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Channel: Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文
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国際頭痛分類 第3版(ICHD-3)日本語版の書評

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日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会 竹島多賀夫委員長よりご依頼をいただき,標題の書評を執筆させていただいた.私は,病棟の若い医師に,頭痛の診断をする際には『国際頭痛分類 第3版』に則って診断をするように強く勧めている.書評には「その理由」や「頭痛診療の上達法」について記載した.ご一読いただければ幸いである.

頭痛専門医にとどまらず,全臨床医必携の書
書評者:下畑 享良(岐阜大大学院教授・神経内科・老年学)

 頭痛はさまざまな診療科の医師がかかわるコモン・ディジーズである。脳神経内科,脳神経外科,内科,小児科医,総合診療医のみならず,耳鼻咽喉科や眼科,ペインクリニックなどにも患者が訪れる。また救急外来においても多くの頭痛患者が来院する。よってこれらの医師は頭痛診療をマスターする必要があるが,頭痛の診断や治療は必ずしも容易ではない。それは,頭痛は非常に多彩な原因があるため,正しい診断にたどり着かず,その結果,正しい治療が行われないことがあるためである。頭痛は患者のQOLに直結し,かつ生命にもかかわることがあるため,正しい診療がなされない場合,患者への影響は大きい。また医師の立場からすると,自らの診断や治療による頭痛の改善の有無が明瞭にわかるため,改善が乏しい患者を複数経験した結果,頭痛診療を苦手と感じてしまう。その一方で,正しく診断,治療し,患者から「頭痛が良くなった」という報告を聞くときは非常に嬉しく,やりがいを感じる。

 私は,病棟の若い医師に,頭痛の診断をする際には『国際頭痛分類 第3版』に則って診断をするように強く勧めている。分類を暗記する必要はなく,病棟や外来に一冊置いて,必要に応じてその都度,辞書のように使用する。初めは億劫で,内容も複雑に思えるかもしれないが,継続して丹念に頭痛を分類に当てはめることにより,徐々に頭痛診療において重要なポイントがわかってくる。明白な片頭痛や緊張型頭痛であればこの分類は必ずしも必要はないが,診断がはっきりしないときや,その他の特殊な頭痛が疑われる場合には非常に有用である。治療については併せて『慢性頭痛の診療ガイドライン〈2013〉』を読み実践することで,頭痛診療の能力は飛躍的に向上する。そこまで到達したらぜひ日本頭痛学会の定める認定頭痛専門医にも挑戦していただきたい。

 本書は2013年以来の5年ぶりの改訂で,beta版が取れて正式な第3版になった。beta版を作成した目的の一つである実地試験の結果が盛り込まれ,エビデンスの精度が向上している。またもう一つの目的であったICD-11のコードの収録は,ICD-11の公表が先延ばしになったことで見送られたが,「全般的コメント」が整理されて箇条書きに変更された結果,とても読みやすくなった。さらに診断基準後に「注」が付されて,診断基準を補足する記述が追加され,日々の診療により役に立つものとなった。本書は頭痛専門医のみが必要とするものではなく,あらゆる臨床医の必携の書籍として強く推奨したい。また頭痛患者を対象とした症例報告,臨床試験,その他の研究においては,この診断基準を満たすことが不可欠となる。その意味でも本書は重要である。

国際頭痛分類 第3版(医学書院)





常同運動症(stereotypy)とは何か?

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この数ヶ月で2回ほど,同じ運動を繰り返す患者さんを診察した.抗NMDAR抗体脳炎と小児期の髄膜脳炎後遺症の成人であった.てんかんとも不随意運動とも異なり,「うーん,これはstereotypyと呼ぶべきだろう」と所見を述べた.これは一見正常な無目的な運動を何度も繰り返すもので,脳神経内科領域では前頭側頭葉認知症や薬剤性のものが多いが,概念を正しく説明することができなかったため,文献を渉猟してみた.

【常同症(stereotypy)とは】
同じ運動や行動,言葉を何度も繰り返す状態を指す.同じ運動や行動を繰り返すのが常同運動症(stereotypic movement disorder),あるいは常同行動(stereotyped behavior)であり,それが言葉であれば常同言語(stereotyped speech)となる.同じ姿勢をとり続けるのは常同姿勢(stereotyped attitude)である.

【常同運動症の具体的な例】
顔:口を開く,歯ぎしりする,自分の身体を噛む,うなづく,頭を振る,頭を打ちつける.
上肢:腕を振る,はばたき動作をする,自分の身体を叩く,手を震わせる,拍手する,手を揉む,掌を開閉する,指をくねくね動かす,両手の指をからませる,親指をしゃぶる,爪をかむ.
下肢・体幹:脚を揺らす,身体を揺する,身震いする.
複雑な運動:ドアの開閉をする,立ったり座ったりする,周囲を行き来する,物を集めたり並べたりする.

パーキンソン病でドパミンアゴニストにより惹起される行動制御障害のうち,動作を反復するpundingもstereotypyである.衣服の表面を探ったり,テーブルの同じ所を布巾で拭くなどの単純で無目的な動作の反復から,タンスの衣類を出し入れしたり,時計や懐中電灯を分解するなどの複雑な動作まで様々である.

【常同運動症の分類】
1)生理的:成長過程で認められる無目的で反復する運動行動で,多くは時間とともに消退する.

2)原発性:常同運動症のみを呈し,下記に示す原因を認めない.合併する病態として,注意欠如・多動症(ADHD),不安症,チック,発達性協調運動症,学習障害が知られている.

3)症候性:発育遅延,精神疾患(統合失調症,カタトニア,強迫症,Tourette症候群),自閉症スペクトラム症(とくにいわゆるアスペルガー症候群),薬剤性(L-DOPA,ドパミンアゴニスト,コカイン,アンフェタミン),神経変性疾患(前頭側頭型認知症,PSP,PDD ,Wilson病,神経有棘赤血球症,脳内鉄沈着を伴う神経変性症,Lesch-Nyhan症候群,Rett症候群,脆弱X症候群,Angelman症候群),脳血管障害等による基底核病変,傍腫瘍性,感染後,嗜眠性脳炎,抗NMDAR抗体脳炎,感覚遮断(失明).

【鑑別すべき病態】
チック,遅発性ジスキネジア,アカシジア,マネリズム(個人的な運動の癖やジェスチャー,必ずしも異常運動ではない),統合失調症や強迫症のような精神疾患に伴う反復行為(強迫行為),てんかんに伴う自動症,レストレスレッグス症候群,頭部の頷き運動(head nodding)を起こす疾患(小脳疾患,第3脳室のう疱,先天性眼振,点頭痙縮),motor habits(スポーツマンなどで特定の随意運動を行う準備の際に出現する),

常同運動症の間隔は数十分から秒単位までいろいろな場合があるが,チックやマネリズムと比べて不規則である.チックと比べて,腕,手,全身に生じやすく,持続時間が長い.またその運動はより複雑で「行為」と言ってよい.遅発性ジスキネジアではdistraction(ほかに注意を引くタスク)を行っても不変もしくは増悪するが,常同運動症では軽減しうる.強迫行為と比べると,無目的である.

【動画】Edwards MJ et al. Mov Disord. 2012;27(2):179-85.(動画はフリーアクセスです)
1.Rett症候群に見られるstereotypy(手もみ動作)
2.健常児に見られる生理的stereotypy(腕の上げ下げ,指の伸展・屈曲)
3.症候性stereotypy(脳炎後).認知障害と形成とともに,頭の頷き運動(head nodding)を呈した.
4.症候性stereotypy(左被殻の脳血管障害後).歩行すると回転してしまう!かつ繰り返す.
5.鑑別診断としての遅発性ジスキネジア2名.口舌部に注意.Distractionを行うと出現するが,stereotypyでは逆に減弱する点で異なる.

Stereotypy


【DSM‒5における定義】
DSM‒5病名・用語翻訳ガイドラインでは,stereotypic movement disorderは「常同運動症/常同運動障害」と訳され,以下が記載されている.
A. 反復し,駆り立てられるように見え,かつ外見上無目的な運動行動(例:手を震わせるまたは振って合図する,身体を揺する,頭を打ちつける,自分の身体を噛む,自分の身体を叩く)
B. この反復性の運動行動によって,社会的,学業的,または他の活動が障害され,自傷を起こすこともある.
C. 発症は発達期早期である.
D. この反復性の運動行動は,物質や神経疾患の生理学的作用によるものではなく,他の神経発達症や精神疾患[例:抜毛症,強迫症]ではうまく説明されない.

※該当すれば特定せよ
自傷行動を伴う (予防手段を講じなければ自傷に結び付くであろう行動を含む)
自傷行動を伴わない.
※該当すれば特定せよ
関連する既知の医学的または遺伝学的疾患,神経発達症,または環境要因[例:レッシュ-ナイハン症候群,知的能力障害(知的発達症),子宮内でのアルコール曝露]
※現在の重症度を特定せよ
軽度:症状は,感覚的な刺激や気晴らしによって容易に抑制される.
中等度:症状は,明確な保護的手段や行動の修正を要する.
重度:重大な自傷を防ぐために,持続的な監視と保護的手段が必要となる.

文献:『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

【常同運動症の重症度】
Motor Stereotypy Severity Scale (SSS)が使用される.評価する4項目としては,認められるstereotypyの数,頻度,程度,全般的機能障害度であり,点数化する.

【病態機序】
十分明らかにされていないが,prefronto-corticobasal ganglia circuitないしcortico-striatal-thalamo-cortical circuitにおけるドパミン系が重要であり,GABA系,アセチルコリン系も一部関与すると言われている.原発性stereotypyの家族内発症の報告はなく,原因遺伝子については知られていない.

【治療】
原発性の場合,治療を要することはほとんどないが,治療を希望する小児においては習慣逆転トレーニング(habit reversal training)が有効と言われている.しかし症候性や怪我を引き起こすようなstereotypyの場合,治療介入が必要となりうる.自閉症に伴うstereotypyに対し,クロミプラミン,リスペリドン,フルオキセチンが有効であったとする報告はあるが,その他はほとんど報告がなされていない.Johns Hopkins大学の小児科では原発性常同運動症の治療に取り組んでおり,YouTube動画で,stereotypyの実例と治療について見ることができる.

The Johns Hopkins Motor Stereotypy Behavioral Therapy Program


Mov Disord 27;179-185, 2012
J Neurol 259;2452-2459, 2012
Semin Pediatr Neurol 25;19-24, 2018

脊髄硬膜動静脈瘻におけるmissing-piece sign

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脊髄硬膜動静脈瘻(spinal dural AV fistula;sDAVF)は,脊髄MRIにて病変が造影されるため,炎症性ないし腫瘍性ミエロパチーと誤診されることが少なからずある.このため診断が遅れて,回復のタイミングを逃すだけでなく,ステロイドが使用され,症状の増悪さえ引き起こすこともある.特徴的な画像所見として,T2強調画像における「曲がりくねったflow void(tortuous flow voids)」を認めれば,確定診断のための血管造影を行う根拠となるものの,認められないことも多い.もし造影MRI所見で本症に特徴的なパターンをみつけることができれば早期診断に役立つはずである.

以上を背景として,Mayo clinicにおいてsDAVF症例の画像所見の検討が行われた.対象は1997年からの20年で経験したsDAVF 80例のうち,治療前にMRIを撮像した51名を後方視的に検討した.対照群は他のミエロパチーと診断された144名とした.

結果であるが,sDAVF群では,髄内造影病変は44/51名 (86%)と高頻度に認められた.このうち19/44名(43%) で,縦長の造影病変のうち,少なくとも1 箇所,造影されない部位を認めた(missing-piece signと名付けた).この所見は対照群や,他の疾患(頚椎症性脊髄症,脊髄転移,脊髄腫瘍,多発性硬化症,視神経脊髄炎,MOG抗体関連脊髄炎,サルコイドーシス)では認められず,sDAVFに特異的所見と考えられた.ちなみにmissing-piece signを認めた19名の臨床像は,発症年齢は中央値67歳(27~80歳),15名が男性であった.11名(58%)が誤診されていた.tortuous flow voidsは 13/19名(68%)に認めた.

興味を持つのは,なぜこのような所見を呈するかである.sDAVFでは二次的に静脈圧が上昇するが,脊髄に内在する静脈系はどの部位も同じというわけでなく,おそらく造影欠損部位は隣接する部位よりも静脈の流出が良好な部位なのではないかと著者らは考察している.

結論として,「missing-piece sign」の同定は,診断確定のための血管造影までの期間を短縮させ,sDAVF患者の予後を改善する可能性がある.研究の問題点としては,後方視的研究であること,やや症例数が少ないこと,撮像プロトコールとタイミングが統一されていないことが挙げられだろう.ちなみに他のミエロパチーに特徴的な造影MRI所見として,下記が紹介されている.

多発性硬化症(均一ないしリング状)
視神経脊髄炎(リング様ないし斑状)
サルコイドーシス(中心管と脊髄後部の造影所見.trident sign)Neurology 2016;87, 743-4.
頚椎症性脊髄症(pancake sign)Neurology 2013;80, e229.
脊髄転移(rim and flame)

Zalewski NL et al. Unique Gadolinium Enhancement Pattern in Spinal Dural Arteriovenous Fistulas. JAMA Neurol. 2018;75:1542-5.


成長因子プログラニュリンに関する書籍 予約開始のご案内

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プログラニュリン(progranulin)は,以下に示す過去のブログ記事にてご紹介したように,私どもが脳梗塞に対する治療薬,ならびに悪性リンパ腫の中枢神経浸潤の診断バイオマーカーとして産学連携による開発を進めている成長因子です.

プログラニュリンは脳梗塞に対し,多面的な脳保護作用を有する
髄液プログラニュリンは,中枢神経における腫瘍転移の有望な診断バイオマーカーである

基礎・臨床の双方にとって重要な分子で,今後,間違いなく注目度が高まるものと思います.しかしその歴史,特徴,臨床的応用の可能性について包括的に示した書籍はありませんでした.今春,Springer社から下記の洋書を出版することになりました.

Progranulin and Central Nervous System Disorders
出版社: Springer; 1st ed. 2019版 (2019/5/31) ¥ 21,649
写真のクリックで,Amazonにリンクします.

岐阜薬科大学原英彰教授,中村信介先生,東京大学西原真杉教授,東京都医学総合研究所細川雅人先生とともに共同編集をさせていただきました.目次は以下になりますが,リソソーム分解,神経幹細胞への作用などの正常機能から,動物モデル,疾患(脳梗塞,神経変性疾患,神経免疫疾患,眼科疾患),再生医療への関わりまで示します.やや高価ですが,研究者,大学院生にとって役立つ書籍になると思います.

Chapter 1. Molecular and Functional Properties of Progranulin.
Chapter 2. Progranulin as a biomarker for neurodegenerative diseases.
Chapter 3. PGRN and FTLD.
Chapter 4. PGRN and neurodegenerative diseases other than FTLD.
Chapter 5. Progranulin Regulations of Lysosomal Homeostasis and its Involvement in Neurodegenerative Diseases.
Chapter 6. Molecular and Functional Properties of Progranulin.
Chapter 7. PGRN and neuroinflammation.
Chapter 8. Neural Stem/Progenitor Cells and Progranulin.
Chapter 9. Generation and phenotyping of progranulin-deficient mice.
Chapter 10. Pleiotropic protective effects of progranulin in the treatment of ischemic stroke.
Chapter 11. New therapeutic approaches against ocular diseases.

抗MOG抗体関連ミエロパチーの臨床・画像所見

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前々回のブログに記載した脊髄硬膜動静脈瘻(spinal dural AV fistula;sDAVF)の論文に引き続き,Mayo Clinicから抗MOG抗体関連ミエロパチーの臨床所見,脊髄MRI所見に関する研究が報告されている.ちなみにMOGとは,ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白質(myelin-oligodendrocyte glycoprotein)のことである.本研究の目的は,類似の臨床像を呈しうる抗AQP4抗体関連ミエロパチー,多発性硬化症との相違を明らかにし,早期に正確な診断と治療を行うことである.このために,これら3疾患の臨床・画像所見,予後を比較している.

方法は後方視的研究で,対象は2000年から2017年に経験した抗MOG抗体陽性患者199名のうち,「臨床的診断が脊髄炎,抗MOG抗体陽性,臨床情報が使用可能」という3つの条件を満たした54症例とした.対照は抗AQP4抗体関連ミエロパチー46例,多発性硬化症26例とした.予後の評価はmodified Rankin scoreと歩行の介助の必要性とした.MRIの評価は放射線科医が臨床診断をマスク化して行った.

結果であるが,抗MOG抗体関連ミエロパチー54症例の発症年齢は中央値25歳(3-73歳)で18歳未満が30%,男女比は30:24であった.初発症状が脊髄炎単独であった症例は29例(54%)と高頻度であった.症候としては,しびれ感(89%),直腸膀胱障害(83%),勃起障害(54%),錐体路徴候(72%)を認めたが,うち10例(19%)が腱反射消失を伴う弛緩性麻痺を呈し,ウイルス性ないしウイルス後「急性弛緩性脊髄炎 (AFM:Acute Flaccid Myelitis)」と診断されていた(後述).中央値24ヶ月(2-120ヶ月)の経過観察を通して,32例(59%)が以下に示すように1回以上の再発をした.その内訳は視神経炎(31例),横断性脊髄炎(7例),ADEM(1例)であった(重複あり).3疾患の比較では,抗MOG抗体関連ミエロパチーにおいて,ウイルス感染を示唆する前駆症状やワクチン,および脊髄炎を伴うADEMが有意に多かった.

検査所見では,髄液オリゴクローナルバンドは施行した症例では1/38例(3%)と低頻度であった.脊髄MRI検査では,図に示すように,T2強調画像における灰白質の異常信号(矢状断での線状所見,および水平断でのHサイン)と,異常造影を認めない点が特徴的であった.縦長病変の頻度は抗MOG抗体,および抗AQP4抗体関連ミエロパチーで有意差はないが(79%対82%),多発性硬化症では認めなかった.多発病変,ないし馬尾病変は抗MOG抗体関連ミエロパチーでは抗AQP4抗体関連ミエロパチーと比べて高頻度であったが,多発性硬化症とは変わりはなかった.

予後については,初期治療への反応性は48/52例(92%)で認められた.脊髄炎が最も悪いときに車椅子を要することは抗MOG抗体関連ミエロパチー,抗AQP4抗体関連ミエロパチーとも3分の1の症例で見られたが,MSではなかった.最終診察で車椅子を要した頻度は3/54例(6%)であった.抗MOG抗体関連ミエロパチーのほうが抗AQP4抗体関連ミエロパチーと比較して回復が良好であった.

ちなみに「急性弛緩性脊髄炎 (AFM))は2014 年に米国でエンテロウイルス D68(EV-D68)感染症流行と同時期に発生したポリオ様麻痺の多発を受け,急性弛緩性麻痺 (AFP:Acute Flaccid Paralysis)との混乱を避けるため提唱され,以下の通りに定義されている.
①四肢の限局した部分の脱力を急に発症する(acute onset focal limb weakness)
②MRI で主に灰白質に限局した脊髄病変が 1 脊髄分節以上に広がる
③髄液細胞増多(白血球数>5/ μL )(①+②は「確定」、①+③は「疑い」とする).
上記を満たせば起因病原体の種類は問わない.EV-D68 流行期に発症したAFMは,EV-D68の関与が強く疑われるにもかかわらず臨床検体からのEV-D68検出率が低いことが知られ,確定診断はなかなか難しい.本研究では2014 年のEV-D68陽性AFMについては,抗MOG抗体陰性であったことを確認しているが,AFMの病因として抗MOG抗体関連疾患を鑑別に上げることも重要であることを示すものである.

結論として,本研究は抗MOG抗体関連疾患においてミエロパチーは病初期の症状であり,かつ急性弛緩性脊髄炎を呈しうることを示した.さらにOCB陰性で「縦長,Hサイン,造影効果なし」というMRI所見を認める場合に,より本疾患を疑う必要があることを明らかにした.

JAMA Neurol. 2018 Dec 21. doi: 10.1001/jamaneurol.2018.4053.



「死んでもいいから口から食べたい」にどう対応するか?

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認知症や脳卒中,神経変性疾患などのため,誤嚥性肺炎を繰り返した患者さんが「胃ろうを作ってまで生きたいとは思わない.食べられないことがつらい.死んでもいいから口から食べたい」と訴えられることがある.このような訴えに対し,医療者や家族はどのように対応したら良いのであろうか?最近,若い主治医とこの問題に取り組んだので,順番に考えるべきポイントを提示したい.これらの考え方は,この問題に悩む家族にとっても参考になると思う.

1)患者さんがどういう疾患の,どのような時点にあるのかを理解する.
原因となる疾患の状態により嚥下障害の将来の状況や対策が大きく変わる.つまり進行する疾患,治癒しうる疾患,パーキンソン病のように症状が変動する疾患,機能維持が精一杯の疾患など,どのような疾患に伴う嚥下障害に当てはまるのかをまず理解する必要がある.

2)正確な評価と診断を行い,嚥下障害が治療できる状態か否かを明確にする.
嚥下障害の重症度,栄養状態,嚥下リハビリによる改善の可能性を正しく評価する.つまり倫理的判断以前に,1)と併せ,医学的事実を明らかにすることが大切である.このとき,年齢による差別(Ageism)や認知症合併による差別が起きないように注意する.

3)本人の意思決定能力・意思表示能力を確認する.
病状説明の理解,論理的思考,治療選択の意思表示が可能かを明らかにする.つまり認知機能障害により,口から食べることによってどのような事態が生じるのか,生命に危険が及ぶことを理解しているのかを把握する必要がある.また認知機能が保たれていても,神経変性疾患などでは運動症状により,意思の表出ができない可能性がないか確認し,必要があれば「コミュニケーション障害」に対する介入を開始する.

4)「死んでもいいから食べたい」という訴えの真意を探る.
もし意思決定能力・表示能力が保たれていた場合,「患者さんの発言は本心であるのか,食べることを安易に考えている可能性はないか,自暴自棄になって出た言葉ではないのか,考えは一貫しているのか」を確認する.その言葉が本心であった場合,なぜそれほどまで口から食べることにこだわるのか,なぜ胃ろうをそれほどまでに拒否するのか,その考え方の背景にあるものを深く探っていく.これはそのような考え方が培われた環境や生き方について理解することでもある.

5)家族の考えを探る.
意思決定能力・表示能力が保たれていない場合,家族の代理判断が行われることになる.「代理判断」は患者の考えを推測し,患者本人の最善の利益に適ったものである必要があり,家族自身の都合で判断されるものであってはならない.例えば年金や相続問題といった利益相反や虐待などが隠れていないのか注意が必要である.また家族内での意見の不一致についても確認する.

6)1人で考え込まず,倫理カンファレンスを行う.
臨床倫理的問題全体に言えることであるが,決して一人で考え込まないことである.経験的に,患者さん想いの医療者であればあるほど,患者さんの立場を優先し,冷静な臨床倫理的判断が困難になることがある.

7)倫理的ジレンマの原因を見つける.
まずJonsenによる臨床倫理4分割法を用いて,「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」について情報の整理を行う.そのうえで,臨床倫理の4原則,つまり「自律尊重原則(respect for autonomy)」,「無危害原則(non-maleficence)」,「善行原則(beneficence)」,「正義原則(justice)」について考え,現在の問題が,どの倫理原則の対立により生じているかを理解する.通常,「本人の願望を尊重することは良いことだ」とする自律尊重原則と,「肺炎を予防し栄養状態を改善することは良いことだ」とする善行原則,ないし「患者さんに危害を与えてはいけない」とする無危害原則が衝突(コンフリクト)を起こしている.
また患者さんと医療者間にもコンフリクトが生じうる.医療者側は,食べさせ,肺炎を起こし死亡したら,法的責任を追及されるかもしれないという不安を持つ.すなわち医療者が法的な不安を持たないことと,本人が食べて幸せを感じることの間に倫理的価値の対立が生じるのである.

8)患者さんの最善利益(best interests)を考える.
対立する倫理原則の優先順位をどのように決めるかは,患者さんにとっての最善利益がどこにあるのかを探るということである.当然,最善利益は各人により異なるため,この問いに対する結論も異なってくる.ただし結論を出す以上に大切なことは「話し合いやコミュニケーションのプロセス」である.医師は医学的事項や倫理的事項に関して提示し,患者さんや家族が結論を出すための支援を行う.そしてadvanced care planning(ACP)やshared decision making(SDM)につなげていく.

9)誤嚥・窒息を極力防ぐ.
経口摂取を認める,ないし黙認するという結論に達した場合であっても,できるだけ誤嚥や窒息の危険を減らすための嚥下リハビリや食形態の工夫といった取り組みを行う.

まとめ
摂食嚥下の倫理的問題は上述のようなステップを踏むことで,問題の本質に近づくことはできる.そのうえで患者さんが大切にしているものはなにか,それに対する家族の思いはどうかを探っていく必要がある.それは決して容易なことではないが,ひとりではなくチームとして情報を入手し,ともに考え,より善い方向に導く必要がある.
なおこのトピックスは,本年10月19日(土)に岐阜市にて行われる第15回日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会学術集会の特別講演で,浜松市リハビリテーション病院院長,藤島一郎先生にご講演をいただく予定である.ぜひご参加いただきたい.

参考文献:いずれの書籍も大変わかりやすく書かれており,勉強になります.
臨床倫理入門
摂食嚥下障害の倫理







連載開始「医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)を防ぐためには?-脳神経内科領域の取り組みから学ぶ」@医学のあゆみ

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「医学のあゆみ」誌の次号(268巻6号)より,標題のタイトルの連載を計11回シリーズでさせていただくことになりました.これまでも当ブログにてご紹介してきた通り,医師における燃え尽き症候群は重大な問題として認識されるようになりました.多くの診療科の医師がこの問題に直面しておりますが,脳神経内科医はこの問題に積極的な取り組みをはじめています.例えば,米国神経学会は2014年ごろから本格的,かつスピーディーにこの問題への取り組みを開始し,学会活動は大きく変貌しました.また私どもは2018年に行われた第59回日本神経学会学術総会(札幌)においてこの問題に取り組むシンポジウムを開催し,多くの学会員や関係者,マスコミの方々の注目を集め,同学会のキャリア形成促進委員会でも議論が開始されました.

本連載はこのシンポジウムの内容を各演者の先生方にさらに発展的にご記載いただくとともに,本邦における燃え尽き症候群研究の第一人者である心理学者,久保真人教授(同志社大学)による概念と医師におけるバーンアウトについての解説,そしてシンポジウムで十分に議論ができなかった燃え尽き症候群に対する個人及び医局・病院としての対策について議論を深めていきます.さらにこれまで世界的にも議論がほとんど行われていない精神医学の立場から見た燃え尽き症候群の本質,そしてバーンアウトしてしまった医師に対する接し方や対応について,塩入俊樹教授(岐阜大学)からご解説をいただきます.

燃え尽き症候群は医師自身とその家族はもちろんのこと,仲間や後輩医師,学生,さらには患者さんに対しとても大きな影響を及ぼします.この問題を正しく認識し,対策を講じる必要があります.本連載が脳神経内科領域における取り組みをご紹介することにより,活発な議論と有効な対策の開始につながることを期待したいと思います.


上肢Barré徴候というものはない

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朝のカンファレンスで,有名な上肢Barré徴候という名称は英米では使われないという話をしました.一方,下肢の不全麻痺の診察法として背臥位で行うMingazzini試験があります(写真C).これはイタリアの神経学者Giovanni Mingazziniが1913年に報告したものですが,同時に上肢の診察法も報告していました(写真A).つまり本来であれば上肢の落下試験はMingazzini試験と呼ばれるべきでした.そのあと1919年,フランスの神経学者Jean A Barréが,腹臥位で下肢の不全麻痺を診察する新たな変法を報告しました.Barréは1937年の論文の中で,自身の変法(写真D)とともに写真BとCを掲載していますが,上肢については記載が曖昧であったため,本邦ではBarréによるものと誤って紹介され,今日に至りました.結論として「上肢ではMingazzini試験(A),下肢には背臥位のMingazzini試験(C)と腹臥位のBarré変法試験(D)がある」ということになります.

上記は尊敬するneurologistのひとり,廣瀬源二郎先生の論文で学びました(臨床神経2015;55,455-8).注意すべきはMingazzini試験オリジナルは,手掌を下にし,指を開き行うことです.廣瀬先生はオリジナルを行った後,手を回外位に保ち閉眼させ,回内・落下を確認すること(pronator drift)を勧めています.

ちなみにBarréは変法を報告する3年前の1916年に,Geoges GuillainとAndre Strohlという2名のフランスの神経内科医とともに「細胞反応がなく脳脊髄液の蛋白増加を伴った根神経炎症候群について」と題した2症例の報告をしています.つまりGuillain-Barré(-Strohl)症候群のBarréと同一人物です.



廣瀬源二郎.Barré試験とMingazzini試験 ―Mingazzini原著の重要性―.臨床神経, 55:455-458, 2015


Redundant Nerve Roots signは腰椎脊柱管狭窄症の予後不良因子である

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Redundant Nerve Roots (RNR;余剰神経根)は,MRI T2強調画像で,馬尾のあたりが図のように曲がりくねり,一部,点状にも見える所見である.水平断では横に走行する馬尾を認めることから,矢状断で点状に見える理由が分かる.

歴史的には1960年代の終わり,間欠性跛行を呈する症例に対して脊髄造影を行うと,蛇行する陰影欠損がみられ,手術をすると馬尾神経が「蛇がとぐろをまいている」所見が世界各地で相次いで報告され,この名称が使われるようになった.本邦では脳外科や整形外科系の医学誌で主に議論がなされていた.剖検によって,RNRは圧迫により力が加えられ肥大した神経根が,そり曲がり,たわんだ状態であることが確認された.現在はCT,CT myelography,MRIで診断が可能である.

除圧術を予定している腰部脊柱管圧迫症の約40%の症例のMRIにて,このRNRを認めると言われているが,腰部脊柱管圧迫症における臨床的意義については明らかではない.昨年,腰部脊柱管狭窄症におけるRNRの意義,つまり本所見を認める症例の特徴と,術後の回復への影響についてのメタ解析が報告されたので紹介したい.

システマティックレビューは2018年4月にPubMed,MEDLINEなどを用いて行い,RNRの有無で臨床的特徴や予後に違いが認めるかを検討した,前方視的ないし後方視的研究を抽出し,メタ解析を行った.2名の著者が独立して,研究結果とバイアスについて評価を行った.

結果は計1046名の症例を含む7つの研究(本邦の2論文を含む)を用いて,メタ解析を行った.その結果,RNRを認める症例はより高齢で(平均5.7歳;95% CI [2.2–9.2], p=0.001),より狭窄が強く(面積−12.2 mm2,95% CI [−17.7 to −6.7], p < 0.0001),症状出現からの時間が長かった(13.2ヶ月,95% CI [−0.2–26.7], p=0.05).術前臨床スコアはRNR+グループで悪い傾向を認めたが,有意差はなかった(−3.8点.95% CI [−7.9 to 0.2], p=0.07). 除圧術後の臨床スコアはRNR+グループで有意に悪く(−4.7点,95% CI [−7.3 to−2.1], p=0.0004),回復率も低かった(−9.8%,95% CI [−14.8 to −4.7], p=0.0001).

以上の結果より,RNRサインを認めた症例は,認めない症例と比較して,より高齢で,罹病期間が長く,狭窄の程度が高度であること,また術後の回復も不良であることが示された.つまりRNRは腰椎脊柱管狭窄症の予後不良因子と結論された.今後,術前に注意して確認すべき所見と考えられる.

Clin Neurol Neurosurg 174;40-47,2018; Arq Neuro-Psiquiatr 72;2014 



「歯周病菌がアルツハイマー病の原因であり,治療標的である」という驚くべき論文

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Cortexymeという創薬ベンチャーがScience Advancesに報告した論文を紹介したい.アルツハイマー病(AD)の原因は,P. gingivalisという歯周病菌(口腔偏性嫌気性菌)であり,この菌が歯肉から血中に入り,加齢や脳血管障害で脆弱化した血液脳関門を通過し,脳内でタンパク分解酵素gingipainを産生・分泌することであるという論文である.そして,このgingipainを阻害する薬剤を用いたADに対する臨床試験がすでに開始されているという本当に驚くべき内容である.個人的には胃がんとピロリ菌の関連が明らかになったときのことを思い起こした.もし事実ならADの予防や治療が大きく変わる可能性がある.論文の内容を箇条書きでまとめたい.

・歯周病菌P. gingivalisは健常人の口腔内にも存在し,歯磨きやフロス,歯科治療などで一過性の敗血症をきたし,冠動脈,胎盤,肝臓などに移行する.
・この菌は3種類のgingipain(Kgp,RgpA,RgpB:KとRはリジン,アルギニンの意味)を分泌し,宿主の感染バリアの破壊などを行う.血管内皮細胞や線維芽細胞などに毒性を示す.

著者らはgingipainがAD脳における神経障害に関与するという仮説を立て,研究で次のことを示した.

・ヒトAD脳と対照脳を各々50例集積しmicroarrayで比較すると,AD脳でgingipain発現は著明に高値である.
・免疫染色でもAD脳の海馬の神経細胞,アストロサイトが,抗gingipain抗体で染色される(図の茶色の部分).さらに脳組織から免疫沈降を行い,gingipainの存在を確認している.
・AD患者脳にくわえ髄液にもP. gingivalisのDNAを検出し,脳内にP. gingivalisが存在することを示した.
・免疫染色とDNAの検討から,健常者でも軽度ではあるがP. gingivalisが脳に侵入していることが分かる.

・次にADの病態に重要な分子としてタウタンパク質,アミロイドβ(Aβ)との関連を検討し,まずタウの神経細胞凝集体であるtangleとgingipainが免疫組織学的に共存することを示す.
・このことから発想を得て,In vitroの実験にて,タンパク分解酵素であるgingipainが,タウを切断することを示す(AD脳ではタウの切断が,不溶化や異常リン酸化につながることが知られている).
・さらにIn vitroの実験で,gingipainは培養神経細胞に対して細胞毒性を持つが,創薬ベンチャーが開発したCOR286,COR271というgingipain阻害剤がその毒性を緩和することを示す.この阻害剤の経口投与はP. gingivalis口腔感染マウスを用いたin vivoの実験で,脳内での炎症,細胞毒性も軽減させた.
・一方,P. gingivalis口腔感染マウスではAβ1-42の発現が誘導される.しかしgingipainを欠損するP. gingivalisの感染ではこの変化が生じないことから,Aβ1-42の発現誘導は歯周病菌に対する防御機構と推測している.つまり,ADの神経変性の原因として,gingipainによるタウ切断が重要で,Aβは単に歯周病菌感染に対する防御反応であるという立場をとっている.
・最後により強力な阻害剤COR388を合成し,同様のマウスモデルで,用量依存性にP. gingivalisの感染,Aβ発現,炎症(TNF)が抑制できることを示した.

本研究の問題を挙げるとすれば,P. gingivalis感染モデルが本当にAD脳を反映したものであるかという点である.脳に炎症が惹起されることは確かだが,AD脳の病的過程を再現できているのかがよく分からない.つまり単純にタウの異常リン酸化や,神経原線維変化,老人班を示せばれば良いのであるが,論文中にそのデータはないことは気になる.

現在,COR388を用いた臨床試験が計画されている.Cortexyme社は分かりやすい動画も公開している.自分はADの克服は加齢をコントロールすることであり,基本的に困難であると考えてきた.しかしもし感染症によりADが引き起こされているのであれば前提が大きく変わる.COR388の臨床試験の成功を期待したいが,私たちにできることはこの論文を信じて,まずP. gingivalisによる菌血症,つまり脳への移行を極力防ぐこと,つまり歯周病予防と治療をしっかり行うことである.

Dominy SS, et al. Porphyromonas gingivalis in Alzheimer's disease brains: Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors. Sci Adv. 2019;5(1):eaau3333.


脳梗塞に至る「虚血中心(コア)」は均一ではなく,その一部は再生療法の治療標的となる  ―虚血中心の再定義を行う―

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脳梗塞巣において回復の見込みがない領域を虚血中心(コア)と呼んでいる.新潟大学,岐阜大学,ワシントン大学のチームは,虚血中心(コア)の一部に血管新生が生じていることを見出し,虚血中心(コア)が今後の再生療法のターゲットになるという従来にない仮説を提唱し,JCBFM誌に採択されたのでご紹介したい.

【もう回復しない虚血コアと半死半生の虚血ペナンブラ】
脳血管が閉塞したあと,回復不可能な領域は虚血中心(コア)と呼ばれる.一方,脳血流の再開により回復可能な領域は虚血ペナンブラと呼ばれる.Penumbraは,ラテン語で「殆ど」を意味するpaenesと,umbra(影)を合成した言葉で,日本語では「半影」と呼ばれる.一部が照らされ,一部が影になっているわけで,転じて虚血ペナンブラは,半分生きて半分死んでいる,すなわち,治療によっては回復しうる領域である.従来の研究では,虚血中心の回復は諦め,もっぱら虚血ペナンブラを回復することが目標とされてきたわけである.

【虚血コアのなかに血管新生がある部位がある!】
虚血コアは神経細胞が死滅している部位である.動物実験では神経細胞に存在する微小管結合タンパク質MAP2(Microtubule Associated Protein 2)が存在しない(=免疫染色で染まらない)領域を虚血ペナンブラと呼ぶ慣習がある.私たちは,2017年,Scientific Reports誌に,脳内炎症細胞のミクログリアに,適切な条件で低酸素・低糖刺激を行い,その性質を炎症性から脳保護性に変化させることで,有効な細胞療法が行うことができ,動物モデルにて脳梗塞後の機能回復を促進できることを示した.
この論文の中で,神経細胞が失われ,回復の可能性がないはずの虚血中心の辺縁部(灰色)に,血管新生が僅かではあるが生じていることを,当時大学院生だった三浦南先生,石川正典先生が見出した.この発見を契機として,虚血中心における血管新生の意義を金澤雅人先生が中心となり検討した.具体的には,既報を渉猟し,この現象の意味を考え,「虚血コアは均質ではなく,細胞療法の治療標的となる部位がある」という従来にない仮説を立てた.

【虚血中心は不均一であるという既報】
まず,過去の虚血中心に関する報告を調べた.その中で重要な報告に,米国ワシントン大学内科学のGregory del Zoppo教授が提唱したものがある.これは虚血中心や虚血ペナンブラは,実は不均一であり,ミニコア,ミニペナンブラという小さい単位が融合して,最終的なコアやペナンブラになっているという考えである(del Zoppo JCBFM2011).この考え方は,虚血中心は不均一であるという私達の考え方に一致する.
また血管新生が生じる部位について既報を調べると,コアの外側ではなく,MAP2による染色性を失った虚血中心の辺縁部に認めるという報告が複数あることが分かり,我々の観察と一致していた.del Zoppo教授の提唱したミニペナンブラに相当する領域は,虚血中心のなかの血管新生を伴う辺縁部分(灰色の領域)に相当する可能性がある.

【虚血中心に新生した血管は神経再生をもたらす】
近年,血管内皮細胞と神経細胞の3D共培養で,神経軸索の進展が促進されたという報告がある(つまり神経再生には血管が必要であることを意味する).一方,私どもの報告を含め.神経軸索の進展にミクログリアなどのグリア細胞が関わるという報告もある.おそらく,血管新生には,血管内皮細胞,グリア細胞が関わり,新生した血管を土台として神経再生が生じるものと考えられる.
しかし通常はこの領域は極めて狭く,有効な機能回復にはつながらない.もし再生療法等により血管新生を促進でき,この領域を拡大することができれば,虚血中心は縮小し,機能回復も促進されるものと推測される.

【まとめ】
回復しないと考えられてきた虚血中心の一部ではわずかながら血管新生が生じている.もし血管新生を促進し,この領域を広げる治療ができれば,この領域は虚血中心というより,助かりうるという意味で新たな虚血ペナンブラに変化すると言うことができる.現在,私たちは,この領域を標的とした新しい再生療法により,脳梗塞後の機能回復を目指している.

Kanazawa M et al. JCBFM 2019 on line



虫歯菌,歯周病菌は脳卒中の新たなリスク因子である@第44回日本脳卒中学会学術集会(横浜)

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標題の学会にて,シンポジウム「脳卒中の新たなリスク因子-口腔・腸内常在菌,マイクロバイオームとバイオマーカー-」の座長を担当した.このなかで最近,関心を持っている口腔常在菌(歯周病菌,虫歯菌)と脳の関係に関してご紹介したい.

① 特定の虫歯菌を持つ人は脳出血リスクが上昇する(国立循環器病研究センター 脳神経内科 猪原匡史先生)
【特定の虫歯菌とは?】
虫歯菌のひとつであるS. mutans(ミュータンス菌;写真左)のなかには,Cnmタンパクというコラーゲンに結合する蛋白を持つ菌と,持たない菌がある.このCnmタンパクを持つ菌を口腔内に持つ人(保菌者)は,認めない人と比較し,脳微小出血や脳出血の発症頻度が高いことが明らかになった.ちなみにCnm陽性ミュータンス菌の保菌率は日本人では約10~20%といわれている.

【なぜ脳出血を引き起こすのか?】
この菌が脳出血を起こすメカニズムは次のように考えられている.
1)この菌は,歯周病では大量に,ブラッシングやフロスの使用でも少量ながら,血中に侵入し,菌血症(細菌が血液中に侵入した状態)になる.
2)加齢や生活習慣病のために脳の血管の壁が脆くなっていると,血管壁の内部にあるコラーゲン線維が表に出てきてしまうが,血中に侵入したこの菌はCnmタンパクを介して血管壁に結合する.
3)菌の血管壁への結合は,血管壁の炎症をもたらし,出血しやすくなる.
4)さらに菌はマイナスに荷電しているため,血管壁もマイナスに荷電してしまう.通常,血管が脆くなり出血しそうになると,血小板が集まってきて止血されるが(一次止血),血管壁がマイナス荷電していると,同じくマイナスに荷電している血小板が血管壁に集まることができない.
5)このため最終的に血管壁が破れ,脳出血をきたす.

高血圧が原因と考えられた脳出血の26%の患者にこの菌の感染がみられたという報告もあり,脳出血の重要な危険因子である可能性がある.もし保菌者への治療介入が実現した場合,年間3万人の脳微小出血が予防可能と推定する研究もあり,今後重要な危険因子として確立される可能性がある.

【現在の状況と疑問】
現在,猪原先生らはこの菌のもつ臨床的意義をより明確にするため,多施設共同前向き観察研究(RAMESSES研究)を開始している.個人的に興味深いと感じた点は,Cnm 陽性患者の脳出血のサイズは小さいにもかかわらず,長期予後が不良である点だ.猪原先生は感染に伴う全身合併症(IgA腎症やNASH)が予後を増悪させる可能性を指摘している.個人的にはこの菌が,最近話題になっているP. gingivalisのように血液脳関門を通過し,脳内に入る可能性があるのではないか気になった.

② 異なる歯周病菌は異なるタイプの脳梗塞を起こす可能性がある(広島大学大学院 脳神経内科学 細見直永先生)
【Prevotella intermediaは動脈硬化から脳梗塞を起こす】
歯周病菌感染症がアテローム動脈硬化(*)に関与していることが報告されている.また歯周病が脳梗塞の発症にも関わることも報告されている.例えば,歯周病菌の一つであるPrevotella intermediaに対する抗体価が,アテローム動脈硬化をともなう脳梗塞において高値を示し,この抗体価の上昇と頸動脈の動脈硬化病変との関連が指摘されている(オッズ比 16.58, 95% CI 3.96-78.93).つまりこの菌の感染が頸動脈の動脈硬化をきたし,その結果として脳梗塞が生じる可能性がある.

*アテローム動脈硬化は粥腫(プラーク)と呼ばれるものが血管の壁に作られる特徴をしめす動脈硬化

【アルツハイマー病で話題のP. gingivalisは心房細動から脳梗塞を起こす】
一方,別の歯周病菌であるPorphyromonas gingivalis(P. gingivalis)に対する抗体価の上昇が,心房細動と関連があることも報告されている(オッズ比 4.36, 95% CI 1.71-12.10).心房細動は脳梗塞の重大なリスク因子であるが,なぜP. gingivalis感染が心房細動をもたらすかの機序は不明である.

この菌は,先日のブログでアルツハイマー病(AD)との関連を紹介した菌である.歯肉から血中に入り,加齢や脳血管障害で脆弱化した血液脳関門を通過し,脳内でタンパク分解酵素gingipainを産生・分泌し,AD発症の引き金をひく.米国の創薬ベンチャーがgingipainを阻害する薬剤を用いたADに対する臨床試験をすでに開始しており,もし成功すればADの予防や治療が大きく変わる可能性がある.もしかしたらこの薬剤は,同時に心房細動も予防・改善する可能性もあるかもしれない.
以上のように,細見先生は,異なる歯周病菌が,異なるタイプの脳梗塞を引き起こす可能性を指摘した.

③ 口腔ケア,歯科的治療は脳梗塞に対し効果があるのか?

一番知りたい点であるが,結論は現時点では「わからないが,信じて口腔ケアをきちんと行う!」が答えである.これから臨床試験を行い,治療介入の効果を明らかにする段階にある.しかし猪原先生は,なかなか再発を抑えられなかった脳出血症例を,口腔ケアを強化することにより再発しなくなった症例を紹介された.また細見先生も口腔ケアでどれだけ脳卒中が抑えられるかが課題であり,今後は「医科と歯科との連携強化が重要になる」と語っていた.そしてこれらの菌が脳卒中を起こすメカニズムが詳細に分かれば,将来,そこから治療薬が開発される可能性もある.

脳血管障害を防止する方法として,高血圧,高脂血症,糖尿病,不整脈などの心疾患,喫煙といった従来から知られた危険因子に対策を立てつつ,歯周病の治療と口腔ケアは行うべきであろう.
①歯科医を受診し,虫歯を治すことがまず大切である.
②抜歯により,その1.5-5分後に顕著な菌血症が生じ,血中の細菌数が著増する恐ろしいデータが報告されている(右図:Circulation. 2008;117:3118-25.).抗生剤を併用するとある程度,減少する.注目していただきたいのは一番下の「歯磨き」でも軽度ながら菌血症が生じることである.通常は免疫システムにより排除されるが,免疫力が低下していたり,血管壁が脆くなっていると,菌が出血や動脈硬化を引き起こすかもしれない.歯肉を傷めて菌血症を起こさないように正しいブラッシングを行うことを心がけても良いのかもしれない.
いずれにしても今後の研究が期待される新しい領域である.
図はhttps://neurosciencenews.com/ich-stroke-oral-bacteria-neurology-3676/より引用.


90歳になっても神経細胞は新生し成熟する! ―アルツハイマー病治療へのインパクト-

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アルツハイマー病(AD)は,記憶に関わる神経細胞が変性し,徐々に失われていく疾患として捉えられてきた.今回紹介する論文は,この定説を否定しうるものであり,先日紹介したADは歯周病菌によりもたらされるという研究に匹敵するほどのインパクトがある.アミロイドβやタウを中心に進められてきたAD治療研究であるが,最近の驚くべき報告を読むと,まだまだ想像もつかない発見がこれからなされるのではないかと思わずにいられない.

【背景:覆された定説】
学生の頃,「成人の脳では,新たな神経細胞は決して生まれない」と教わった.これはスペインの神経解剖学者で「巨人」とも言われるラモン・カハールが,他の臓器と違って,脳には生まれたばかりの未成熟な神経細胞がまったく見当たらないという記載に基づくもので,以後,定説となった.ところが20年ほど前,米国ソーク研究所から,この説を否定する研究が報告された.げっ歯類の検討で,記憶を作り出す「海馬」の「歯状回(小児の歯のような隆起が一列に並んでいる部位)」に,例外的に神経細胞が生まれ続けているという報告であった.成体海馬における神経細胞発生(adult hippocampal neurogenesis;AHN)と呼ばれる現象である.この細胞が減少すると,学習と記憶も衰退することも明らかにされた.

問題はヒトではどうかということだが,2018年になり,ヒト成人脳における神経細胞の新生は「ある」という報告と「ない」という報告,つまり相反する研究論文が続々と発表された.この理由は,死者脳の検索では,ドナーの生前ないし死後の状態がさまざまであること,さらに神経細胞の新生を調べる実験プロトコールも研究室によってさまざまであることが影響していると推測されていた.とくに未成熟神経細胞のマーカーとして広く利用されている「ダブルコルチン」は細胞骨格の微小管と結合するため,標本の固定条件をきわめて厳密に決めないと検出できない恐れがあった.このため,ヒト成人脳の海馬(図A)の歯状回における神経細胞の新生を正確に評価する方法の開発が求められていた.

【ヒト成人脳における未成熟神経細胞の観察技術が開発された】
最新号のNature Medicine誌に,スペインの研究グループが,未成熟神経細胞を可視化する実験プロトコールを発表した.具体的には死亡から脳組織の固定までの時間を短縮し,標本の固定条件を最適化し,自家蛍光を抑制し,抗原を賦活化し,そしてダブルコルチンの複数の抗体を検証した.さらにさまざまな細胞マーカーを用いた免疫染色を行い,未成熟神経細胞の発生から成熟神経細胞に至るまでの各ステージを判別できるようにした.この努力の結果,以下に示す2つの知見が明らかにされた.

【知見1:健常者では87歳になっても神経細胞の新生と成熟が見られる】
43~87歳の13名の健常成人の海馬歯状回を対象として,未成熟神経細胞の成熟化の過程を示すさまざまなマーカーを用いた免疫染色を行った.この結果,未成熟神経細胞は老化とともに減少はするものの,先行研究よりもはるかに多い細胞が87歳のヒトにおいても存在し,さらにさまざまな成熟段階の神経細胞も確認された.ダブルコルチン陽性細胞は海馬歯状回にのみ存在し(図Bの赤い細胞),この細胞から派生したと考えられる分化細胞が存在していた.つまり,ヒト海馬では,一生,新たな神経細胞が生み出され,その神経細胞は既存の神経ネットワークに組み込まれて,学習や記憶などの海馬の機能を維持するものと考えられた.

【知見2:AD患者では神経細胞の新生は減少し,成熟化も顕著に減少する】
次に52~97歳までのAD患者45名の海馬を検討したところ,ダブルコルチン陽性細胞は病期の初期から著しく低下していること,また年齢とは無関係にADの病期が進むほど低下することが明らかになった(図C).さらに神経細胞の分化マーカーを用いた研究から,ADでは未成熟神経細胞の成熟過程が強く抑制されていることも示された.つまりAD脳では未成熟神経細胞は存在するものの,脳回路には組み込まれず,記憶や学習に役割を果たせない可能性が示唆された.

【AD治療への応用と日々の生活への影響】
今までの治療の標的はすでに存在する神経細胞を守ることが目的であった.具体的な標的はアミロイドβやタウであった.しかしもし今回の研究が正しく,「海馬における未成熟神経細胞の減少と成熟の阻害」がADの独立した原因の一つであるなら,アミロイドβやタウに対して治療を行っても,ADを改善できない可能性も出てくる.逆に成体海馬における神経細胞発生や成熟を促進する治療が開発されれば,記憶の低下を抑制し,場合によっては回復できる可能性も生じる.
今後の課題は,未成熟神経細胞の減少がADの原因なのか結果なのかを完全に明らかにすること,もし原因であれば未成熟神経細胞からの成熟過程が,なぜADで抑制されるのかを明らかにすることであろう.動物モデルの検討では,運動やたくさんの刺激がある環境にいることが歯状回神経細胞の増加に良いことも明らかになっている.今後,さらにどんな生活習慣や治療がより良い効果をもたらすか検討が進められるだろう.

【最後に】
本研究はAD治療へのインパクトだけでなく,多くの人を元気づけるものだと思う.脳の神経細胞はある時期から減り続けるのではなく,高齢になっても歯状回にて新しく生まれ続けるのだ.だからこそ私たちは高齢になっても,日々のさまざまな経験を記憶していけるのだ.「年だから物が覚えられないのは仕方がない」と消極的になるのではなく,「海馬では一生,記憶に関わる神経細胞が作られるのだから,頑張って新しいことにチャレンジしよう」という気持ちをもつことが生活を豊かにし,結果的にADに対しても抑制効果を持つように思う.

Adult hippocampal neurogenesis is abundant in neurologically healthy subjects and drops sharply in patients with Alzheimer’s disease. Moreno-Jiménez EP, et al. Nat Med. 2019-03-25 (on line)



新たな髄膜脳脊髄炎「自己免疫性GFAPアストロサイトパチー」についての検討

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髄液抗GFAPα抗体が陽性で,ステロイド治療が奏功する新たな疾患「自己免疫性GFAPアストロサイトパチー」が報告されている(JAMA Neurol 2016; 73: 1297-1307;Ann Neurol 2017; 81: 298-309).この疾患の臨床像はステロイドを含めた免疫療法が有効な髄膜脳(脊髄)炎で,特徴的な画像所見として傍脳室部の線状・放射状の造影所見と脊髄における中心管周囲病変を認める.約2割で悪性腫瘍を合併することも報告されている.しかし本邦における検討は十分ではないため,岐阜大学脳神経内科の木村暁夫准教授らを中心とするグループで検討を行った.

方法は,当科が経験した炎症性中枢神経疾患225例[自己免疫性疾患(自己免疫性脳炎,MS,NMO,MOG抗体関連疾患など)98例,感染性疾患58名,原因不明69名]と非炎症性神経疾患35例を対象として,cell based assay(CBA法)およびラット脳スライスを用いた免疫染色の双方で髄液抗GFAPα抗体を検索した.その後,抗体陽性例の臨床・画像所見や治療反応性を後方視的に検討した.

さて結果であるが,CBA法では炎症性中枢神経疾患225例中14例(6.2%)の髄液で抗体陽性で,ラット脳免疫組織染色でも全例でアストロサイトが陽性に染色された.抗体陽性の頻度は,当科が同一期間中に経験した抗NMDA受容体抗体脳炎と同等で(13名),自己免疫性GFAPアストロサイトパチーは日本人では決して稀な疾患ではないことが分かった.

抗体陽性例の臨床診断名は,原因不明の髄膜脳炎8例,ADEM 4例,抗NMDAR脳炎1例,梅毒性髄膜炎1例であり,平均年齢42歳,男女比は8:6であった.2例で腫瘍を合併し,いずれも卵巣奇形腫であった.その他自己抗体として,1例で抗NMDAR抗体を認めた.初期症状は発熱(93%),頭痛(79%)が多く,発症から入院までの日数は平均9.8日,経過中に意識障害(79%),髄膜刺激徴候(71%),振戦・ミオクローヌス (64%),腱反射亢進(57%),排尿障害(57%),小脳性運動失調(43%),精神症状 (36%),呼吸障害(29%)を認めた.

検査所見では,持続する低Na血症を高率に合併し(57%),SIADHに伴うものと考えられた.髄液検査では単核球優位の細胞増多(平均168/μL)と蛋白量の増加(平均183 mg/dL)を認めた.髄液細胞増多は遷延し,正常化が得られるまでに発症から数ヶ月を要した.多くの症例で急性期に一過性の髄液ADAの上昇を認めた。頭部MRI異常所見を64%に認めた.T2WIやFLAIRでは,大脳白質(A),脳幹(B,C),基底核(D)に高信号を認めた.また視床の後部の高信号(矢印;D,E)は,傍脳室部の線状・放射状の造影所見(矢頭;F)とならび本疾患に特徴的な所見と考えられた.

治療については,13例(93%)で,発症から平均14日目にステロイド点滴治療が開始され,7例(50%)でプレドニゾロンの後療法が平均177日間施行された.予後は良好でmRSの中央値が5(入院時)→2(最終観察時)であった.入院期間は中央値48日,後遺症として3例に排尿障害を認めた.再発例は認めなかった.

以上の検討で今回明らかになった点は以下の3点である.
1)運動異常症(振戦,ミオクローヌス,小脳性運動失調),自律神経障害(排尿障害),低Na血症を合併すること.
2)髄液所見では,単核球優位の細胞増多は数ヶ月持続し,急性期に一過性のADAの上昇を認めうること.
3)特徴的な画像所見として,視床後部に異常信号を呈すること.

本疾患における抗GFAP抗体の意義については,おそらく病原性はないと考えられている.既報では,GFAP特異的CB8+ cytotoxic T cellが病態に関わるという説や,他の未知の抗体が病態に関わっているという説が記載されている.ただし,一般的にcytotoxic T cellが関与する病態は免疫療法に抵抗性であるため,なぜ,本疾患は治療反応性が良いのかは明らかにされていない.抗GFAP抗体以外の因子(サイトカイン,ケモカイン,ミクログリアなど)が重要な役割を担っている可能性も指摘されている.

結論として,自己免疫性GFAPアストロサイトパチーは,本邦では決して稀ではなく,原因不明の髄膜脳脊髄炎やADEMでは鑑別診断に挙げる必要がある.ステロイド反応性は良好であるため,上記の特徴を念頭において早期に診断し,治療を開始する必要がある.

Kimura A et al. Clinical characteristics of autoimmune GFAP astrocytopathy. J Neuroimmunol.2019;332:91-98.


「非定型パーキンソニズム ―基礎と臨床―(文光堂)」近日刊行のお知らせ

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ずっと作りたいと考えてきた書籍が,多くの仲間や先輩の先生方のお力を借りしていよいよ完成し,5月の日本神経学会学術大会に合わせて刊行されることになりました.本書は洋書にしかなかった「非定型パーキンソニズム」に関する専門書で,エキスパートの先生方に「将来,非定型パーキンソニズムに取り組みたいと思う臨床医,基礎研究者が増えることに貢献するような書籍を作りたい」とご執筆を依頼し,ご快諾を得てできたものです.

第Ⅰ章総論では詳細な症候の理解や,疫学,バイオマーカー,リハビリテーション等について議論し,第Ⅱ章各論では疾患ごとの歴史,診断基準,mimics,画像・病理所見,治療をご提示いただきました.さらに第Ⅲ章では病態解明と治療法の確立に向けた最新情報をまとめていただきました.いずれの項目でも,今後の課題をご提示いただき,本邦からの新たな知見やエビデンスの発信に貢献することを目指しました.

病態抑止療法への取り組みで大きく変貌する多系統萎縮症,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,レビー小体型認知症などの診療を理解するための最高の書籍に仕上がりました.ぜひご一読ください.

非定型パーキンソニズム ―基礎と臨床―(文光堂)






大脳皮質基底核症候群の背景病理はFDG-PET低代謝パターンで推定できる

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大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration; CBD)という名称は病理診断名として使用され,代わって大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome; CBS)という名称が臨床診断名として使用される.CBSの背景病理は,CBDのほか,アルツハイマー病(AD),進行性核上性麻痺(PSP)などさまざまな疾患が認められる.将来の病態抑止療法を成功させるためには,正確な背景病理の診断が必要であるが,臨床像や頭部MRIから背景病理を予測することはきわめて難しい.

今回,イタリアから,背景病理の生前診断にFDG-PETが有用であるという研究が報告された.研究の目的は,①背景病理ごとに特定の低代謝パターンを示すのではないか?そして②背景病理によらず,共通して低代謝を呈する部位は存在するのか?という2つの疑問を検討することである.①に関しては,著者らは異なるタンパク質ミスフォールディングは(CBSを呈しても)異なる脳内病変(=低代謝)分布を来すはずと考えたのだ.

対象はCBS 29例で,いずれの症例もFDG-PETが行われ,かつ剖検により診断を確定した.内訳はCBS-CBDが14例,CBS-ADが10例,CBS-PSPが5例であった.また年齢をマッチさせた健常群13例を加え,FDG-PET所見の比較を行った.

結果であるが,CBSの3群間で運動,認知に関するスケール(Mattis Dementia Rating Scale およびfinger tapping score)において有意な相違は認めなかった.問題のFDG-PET所見は,健常者と比較すると,以下の違いを認めた.

1)CBS全例:perirolandic areaや基底核,視床を含む一側性の前頭・頭頂部の低代謝
2)CBS-CBD:1)と同様であるが,より顕著で,対側の基底核まで含む低代謝
3)CBS-AD:外側頭頂・側頭葉と後帯状皮質を含む,後方,非対称性の低代謝
4)CBS-PSP:内側前頭部と前帯状皮質を含む,前方の低代謝

また3群の比較で,唯一,一次運動野の低代謝が背景病理によらず共通して認められた.

以上より,CBSでは異なる背景病理はそれぞれ特有の低代謝パターンを呈する可能性が示唆され,FDG-PETがCBSの背景病理の推定に有用であるものと考えられた.FDG-PETと病理診断を行った症例を29例も集積したことは本当に大変なことであるが,それでも各群の症例数は十分とは言えず,さらに症例を集積し,FDG-PETを用いた生前診断の有用性を検証する必要があろう.


運転免許に関連する認知症診断の問題点

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昨今,高齢者や認知症患者さんにおける自動車運転事故が注目を集めている.さまざまな論点があるが,今回は主に医師サイドの問題,つまり運転免許に関連する認知症診断のあり方を議論したい.八千代病院認知症疾患医療センター川畑信也先生著の「知っておきたい改正道路交通法と認知症診療」は示唆に富む本であり,この内容と最近,警察庁から出された報告書のデータを示しつつ議論したい.

【医師は改正道路交通法における認知症の診断の流れを理解する必要がある】
2017年3月,高齢者に対する運転免許更新の厳格化を目的に改正道路交通法の運用が開始された.75歳以上で免許更新を希望するものは「認知機能検査」の受検が義務付けられている.総得点100点のうち49点未満は第一分類(記憶力,判断力が低くなっているもの)とされ,すべて医師の診断書の提出あるいは臨時適性検査が義務付けられている.医師は診断書で,必ず以下の7つの項目のいずれかにチェックを入れなければならない.この点で,初診の時点で正確な診断を下すことができなくても経過観察が許される通常診療と大きく異なる.

①アルツハイマー型認知症,②レビー小体型認知症,③血管性認知症,④前頭側頭型認知症,⑤その他の認知症,⑥認知症ではないが認知機能の低下が見られ,今後認知症となる恐れがある,⑦認知症ではない.

「第一分類と判定された高齢者の多くは基本的に認知症に進展しているとの視点で診療を進めていくべき」と川畑先生は指摘されているが,私も同様の意見である.このため⑦「認知症ではない」と記載するためには絶対に認知症ではないとの証拠固めをする必要がある.認知症なのか否かの判断ができないときには⑥を選択する.この場合,半年間は確定診断を下すことに猶予が与えられるが,認知症の診断に消極的であったり,自信がないという理由で判断の先送りをした場合,交通事故のリスクがある状態での運転を認めることになってしまう.

【医師は正しく認知症の診断を行わねばならない】
2017年11月に「月刊交通」誌に掲載された「改正道路交通法に基づき提出される認知症診断書の現状と課題」 によると,診断書の内訳は,認知症(上記①~⑤)が19.1%,⑥認知機能低下が57.1%,⑦認知症ではないが23.7%であった.また平成30年度の警察庁報告書「認知機能と安全運転の関係に関する調査研究」でも認知症(①~⑤)が18.8%,⑥認知機能低下が59.8%,⑦認知症ではないが21.4%と報告されている.つまり第一分類の相当数は認知症に進展している可能性があると考えられるにかかわらず,認知症と診断される割合がわずか20%弱ということになる.警察庁報告書でも⑥の判定保留が2/3と割合が高いことが指摘されている(図).川畑先生は「認知症との診断に自信を持てない,診断したくないとの思いの結果,認知症以外の病名が記載されているのではなかろうか」と考察している.認知症患者さんが交通事故を来すリスクを考えると,診断書を作成する医師は適切に認知症を診断する能力がなくてはならない.


【しかし運転免許に関連する認知症診療は,通常の認知症診療以上に診断が難しい】
運転免許に関連する診療と,物忘れ外来等の通常診療には大きな違いが存在する.すなわち,前者では①認知症が軽微,軽度の患者が多く,そもそも診断が難しい,②物盗られ妄想や暴力行為,幻覚などの周辺症状(BPSD)を示す患者が少ない,③(①②のために)家族が認知症との視点で患者を見ていない,④患者本人が診療に前向き,協力的でないことが挙げられる.①②のような症例を簡便に認知症と診断する方法はなく,詳細で丁寧な問診,診察,神経心理検査,画像検査を行い,総合的に臨床診断を下すしかない.

【運転免許に関連する診断では,家族から認知症を疑う病歴を聴取しにくいことを認識する】
上述のように,認知症が軽微,軽度の場合,かつ目立った周辺症状を示さない場合,家族はおかしいと思わず,生活にも支障はないと考えるため,本人が運転免許を更新したいと述べても反対しないことも多い.このため,家族から物忘れ症状の進行の悪化を聴取できる事例は少ない.家族の話を鵜呑みにしないことも必要である.
また家族との議論において,とくに程度が軽微である事例や診断書作成に納得されていない事例では,不満にともなうトラブルが生じる可能性がある.家族の態度からトラブルが予想される事例や,認知症の診断が難しい事例は,かかりつけ医,非専門医は専門医に紹介したほうが無難と思う.

【家族と医師は自主返納制度を有効に利用する】
警察庁報告書(図)を見てわかるように,免許断念のなかで最も多いのが自主返納である.自主返納のきっかけは自分からが66%(からだが弱ってきた>高齢者による事故のニュースを見た)で,残り32%は家族(家族からの一言)である.医師の勧めは1%未満と想像以上に少ない.第一分類となった場合,家族はその意味の重さを認識する必要がある.医師も診断書作成を依頼された際,自己返納制度を積極的に伝える必要がある.家族や医師が自主返納の勧める方法としては,①年齢,運動機能の衰えを伝える,②交通事故の重大さを伝える,③賠償金や罪の重さを伝えるといった方法がある.

【認知症の病型ごとの問題を知る】
最後に,認知症の種類によって交通事故や交通違反の内容に違いがあることを知っておくべきである.「レビー小体型認知症や血管性認知症ではとくに交通事故を起こしやすい」ので注意が必要である.逆に交通事故や違反の種類は,認知症の病型を推定することにも役立つ.以下,病型ごとの特徴をまとめる.

①アルツハイマー型認知症:記憶障害や見当識障害,注意障害が原因となる.交通違反(赤信号無視や一時停止違反など)が多い.自分で起こした事故について覚えていない,あるいは適切に説明できない.
②レビー小体型認知症:視覚認知障害によって物損や追突,中央線越えなどの事故を起こす.覚醒度の変動や一過性意識消失によって人身事故を起こしうる.
③前頭側頭型認知症:社会的規範を守れず,速度違反で捕まる.また交通事故を起こしても我関せずで,現場から立ち去ったり,事故関係者への執拗な攻撃が見られる可能性がある.
④血管性認知症:運動障害(片麻痺や運動失調)や思考動作の緩慢が原因で事故を起こしやすい.

【終わりに】
医師は運転免許に関連する認知症診断が難しい理由(とくに家族からの病歴聴取の難しさ)や,認知症ごとの運転リスクを正しく理解する必要がある.認知機能検査で第一分類となっても本人が運転継続を希望した場合,家族や医師も客観的に運転を継続することの是非を考え,その結果によっては診断書作成前に自主返納を勧める必要がある.安全と引き換えに生活の足を手放した高齢者へのサポートのあり方が問われていることは言うまでもない.遠方の専門病院への通院回数を減らすために,近隣のかかりつけ医を探し連携するなど医師にもできることはある.

川畑信也.知っておきたい改正道路交通法と認知症診療(中外医学社2018)
平成30年度 警察庁事業「認知機能と安全運転の関係に関する調査研究」(2019. 3月)
川端信也.認知症患者における自動車運転の実態.日本精神科病院協会雑誌35. 455-462. 2016



脳神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐための対策と提言(1)

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5月22日-25日に開催される第60回日本神経学会学術大会@大阪で,昨年に引き続き, 燃え尽き症候群に関するシンポジウムを,饗場郁子先生(東名古屋病院)とともにご提案させていただいた.昨年のシンポジウムの反響は非常に大きく,さまざまな立場から多くの感想を頂いたり,「週刊医学界新聞座談会」や「医学のあゆみ」誌で連載が行われたりと,問題提起としての意義は十分果たしたものと考えている.今後の課題は「この問題を多くの仲間が共有し,対策につなげ,実際に医師を燃え尽き症候群に至らせる環境,要因を変えていくか」である.

本年度のシンポジウムは標題をタイトルとし,各演者には「対策と提言」をお考えいただいた.まず,燃え尽き症候群の基本的知識と対策について,この領域の草分け的存在である同志社大学政経学部久保真人教授にご解説いただく.その後,昨年度のアンケートを踏まえ,女性医師ないし大学病院における燃え尽き症候群への対策と提言を,饗場郁子先生(国立病院機構東名古屋病院),小川崇先生(順天堂大学医学部脳神経内科)にしていただく.さらに本年度は,一般病院における燃え尽き症候群を柏原健一先生(岡山旭東病院神経内科)にご講演いただく.加えて,日本神経学会キャリア形成促進委員会から武田篤委員長にご提言を頂いたのち,燃え尽き症候群対策としてのリーダーシップ教育を私が解説する.学会員を含めた突っ込んだ議論が必要と考え,総合討論の時間を長めに設定した.吉田一人先生(旭川赤十字病院脳神経内科)と海野佳子先生(杏林大学脳卒中医学)の司会で,具体的な対策・提言を目指したいと考えている.日時は23日(木)朝8時,ぜひ多くの学会員やマスコミの方々のご参加をお願いしたい.みんなで議論し,知恵を結集して,医師を燃え尽き症候群に至らせる環境・要因を変えていきたいと思う.

なおブログの2回めは,上述の座談会や「医学のあゆみ」誌における連載を通して分かった点について解説を行い,3回目は時間が足らないため十分に説明することができないと考えられる私の講演「リーダーシップ教育」について説明したい.


写真は昨年度のシンポジウムの様子.

脳神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐための対策と提言(2)

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「医学のあゆみ」誌では「医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)をふせぐためには?―脳神経内科領域の取り組みから学ぶ―」というタイトルで,計10回にわたり,議論を行ってきた.そのなかで個人的に重要と思われた点について列挙する.シンポジウムに参加される方はぜひご確認いただきたい.

【バーンアウトを巡る状況】
1)燃え尽き症候群とバーンアウトは異なる.前者にはやり切った感のイメージが背景にあるのに対して,後者にはそれがない.議論する医師の状況は「バーンアウト」である.

2)海外で医師のバーンアウトに関する研究論文が急増した背景には,医師のサービス業および経済的な側面が重視されるようになり,ストレスフルな職業に変化したためと考えられる.

3)海外,とくに米国神経学会が行っている変革,つまり個人がさまざまなストレスから身を守るためのレジリエンスを鍛える試みや,リーダーシップ教育は本邦でも積極的に取り入れていくべきである.

4)本邦ではようやく医師の過重労働が注目されるようになったものの,バーンアウトについてはほとんど注目されていない.

【バーンアウト対策】
1)若手医師はバーンアウトのリスクを理解して研鑽を積むこと,組織からの支援として,診療の自主性(autonomy)を持たせること,および専門性向上の機会を与えることが有益である.

2)急性期病院におけるバーンアウト対策は,個人でできるものは限られ,病院や地域,国レベルでの対策を要する.

3)大学医師のバーンアウト防止も個人の努力では限界があり,教授等がリーダーとなり組織内で十分な検討を行うこと,そしてリーダーシップ教育が必要である.

4)女性医師のバーンアウトでは個人要因と環境要因があり,後者では我慢が美徳とされ,育児や介護は女性が行うのが当たり前とされる日本独特の文化や,米国と同様に,医局や職場の中で生じるハラスメントがある.

5)脳神経内科医にバーンアウトが多い要因として,医師数と比べて患者数が多いこと,他者の人生に濃密に関わる必要があること,その一方で急患対応が多いこと,書類が多いことがある.

6)それぞれが「自らの幸福とはなにか」を理解することがレジリエンスの強化,バーンアウトへの対策になる.

7)地方で勤務する若手医師のバーンアウト防止に医局の役割は大きく,①経済的保障,②地方診療に貢献した若手を,優先的に都市部の病院に戻す仕組み,③研究留学等を優先的に配慮する仕組み,④学会研究会での役割や発表機会を積極的に与える仕組みをつくることが挙げられる.

8)バーンアウトは精神医学の立場からは正式な診断名ではなく,うつ病のように重度の機能障害を呈する精神疾患から,軽度の機能障害を呈するものの精神疾患とは言えない状態まで含む幅広い概念である.バーンアウトをした医師のほとんどが後者に含まれ,機能障害は軽いため,休むこともなく業務はするものの,脱人格化に陥っている.上司はどのように対応し,労働環境を変えるべきかが分からなくなり,精神科医に相談を行う.精神科医が関わるのはこのようなケースと,重度の機能障害を呈する精神疾患を背景としたケースである.

9)バーンアウトの3症状「情緒的消耗感,脱人格化,個人的達成感の低下」は同時に,並列に生じるものではない.つまり「情緒的消耗感」の段階から,患者さんに対して非人間的な対応をとり,無関心や思いやりに欠ける言動などをする「脱人格化」に至るには「職業人・人間としての倫理観」という大きなストッパーがある.すなわち,このストッパーが機能している情緒的消耗感を呈している早期の段階(Burning out)にある医師を見出し,介入を行い,Burned out,さらには重度の機能障害に進展することを防止するためのさまざまな対策が必要である.

医師の燃え尽き症候群を防ぐための対策と提言(3) ―リーダーシップ教育の重要性―

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米国神経学会年次総会(AAN2109)@フィラデルフィアに参加した.学術プログラムと並行して,Lead Wellと呼ばれるリーダーシップ教育プログラムを開催していた.このリーダーシップ教育は,今後,日本の医学部や医療においても積極的な導入が望まれるため紹介をしたい.

【なぜリーダーシップ教育に取り組むのか?】
なぜ米国神経学会がリーダーシップ教育に取り組んでいるのか?それは,バーンアウト対策のひとつとして必要であるためである.バーンアウト対策には(1)個人レベルで行うもの,(2)組織として行うものがあるが,前者において重要なものがレジリエンス(resilience:さまざまな環境・状況に対しても適応し,生き延びる力)を向上する工夫であり,後者において重要なものがリーダーシップ教育である.

【リーダーシップに関する誤解と学び】
しかしリーダーシップには多くの誤解がある.それは組織の責任者にのみ求められるものではなく,個々人にもとからの資質として備わっているものでもない.組織のメンバー全員に求められるもので,かつ学問として学ぶことができるものだ!知っておくべき有名なリーダーシップとしては,変革のリーダーシップ(transformative leadership),サーバント・リーダーシップ(servant leadership),EQリーダーシップといったものがある.書店ではたくさんの書籍があるし,MBAの通信プログラムでも学ぶことができる.私もそのようにして勉強をしている.

【米国神経学会の取り組み】
米国神経学会に話を戻す.この学会はリーダーシップ教育に関する複数の小委員会を整備している(図).変革のリーダーシップのような基本的なもののほか,女性医師,diversity,レジデント,医学生を対象としたリーダーシップ教育に取り組んでいる.年次総会で行うプログラムのほか,機会を別にしてLeadership Universityと呼ばれる集中トレーニングを,メンバーを募集して行っている.

【ジェンダーギャップにリーダーシップで立ち向かう】
学会長(プレジデント)であるRalph L. Saccoマイアミ大学教授による本年度の会長講演において,「女性のリーダーシップ教育をさらに推進し,女性メンターを増やし,脳神経内科領域におけるジェンダー不平等の解消を目指す」ことを目標の一つとして掲げられ,大きな喝采を浴びた.日本ではときどき「委員会の構成員の何%は女性にする」といったルールを耳にするが,それでジェンダーギャップが解決できるほど問題は簡単ではないだろう.十分な時間とエネルギーをかけて教育を行い,人材を育てる必要があることを改めて考えさせられた講演であった.

【日本神経学会シンポジウム】
日本の医学界におけるリーダーシップ教育の遅れを痛感したが,第60回日本神経学会学術大会の燃え尽き症候群シンポジウムにおいてリーダーシップ教育に取り組む必要性について講演を行う機会をいただいた.ぜひ多くの先生方にご参加いただきたい.



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