レボドパ不応性パーキンソニズム(運動緩慢,姿勢保持障害,転倒),構音・嚥下障害,協調運動障害,失調歩行,深部覚障害.車椅子.パーキンソニズム・失調症候群.PSP mimics?ミトコンドリア病?
【解答】エクソーム解析でAFG3L2遺伝子変異.診断:SCA28.イタリアやフランスなど主に欧州で報告されるADCA.レボドパ不応性パーキンソニズムを呈する.眼瞼下垂が特徴的で,眼球運動障害も合わせるとミトコンドリア病を思わせる.実際にAFG3L2遺伝子はミトコンドリア・プロテアーゼをコードし,parapleginに近縁である.

◆Case 10 - Spain
【症例】34歳男性.新生児黄疸,生後24ヶ月で言語発達遅延,歩行障害.5歳,精神神経発達障害,感音性難聴,発語失行,構音障害,失調歩行.小頭症,長い手,大きな耳・鼻,頭部MRI脳室周囲白質異常.32~34歳,歩行,バランス障害増悪,歩行障害は進行性で転倒頻回.腱反射亢進(先天性+進行性).シアロトランスフェリンアイソフォーム異常.
【解答】GALT遺伝子変異複合ヘテロ.診断:ガラクトース血症I型.常染色体劣性.ガラクトースをグルコースに変換する酵素が遺伝学的に欠損することによって生じる.肝・腎障害,認知障害,白内障,早発卵巣不全などがある.日本では新生児マススクリーニングの対象疾患.

◆Case 11 - USA
【症例】32歳男性,精巣腫瘍(seminoma)の既往. 27歳,上肢と頭部の振戦,アルコールで軽度改善.
28歳,軽度のバランス障害.31歳,小脳性構音障害,頭部MRI小ぶりの小脳.おもりを持つと姿勢時振戦↑四肢失調,失調性歩行.OCB+.商業ベースの既報の自己抗体すべて陰性.
【解答】Mayo clinicにて,げっ歯類脳を用いた免疫染色を行い陽性. 診断: 抗KELCH-like protein 11抗体陽性の傍腫瘍性脳炎.

◆Case 12 - India
【症例】67歳.とうもろこしとご飯だけ食べていた.3週間前からじっとしていられない混迷状態となった.亜急性の前頭優位の皮質下認知症.下肢のアテトーゼ様運動,両肘などの左右対称性皮疹,下痢の持続.
【解答】診断:ペラグラ=ナイアシン(ニコチン酸)欠乏症.ナイアシンの内服で改善.3D(dermatitis, dementia, diarrhea)に加え,診断見逃し+無治療でdeath(4D).


新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月19日) 

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今回のキーワードは,冬における感染増加の可能性,2ヶ月間での抗体価の低下,眼鏡の感染予防効果,日本における低いワクチン信頼度,アスリートの突然死に関わりうる心筋炎,院内死亡を予測する4Cスコア,ARDSに対する仰臥位による末梢神経損傷,嗅覚障害と嗅裂の閉塞,脳卒中による死亡の危険因子,咽頭頸部上腕型ギラン・バレー症候群,ウイルス同定を1時間以内に完了する新しいアッセイ系,ヘパリンが新たな治療薬となる? です.

東京ではなかなか感染者数が減少せず持続していますが,これから冬に向かって感染者数が増加する可能性が,他の4種類のコロナウイルスの過去の解析から指摘されています.気が重いですが,今後,改めて感染予防対策をしっかり行う必要があります.

◆季節性コロナウイルスに対する防御免疫の期間は短く,早ければ半年で再感染する.
オランダからの報告.COVID-19の将来の波(感染増加)に備えるため,他の4種類の季節性コロナウイルス(HCoV-NL63,HCoV-229E,HCoV-OC43,HCoV-HKU1)をモデルとして,一度の感染から再感染までの防御期間を調査した.1980年代から定期的に成人男性を追跡するアムステルダムコホート研究の健康な10名の血清サンプルを使用して調査した.この結果,早ければ6ヶ月(HCoV-229Eで2名,HCoV-OC43で1名),9ヶ月(HCoV-NL63で1名)で再感染した例もあったが,12ヶ月での再感染が最も多かった.6ヶ月以上の再感染では,抗体価の減少が確認された.よって季節性コロナウイルスにおける再感染は最も早いと6ヶ月で生じ,防御免疫の期間は短いことが示唆された.また季節性コロナウイルス感染の有病率は温帯国では6~9月が最も低く,逆に冬で高くなることが確認された(図1).COVID-19でも同様のことが生じる可能性があり,冬には注意が必要である.
Nat Med. September 14, 2020(doi.org/10.1038/s41591-020-1083-1)



◆医療従事者の検討で,感染後の抗体価・陽性率は2ヶ月で低下する.
米国からの報告.COVID-19患者と定期的に接触する医療従事者を対象に,ベースライン時と約60日後の抗体価を評価した.ベースライン時に249名の医療従事者から血清が採取され,230名(92%)が2回目の採血をした.スパイク蛋白に対する抗体陽性率はベースライン時7.6%(19名/249名)であったが,60日後には3.2%(8名/249名)に低下した.ベースライン時に抗体陽性であった19名は,60日後には全員で抗体価が減少し,かつ11/19名(58%)が陰性となった.以上より,感染から回復した後,高い抗体レベルを持つ期間は限られていることが分かる.→ 再感染が生じる傍証であると同時に,抗体による有病率調査では,感染後に抗体が一過性にしか検出されないため,先行感染の頻度が過小評価される可能性を示す.
JAMA. September 17, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.18796)

◆眼鏡をしていると感染しにくい.
中国水州市からの報告.COVID-19入院患者276名のうち,近視のため眼鏡を1日8時間以上掛けていた人の感染率5.8%(16/276名)は,先行研究による同じ地域の住民の31.5%よりかなり低かった.日常的に眼鏡を着用する人は COVID-19 に感染する可能性が低いかもしれない.→ 飛沫感染に対する目を守ることの重要性を示唆している.
JAMA Ophthalmol. September 16, 2020(doi.org/10.1001/jamaophthalmol.2020.3906)

◆ワクチンへの信頼度は世界的に低下しているが,とくに日本では顕著である.
COVID-19のワクチンの開発が進められる中,その副作用についても不安視されている.世界149か国で290件の調査(18歳以上の284381名を含む)を用いて,2015年から2020年の間のワクチンへの信頼度を調査した研究が英国から報告された.結果として,ワクチンの重要性,安全性,有効性に対する信頼度が多くの国で低下していることが分かった.このため,実際にワクチンの接種が遅れたり,拒否されたりしている事例も生じている.しかしこの信頼度の低下=ワクチンの安全性に対する不安は科学的根拠に基づくものでない.例えば日本は世界で最もワクチンに対する信頼度が低く,安全と考えている人はわずか17%であるが(図2),考察の中でその原因として,政府がヒトHPVワクチン推奨を2013年に控えたことが大きく災いし,世界にも影響を及ぼしたことが指摘されている.逆にウガンダは87%,米国は61%がワクチンは安全と考えている.ワクチンの接種率の向上には,ワクチンの効果と副作用を正確に周知する必要がある.→ 先日,アストラゼネカのCOVID-19ワクチンが有害事象の可能性が指摘され,一旦中断されたが,企業・科学者が安全性を最優先することを示した点で有意義と言えよう.
Lancet. September 10, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31558-0)



◆運動選手におけるCOVID-19感染後の心筋炎.
米国からの報告.心筋炎はスポーツ選手の心臓突然死の重要な原因である.COVID-19に感染した大学の運動選手(フットボールやサッカーなど;平均年齢19.5歳)の心臓MRIで26名中4名(15%;全例男性)に心筋炎を示唆する所見(心筋浮腫を示唆するT2高信号と,心筋損傷を示唆する遅延ガドリニウム造影)を認めた. 4名のうち2名はCOVID-19の症状は軽度で,2名は無症状であった.さらに8名(31%)はT2高信号を伴わない遅延ガドリニウム造影(=心筋損傷)を呈していた.心臓MRIによる心筋評価は,運動選手が安全にスポーツするために有用である.
JAMA Cardiol. September 11, 2020(doi.org/10.1001/jamacardio.2020.4916)

◆院内死亡率を予測する簡便なスコアの開発.
英国からの報告.COVID-19による入院成人患者(18歳以上)の院内死亡率を予測するための実用的なスコア(4Cスコア:coronavirus clinical characterization consortium)を開発することを目的とした.35,463名の入院患者(死亡率32.2%)で開発され,22,361名の入院患者(死亡率30.1%)で検証された.スコアは,初期の病院評価で入手可能な8つの変数として,年齢,性別,併存疾患の数,呼吸数,酸素飽和度,意識レベル,血中尿素値,CRPが含まれた(0~21点;図3).このスコアは,院内死亡率に対する高い識別性を示した(開発コホート:AUC 0.79,検証ホート:0.77).スコアが15以上の患者では死亡率が62%であったのに対し,3以下の患者では死亡率が1%であった.本スコアは既存のスコアよりも優れており,臨床的な意思決定に直接役立つ有用性を示す.
BMJ. September 09, 2020(doi.org/10.1136/bmj.m3339)



◆神経合併症(1)ARDSに対する仰臥位に伴う末梢神経損傷と好発部位.
COVID-19によるARDS患者には1日12~16時間の臥位が推奨されている.この臥位により末梢神経損傷をきたした11名の患者が米国から報告された.ARDSを呈した83名の入院患者のうち12名(14.5%)が経過中に末梢神経障害を呈し,うち11名で仰臥位が行われていた(残り1名は対称性ポリニューロパチー).大部分は上肢で認められた(76.2%).頻度の高い部位は尺骨神経(6名,28.6%),橈骨神経(3名,14.3%),坐骨神経(3名,14.3%),上腕神経叢(2名,9.5%),正中神経(2名,9.5%)で,94.7%が軸索損傷であった(図4は好発部位をヒートマップとして示す).COVID-19関連ARDS患者の特徴として糖尿病,肥満,高齢者の頻度が高かったが,これらは同時に末梢神経損傷の危険因子とも言える.今後,仰臥位による末梢神経損傷リスクを軽減するために,上記の損傷部位を考慮して,肘,上腕,肩における末梢神経の長時間の圧迫や伸展を避けることが必要である.
Br J Anaesth. September 04, 2020(doi.org/10.1016/j.bja.2020.08.045)



◆神経合併症(2)嗅覚障害は嗅裂の閉塞と密接な関連がある.
フランスからの報告.COVID-19患者の嗅覚機能低下の機序を評価するために,病初期とその1ヶ月後に,MRIにて嗅裂の閉塞を評価する症例対照研究が行われた.対象は20名のCOVID-19患者と,年齢をマッチさせた健常者20名である.嗅覚検査と3T MRIを行った.病初期の嗅覚スコアは平均2.8±2.7(低いほど悪い)で,MRIでは20名中19名(95%)に嗅裂の完全閉塞が認められた(図5).対照群では嗅覚スコアは正常で,MRIでは嗅裂の閉塞は1例も認めなかった.1ヵ月後,COVID-19群の嗅覚スコアは8.3±1.9に改善し,嗅裂の閉塞も20名中7名(35%)に減少した.また嗅覚スコアと嗅裂閉塞には相関を認めた(p=0.004).以上より,COVID-19における嗅覚障害は可逆的な嗅裂閉塞と関連していると考えられた.
Neurology. September 11, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010806)



◆神経合併症(3)高齢,併存症,重症COVID-19は脳卒中による死亡の危険因子.
米国,カナダ,イランのCOVID-19患者における脳卒中の頻度,臨床像,転帰を調査したメタ解析が報告された.対象は50歳未満,50~70歳,70歳以上に分類した.結果として,COVID-19患者における脳卒中の頻度は1.8%で,院内死亡率も34.4%と高かった.死亡率は50歳未満の患者群では,70歳以上の患者群と比較して67%低かった(OR 0.33,P=0.039).大血管閉塞の頻度は46.9%で,既報と比べると2倍も高く,危険因子や併存症がない場合でも3つの年齢群いずれでも高率であった.高齢,併存症が多い,重症のCOVID-19患者では,院内死亡率が最も高くなり(58.6%),他のコホートと比較して死亡リスクが3倍高かった(OR 3.52,P=0.003).以上より,脳卒中はCOVID-19患者では比較的多く認め,すべての年齢層で重大な影響をもたらす.とくに高齢,併存症,COVID-19呼吸器症状の重症度は高い死亡率をもたらす.
Neurology. September 15, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010851)

◆神経合併症(4)COVID-19関連咽頭頸部上腕型ギラン・バレー症候群の初めての報告.
ギラン・バレー症候群にはさまざまな亜型が存在するが,そのなかで頭頸部や肩関節周囲,上肢近医の筋力低下が優位で,下肢の筋力低下を認めない,あるいは軽度である咽頭頸部上腕型(PCB variant)が存在する.今回,イタリアからPCB type GBSを呈した49歳男性が報告された.抗GT1a抗体が50%の症例で陽性になるが,本例では認めなかった.IVIgを行う前に自然寛解した.
Neurology. September 11, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010817)

◆ウイルス同定を1時間以内に完了するSTOPCovidアッセイの開発.
米国からの報告.SARS-CoV-2ウイルス検出のための簡便な検査STOP (SHERLOCK testing in one pot)が開発された(SHERLOCKとはspecific high-sensitivity enzymatic reporter unlockingのこと).STOPはウイルスRNA抽出を簡略化し,感度を高めるために磁気ビーズ精製法を用い,さらに等温増幅とCRISPR媒介核酸検出の2段階プロセスを併せて行うアッセイである.つまりこのアッセイは増幅のために温度を変化させないため時間が短縮でき,1時間以内に最小限の装置で施行可能である.これは等温増幅とCRISPR媒介検出の双方に使用できる共通の反応バッファーを開発することにより実現した.この検査の感度は,通常のRT-qPCRアッセイと同等で,鼻咽頭拭い液を用いたSARS-CoV-2検出のためのプロトコールSTOPCovid.v2では感度93.1%,特異度98.5%(!)である.→ 今後,このアッセイが導入され,検査の迅速化が進むものと考えられる.
N Engl J Med. September 16, 2020(doi.org/10.1056/NEJMc2026172)

◆SARS-CoV-2の細胞内侵入にはヘパラン硫酸が必要で,ヘパリンが有効かもしれない.
米国からの報告.SARS-CoV-2スパイク蛋白質は,まずヘパラン硫酸と相互作用し「開」の状態になってアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合できることが報告された(図6).つまりヘパラン硫酸がスパイクタンパク質とACE2の相互作用を促進する.ACE2とヘパリンはいずれもin vitroで,スパイクタンパク質に独立して結合することができ,ヘパリンを足場にして三元複合体を生成する.電子顕微鏡写真でも,ヘパリンがACE2を結合する受容体結合部位(RBD)の「開」の状態を増強することが示されている.未分画ヘパリンや非凝固ヘパリン等の外来性ヘパリンや,細胞表面からヘパラン硫酸を除去する酵素ヘパリンリアーゼは,偽型ウイルスないし本物のSARS-CoV-2ウイルスのスパイク蛋白質の結合および感染を強力にブロックすることも判明した.以上よりヘパラン硫酸の操作や外来性ヘパリンによるウイルス接着阻害は新たな治療標的となる.
Cell. September 14, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.09.033)


12の危険因子を意識した認知症予防@世界アルツハイマー月間

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若年死亡率の低下に伴い,認知症を含む高齢者の数は増加しています.しかし,教育,栄養,ヘルスケア,ライフスタイルの変化などの改善により,多くの国で認知症の年齢別発症率は低下しています.そして9月は「世界アルツハイマー月間」,世界各地でいろいろな取組みが行われています.Lancet誌でも認知症の予防・介入・ケアに関する提言を行っています.2017年には認知症の9つの危険因子として「教育不足,高血圧,聴覚障害,喫煙,肥満,うつ病,運動不足,糖尿病,社会的接触の少なさ」をエビデンスとともに紹介していましたが,今回,危険因子をさらに3つ追加しました.それは「過度のアルコール消費,外傷性脳損傷,大気汚染」です.論文ではメタ解析とともに,認知症予防の12の危険因子に対する人生のステージごとの取り組みモデル(図)を提示しています.これらの危険因子の予防に取り組むと,世界の認知症の約40%は修正可能とのことです.具体的には,以下の取り組みにより認知症を予防または遅らせることが可能と述べています.頑張らねばなりませんね..



1)40歳前後から中年期に収縮期血圧130mmHg以下の維持を目指す(高血圧症の降圧治療は認知症の予防に有効な唯一の薬).
2)難聴に対しては補聴器の使用を奨励し,過度の騒音曝露から耳を保護し難聴を軽減する.
3)大気汚染や副流煙を減らす.
4)頭部の怪我を防ぐ.
5)週21単位以上の飲酒は避ける.
6)途中からでも認知症のリスクを減らすことができるので禁煙する.
7)すべての子どもたちに初等・中等教育を提供する.
8)肥満と糖尿病を防止・治療する.
9)中年期以降の身体活動を維持する.

Lancet. 2020 Aug 8;396(10248):413-446(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30367-6.)

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月26日)  

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今回のキーワードは,若年でも重症化するひとの原因,重症患者における消化器合併症の特徴,長期化する嗅覚障害と嗅球の萎縮,パンデミック後に片頭痛発作が減った患者,肺病変を伴わないCOVID-19髄膜炎,パンデミックが脳神経内科研修医に及ぼした影響,オペレーション・ワープ・スピードとワクチン開発成功の条件です.

7月に,重症化する35歳未満の男性の遺伝的要因として,X染色体上のTLR7遺伝子の機能喪失変異が同定されていました(JAMA. July 24, 2020. doi.org/10.1001/jama.2020.13719).この遺伝子変異により,ウイルス防御を司るⅠ型インターフェロン(IFN)反応が抑制されてしまうため,COVID-19に対する十分な免疫が働かないものと推測されていました.今回,Science誌に2つの論文が報告され,TLR7遺伝子以外の13の遺伝子変異により,もしくは自己抗体により,I型IFN反応が抑制される患者では重症化しうることが明らかになりました.つまり遺伝学的に,もしくは免疫学的に,I型IFN反応=ウイルス防御機能がはたらかない人は重症化することが示され,COVID-19に対するI型IFN反応の重要性が改めて確認されました.

◆I 型インターフェロン反応を司る遺伝子の変異は重症化を招く.
フランスや米国等による国際共同研究.インフルエンザウイルスに対してTLR3およびIRF7依存性 I 型IFN反応を司る13のヒト遺伝子座が知られている(図1).COVID-19患者において,重症例の659 名,および無症状または経過良好の534名を比較したところ,重症例において前述の遺伝子座に機能喪失(Loss of function:LOF)が生じると予測されるまれな変異体が密に存在していることが見出された.これらの13の遺伝子座を詳細に調べたところ,23名の患者(3.5%:17~77歳)において常染色体劣性または優性遺伝形式と考えられるLOF変異を同定した.さらにこれらの遺伝子変異を有するヒト線維芽細胞は,実際にSARS-CoV-2ウイルスに対して脆弱であることを確認した.TLR3-およびIRF7依存性I 型IFN反応の先天的なエラーは,COVID-19の重症化の原因となる.
Science. Sep 24, 2020(doi.org/10.1126/science.abd4570)



◆I 型インターフェロン反応に対する自己抗体は重症化を招く.
同じくフランスや米国等による国際共同研究.重症化したCOVID-19患者987名のうち,少なくとも 101名がIFN-ω(13名),13 種類のIFN-α(36 名),またはその両方(52名)に対する中和 IgG 自己抗体を有していたことが確認された.これらの自己抗体はin vitroの実験系において,対応するIFNがSARS-CoV-2ウイルス感染を阻害する作用を中和した.これらの自己抗体は,無症状または軽症のCOVID-19患者663名には認められなかったが,健康な1227名のうち4名にのみ認められた.自己抗体を有する101名の年齢分布は 25~87 歳であった.65歳以上は50名,65歳未満は51名で,65歳以上での頻度が高かった(オッズ比1.61).また95名が男性であり,男性がCOVID-19に脆弱である一員となる可能性が考えられた(オッズ比5.22).男性の12.5%,女性の2.6%において,先天的なI型IFN反応のエラーによるB細胞自己免疫のフェノコピー(表現型模写)が,COVID-19重症化の原因となる.
Science. Sep 24, 2020(doi.org/10.1126/science.abd4585)

◆COVID-19重症患者では消化器合併症(イレウス,腸間膜虚血)が多い.
米国からの報告.COVID-19に伴い急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈した重症患者と,COVID-19以外の原因によるARDS患者の消化器合併症の発生率を比較した.全患者は486名で,そのうち242名がCOVID-19 による患者,244名が非COVID-19(細菌性肺炎,誤嚥,インフルエンザなど)による患者であった.傾向スコアマッチングを行ったCOVID-19によるARDS 92名と,COVID-19以外のARDS 92名を比較すると,前者は消化管合併症を認める頻度が高かった(74% vs 37%;P < 0.001;発症率比,2.33).発生率の差は,3日目以降で明らかになった(図2).具体的な合併症としては,COVID-19を有する患者では,高トランスアミラーゼ血症(55% vs 27%;P < 0.001),重度イレウス(48% vs 22%;P < 0.001),および腸間膜虚血(4% vs 0%;P = 0.04)が多かった.
JAMA. Sep 24, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.19400)



◆神経合併症(1).長期化する嗅覚障害では嗅球の萎縮が見られる.
ギリシャからの報告.これまで,COVID-19による嗅覚障害を長期的に呈した患者のMRI所見に関する報告はない.このため40日以上(持続期間の中央値70.5日)嗅覚障害を認めた成人の非入院患者8名について前方視的な検討を行った.この結果,両側の嗅球の高さは健常対照群(図3C, D)に比べて有意に低く,7名(88%)の患者で軽度から中等度の嗅球萎縮を呈していた(図3A).また4名で嗅粘膜の肥厚が認められ(図3A),1名(12.5%)では造影効果も認められた(図3B).以上より,長期に嗅覚障害を呈する患者は嗅球萎縮を呈する.つまりSARS-CoV-2ウイルスが嗅覚路を介して中枢神経系に侵入し,嗅球の神経細胞に永続的な損傷を引き起こす可能性を示唆する.
Eur J Neurol. Sep 16, 2020(doi.org/10.1111/ene.14537)



◆神経合併症(2)パンデミック後に発作が減った片頭痛の1例.
COVID-19に対するN95マスクなどの着用は,医療従事者の81%に新規の頭痛の発症,または既存の頭痛の悪化をもたらすという報告がある(Headache 2020;60:864-77).これは頭部/顔面の痛みや耳介の不快感,不十分な水分補給,低酸素血症や過呼吸症などが組み合わさって,頭痛を引き起こすものと考えられている.
今回,ポルトガルから,逆にマスクの着用によって発作の予防が困難であった片頭痛が改善した43歳女性(病院事務職)が報告された.12歳頃に発症した前兆のない片頭痛で,香水,汗,タマネギの匂いなどの強い匂いによって発作が誘発されることが多く,嗅覚恐怖症を呈していた.予防薬であるトピラマートやプロプラノロールは効果がなかった.しかしパンデミック後,職場でサージカルマスクの使用が義務づけられたのち,発作が生じなくなった.このように,嗅覚刺激によってのみ片頭痛が誘発される患者では,マスクの使用により予防が可能であることが示された.
Headache. Sep 23, 2020(doi.org/10.1111/head.13964)

◆神経合併症(3)肺および頭部画像検査は正常で,髄液PCRのみ陽性のCOVID-19髄膜炎.
イランからの報告.49歳女性が,発熱,頭痛,嘔気・嘔吐にて発症したが,呼吸困難や意識障害はなかった.鼻咽頭拭い液PCRは陰性で,胸部CTも正常であった.発症3日目から項部硬直が認められた.髄液検査でウイルス性髄膜炎パターンを呈していた.頭部MRIは慢性虚血性変化のみ認めた.髄液PCRが陽性で,COVID-19髄膜炎と診断した.ロピナビル単独による治療が行われた.1 週間後の髄液検査ではタンパク増加と,PCR陽性が再確認された.症候は徐々に改善し,髄液検査も正常範囲となったため21日後に退院した.以上より,肺病変・頭部MRIに異常を認めず,髄液PCRのみ陽性となる髄膜炎が生じうることが示唆された.
Eur J Neurol. Sep 14, 2020(doi.org/10.1111/ene.14536)



◆パンデミックは脳神経内科研修医の成長に悪影響を及ぼした.
イタリアからの報告.COVID-19パンデミック時の脳神経内科研修医の臨床,研究,教育活動の変化と,感染リスクを軽減するために各施設が行った措置について,インターネットを用いて調査を行った.対象は79名の研修医で,その87.3%がパンデミック後,脳神経内科の業務が大幅に減少したと回答した.また17.8%がCOVID-19専門病棟に招集ないしボランティアとして参加していた.また60%以上の研修医が,研究活動の縮小や中断を経験した.パンデミックが研修に与える影響について,研修医のほぼ70%が,脳神経内科医としての成長に悪影響を与えたと考えていた(図4).さらに研修医の69.6%は職場で感染者に継続的に遭遇していたが,施設によってその監督と予防措置は異なっていた.以上よりパンデミックは,脳神経内科研修医にとって,教育方法や臨床・研究の研修において,主観的には悪影響を与えたことが分かった.またパンデミックは教育施設や研修プログラムに多くの課題をもたらした.神経学教育の質を確保するためには,これらの問題に迅速に対処することが重要で,国際的なコミュニティ間で解決策やアイデアを共有することは,これらの問題への対処に有用と考えられる.
Neurology. Sep 16, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010878)



◆ワクチン開発の成功に必要なものは「透明性,科学的な誠実さ,公的信頼」である.
N Engl J Med誌にワクチン開発に関する論評が発表された.結論として,ワクチンの成功の要因として,①ワクチンが安全で効果的であるとの確信が広まること,②ワクチン配布の優先順位を決める政策が公平でエビデンスに基づいていることを挙げている.しかしパンデミックが壊滅的な結果をもたらしたように,科学と専門知識への信頼は現在,脅かされ,ワクチンに対する国民の信頼は必ずしも高くない状況である.5月にトランプ米大統領は,ワクチン開発の方針をプロジェクト「オペレーション・ワープ・スピード」と名付け,時空をワープしてしまうほどの高速で開発を進めると述べた(図5).事実,製薬会社,学術研究者,政府機関が,通常であれば少なくとも数年は要するとされるワクチンの迅速な開発に向けて,前例のない努力を行っている.しかしそのプロジェクト名でさえ,安全性と有効性に関して手を抜いていると解釈されてしまう可能性がある.ワクチンを承認するFDA(米国食品医薬品局)は,科学的根拠にのみに基づいて独立して判断を行い,承認や緊急使用許可に必要なエビデンス基準に関して妥協しないと述べ,それらの懸念を払拭しようとしている.この論評も「透明性のある科学に基づいたプロセスを進め,国民の信頼を得ることはワクチンの成功のために極めて重要である」と述べている.→ 裏を返せばこのように強調しなければならないことは,それが容易なことではないこと,つまり政治的介入の懸念があることを示している.事実,トランプ大統領はFDAの緊急使用許可の基準の厳格化について「ホワイトハウスの了承が必要だ.了承するかもしれないし,しないかもしれない」と9月23日に述べている.
N Engl J Med. Sep 23, 2020(doi.org/10.1056/NEJMp2026393)


COVID-19――脳神経内科医が診るための最新知識@Brain Nerve誌

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Brain Nerve誌10月号にて標題の特集を企画させていただきました.COVID-19では,めまい,頭痛,筋障害,嗅覚・味覚障害,意識障害などの神経筋症状を36.4%~57.4%と高頻度に認めます.診療において知っておくべき知識を,ご教示いただきたいと思う先生方にご執筆いただきました.また下記目次のように,脳神経内科医のみならず,内科医,救急診療医,リハビリテーション医,そして多くの医療者が共有したい内容になっています.ぜひご一読いただければと思います.

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1. 総論─COVID-19の神経筋合併症と病態(下畑享良)
2. 疫学データから考えるCOVID-19 対策の指針(園生雅弘,他)
3. COVID-19 神経合併症(1)――脳炎・脳症(中嶋秀人)
4. COVID-19 神経合併症(2)――脳血管障害と血管炎症候群(八木田佳樹)
5. COVID-19 神経合併症(3)――末梢神経障害と筋障害(竹下幸男,神田 隆)
6. COVID-19 診療と脳神経内科─当院における重症患者診療の経験から(幸原伸夫,川本未知)
7. 神経疾患における遠隔医療(大山彦光,服部信孝)
8. COVID-19 における神経病理の重要性と課題(髙尾昌樹)
9. COVID-19 の神経障害と救急外来・ER・ICU での対応(永山正雄)
10. COVID-19 パンデミック下の脳卒中診療─Protected Code Stroke(平野照之)
11. COVID-19 流行期における多発性硬化症・視神経脊髄炎関連疾患・重症筋無力症の治療方針(中村正史,中島一郎)
12. COVID-19 流行期間における神経筋疾患に対するNPPV 療法(藤田裕明,鈴木圭輔)
13.リハビリテーション治療や認知症介護などの濃厚接触を要する施設における感染対策(酒向正春,竹川英徳)
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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(10月4日)  

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今回のキーワードは,飛行機の感染リスクは低い,日本人が重症化しない2つの遺伝要因?,感染封じ込めのための適切な検査感度,米国の大学における感染爆発,スワブ検査後に生じた髄液漏,脳梁膨大部病変,片頭痛患者のCOVID-19感染後の頭痛変化,髄液バイオマーカー,高齢者におけるワクチン後反応は若年者と同等,です.

◆飛行機での感染リスクが低い理由.
機内でのCOVID-19感染リスクは,オフィスビルや教室,通勤電車などよりも低いとされている.事実,疑い例を含めても,世界で42名のみという報告がある.この理由についてJAMA誌に掲載されている.まず空気感染に関しては,機内の空気は頭上の吸気口から客室に入り,床の吸気口に向かって下に流れるため,空気は同じ座席の列またはその近傍を出入する(図1),よって列の前後方向の気流は比較的少なく,列間にウイルス粒子が拡散する可能性は低い.また空気の流れのスピードは,通常の屋内の建物よりもはるかに速い.気流の半分は外部からの新鮮な空気で,残りの半分は手術室で使用されているのと同じタイプのHEPAフィルターを通して再利用される.他の乗客からの飛沫感染については,シートが物理的バリアとなること,そして多くの乗客は比較的じっと座っていることから,対面となることはなく接触はほとんどない.
JAMA. Oct 1, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.19108)



◆危険因子(1)重症化の遺伝リスクはネアンデルタール人由来.
ドイツからの研究.入院した3,199名のCOVID-19患者と対照群の検討で,3番染色体上の遺伝子座3p21.31が,重症および入院の主な遺伝的危険因子であることが報告された.この50kbの領域は,約40万年前に出現し,2万数千年前に絶滅したネアンデルタール人のゲノムにほぼそのまま認められるものであった.つまりネアンデルタール人との交雑を介して,我々ホモサピエンスに伝えられたものと考えられる.ネアンデルタール人は,ヨーロッパ大陸を中心に西アジアから中央アジアにまで分布していたので,この遺伝子領域は南アジアの人々の50%,ヨーロッパ人の16%に受け継がれているが,交雑の少なかった日本人を含む東アジア人やアフリカ人はまれである(図2).
Zeberg, H., Pääbo, S. The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature. Sep 30, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2818-3)



◆危険因子(2)α-1アンチトリプシン欠乏対立遺伝子.
セリンプロテアーゼ阻害作用を持つα-1アンチトリプシン(α1-AT)は,ウイルスの細胞侵入に必要な細胞表面セリンプロテアーゼTMPRSS2を阻害して感染を防御する(臨床試験中のナファモスタットやカモスタットも同様の効果をもつ).イスラエルから,国ごとのCOVID-19死亡率に違いは,このα1-ATの欠乏をもたらす変異遺伝子の頻度により説明できるとする研究が報告された.具体的には67カ国におけるα1-AT欠乏対立遺伝子PiZおよびPiSの複合頻度と死亡率との間に正の相関を認めることを示した(図3)つまり遺伝子変異保有者が多い国ほど死亡率が高く,逆に少ない国ほど死亡率が低い.
.たとえば死亡率の高いスペイン人では,PiZ変異保有率は1000人あたり17人と高率であるのに対し,日本人は,α1-AT欠損症による肺気腫が極めて珍しいことからも分かるように,この変異保有率はほとんど無視できるレベルである.
FASEB J. Sep 22, 2020(doi.org/10.1096/fj.202002097)



◆COVID-19封じ込めに求められる検査感度.
医師は通常の診療において,症状のある人を対象として,一度の検査で臨床診断を得ようと努力する.このため事前確率や尤度比といった「ベイズの定理」を考慮して検査を行っている.自分はこの原則はCOVID-19であっても変わらないと当初考えていたが,集団有病率を低下させることを目的とした検査は,従来の考え方を変える必要があると徐々に分かってきた.この点に関して,NEJM誌に掲載された「封じ込めのための検査感度を再考する」という論評に分かりやすい図が示されている(図4).PCRのように感度は高いものの,高額で繰り返し行えず,タイミングによっては陰性になる検査と,抗原検査のように感度は低いものの,安価で繰り返し行うことができ,幅広いタイミングで感染を検出しうる迅速検査(ポイント・オブ・ケア検査)では,後者が適していることを示している.またPCR検査は高感度であるため,感染力がなくなったあとも陽性となるロングテール現象も問題となる.つまり集団有病率を低下させるためには,低感度の安価な検査を開発することの必要性を意味している.ただし低感度検査では,1回の検査で陰性が出たからといってそれで安心とは限らないことを周知する必要がある.
N Eng J Med. Sep 30, 2020(doi.org/10.1056/NEJMp2025631)



◆米国の大学における感染爆発.
JAMA誌における論評.日本と同様,米国でも感染者に占める若年層の割合が増加し,大学における感染防止が重要な課題となっている.米国の1600校以上の大学を対象とした調査では,8月の秋学期の開始以降,9月25日までに1300校で13万人以上(!)の患者が確認されている.感染はマスク使用が義務づけられていない場合,身体的距離が十分でない場合,手指衛生が不十分な場合に発生している.またキャンパスに関連した社会的イベントに関連したアウトブレイクが多数発生し,また居住環境(宿舎,寮)でも生じている.公衆衛生上の目標は,重篤な転帰のリスクが高い人々への感染を回避または最小化することを認識し,アウトブレイクが発生した際には,適切な検査とスクリーニング戦略に加えて,キャンパス内外での隔離と検疫の計画を立てる必要がある.→ 医学生の感染は院内感染に直結する.改めて学生に身体的距離や手指衛生等を徹底し,大学側も適切な対策を継続する必要性がある.
JAMA. Sep 29, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.20027)

◆鼻咽頭拭いスワブ検査後に生じた髄液漏.
米国からスワブによる鼻咽頭からのPCR検体採取後に髄液漏を起こした初めての症例(40歳代の女性)が報告された.ヘルニア手術前にPCRを受けた直後,右片側性鼻漏,頭痛,嘔吐をきたした.画像検査では,右篩状窩から延びる1.8cmの脳瘤(頭蓋骨の欠損部から神経組織と髄膜が突出した状態:図5)が確認された.2017年のCTを確認すると,当時から頭蓋底の骨欠陥が認められた.入院後,内視鏡下外科修復術が行われた.以上より,スワブが頭蓋底を破壊し貫通したのではなく,既存の脳瘤を損傷したものと考えられた.本例は正常な鼻腔解剖を歪める疾患や過去の外科的介入を認める場合,スワブによる有害事象が生じうることを示している.具体的には,頭蓋骨欠損,副鼻腔または頭蓋底手術の既往歴,または頭蓋骨へ浸潤しうる疾患を有する患者において,別の検査法を検討すべきである.
JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. Oct 1, 2020(doi.org/10.1001/jamaoto.2020.3579)



◆神経合併症(1)細胞障害性の脳梁膨大部病変.
フランスから急性脳症の画像所見に関する報告.ICUに入室した49歳と51歳の2人の男性.頭部MRIでは,T2,FLAIRで高信号を呈し,拡散抑制を伴う脳梁膨大部病変を認めた(図6).この所見は脳梁の細胞障害性病変として報告されてきたもので,感染,薬物中毒,くも膜下出血,中枢神経系悪性腫瘍の既往,代謝障害などの二次的な原因によるものである.非虚血性の病変であり,通常は一過性で可逆的である.我々も小脳性運動失調で発症し,脳梁膨大部病変を認めた症例をMERS(mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion)として症例報告した.
COVID-19:失調性歩行と動作時振戦にて発症し,脳梁病変を認めた75歳男性の経験
https://blog.goo.ne.jp/pkcdelta/e/06b1a0478f357b0d468baf993599a522
Neurology. Sep 16, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010880)



◆神経合併症(2)COVID-19関連頭痛の特徴.
スペインからの症例集積研究.頭痛は,COVID-19の神経症状のなかで最も頻度の高いもののひとつであり,有病率は8~71.1%と報告されている.患者145名のうち99名(68.3%)が頭痛を呈した.ほとんどの症例で,頭痛は他のCOVID-19症状と同時に出現した(57.6%).頭痛は両側性が多く(86.9%),前頭部または頭頂部にみられ(それぞれ34.3%),激しい痛みであった(VAS ≥7が60.6%).誘因は39.4%で認められ,最も多いのは発熱であった.増悪因子として身体活動と咳が多かった.最初に使用される鎮痛剤の効果は部分的有効が53.5%,消失が26.3%であった.25/99名(25.3%)の患者に片頭痛の既往歴があったが,うち23名(92.0%)は通常とは異なる頭痛であった.すなわち片頭痛を有する患者は,片頭痛のない患者と比較して,早期発症,長期間持続(図7),強い頭痛という特徴がみられた.
Headache. Sep 28, 2020(doi.org/10.1111/head.13967)



◆神経合併症(3)髄液バイオマーカーの検討.
中等度から重度のCOVID-19および神経症状を有する6名において,髄液の炎症(白血球数,ネオプテリン,β2マイクログロブリン,IgG-index),血液脳関門透過性(アルブミン比),軸索損傷(ニューロフィラメント軽鎖;NfL)を反映するバイオマーカーを評価した.6名の神経所見として,脳症(4/6名),髄膜炎(1/6名),意識障害(1/6名)が含まれていた.2名の患者の血漿中にウイルスRNA が検出され,3 名の患者の髄液中に低レベルのRNAが検出されたが,2 回目の解析では検出されなかった.髄液ネオプテリン(中央値,43.0 nmol/L)とβ2-マイクログロブリン(中央値,3.1 mg/L)はすべての患者で増加していた.IgG-index,アルブミン比,白血球数は全例正常であったが,NfLは2名で上昇していた.以上より,可溶性炎症マーカーは増加したが,白血球反応やその他の中枢神経系ウイルス感染症に典型的な免疫学的所見は認めなかった.
Neurology. Oct 1, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010977)

◆RNA ワクチンは高齢者においても有望.
高齢者における感染予防対策としてワクチンへの期待は大きいが,高齢者で若年者と同様の免疫反応が惹起されるかは不明である.今回,Moderna社によるメッセンジャー RNA ワクチン(mRNA-1273)の用量漸増オープンラベル試験で,年齢(56~70歳または≧71歳)に応じて層別化された40名を対象とした試験結果が報告された.参加者は28日間隔で,25μgまたは100μgのワクチンを2回接種するように割り付けられた.結果であるが,有害事象としては疲労,悪寒,頭痛,筋肉痛,注射部位の疼痛が見られたが,主に軽度ないし中等症であった(用量依存性があり,2回目の接種後に多くが認められた).結合抗体反応は初回接種後に急速に増加した.2回目の接種後,複数の方法で血清中和活性が全参加者で検出された.結合抗体反応および中和抗体反応は,18歳から55歳までのワクチン接種者のデータと同等で,回復期の血清を提供した対照群の中央値を上回っていた.ワクチンは1型ヘルパーT細胞を含む強力なCD4サイトカイン反応も誘発していた.第 3 相ワクチン試験における 100μg 投与の使用を支持する結果となった.
N Eng J Med. Sep 29, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2028436)
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