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Channel: Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文
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脳神経内科医は人工知能(AI)に取って代わられるのか?@AAN2019

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米国神経学会年次総会@フィラデルフィアのPlenary Session(学会員全員が集まるセッション)のひとつに,2名の演者が議論を戦わせるControversies in Neurology Plenary Sessionがある.3つのトピックスが議論されたが,そのなかの1つが「将来,脳神経内科医は人工知能(AI)に取って代わられるのか?」という議論であり,参加者の関心が大きく,会場は大いに盛り上がった.

【脳神経内科医は負けないとする立場】
まずペンシルバニア大学Joseph Berger教授が,脳神経内科学は放射線診断学,病理学,皮膚科学のようなパターン認識が重要なウェイトを占める診療科ではないこと,脳神経内科学は問診や診察の過程での「人としてのつながり」が重要であること,とくに患者さんへの共感(empathy)やいたわり・思いやり(compassion)の気持ちが重要で,それは決してAIに取って代わられるものではないことを根拠として挙げられた.さらにbad newsを患者さんに適切な方法で告げることはAIにはできるものではないと主張された.むしろAIの役割は,検査や文献情報などの情報の提供により脳神経内科医を支援し,その結果,生じた時間的余裕を脳神経内科医は患者さんと接する時間に当てるべきだと述べた.結論として,「決して我々がAIに取って代わられることはない!」と述べ,大きな喝采を浴びた.

【AIに取って代わられるとする立場】
つぎにJohns Hopkins大学のDavid Newman-Toker教授による発表が行われた.明らかに不利と思われる雰囲気の中でプレゼンを開始されたが,2つの主張は多くの脳神経内科医を考えさせるものであった.まず神経診察で評価するような細かな手足の運動や眼球運動を認識し,かつ正確に定量する技術がすでに開発されている実例を動画で示し,すでにAIが医師による神経診察に取って代わるだけの状況にあることを指摘した.つぎに(A)脳神経内科医の偏在が米国内,国外を問わず顕著であるデータを示し,適切な脳神経内科医療にアクセスすることが現状では困難な患者さんが多数いること,また(B)アクセスできたとしてもとくに救急医療を中心に少なからぬ誤診が生じている状況をデータとして示され,このような現状を考えれば,AIが脳神経内科医に一部代わって診療に関わるべきではないかと主張をされた.うーんと唸ってしまうほどの説得力があり,議論がかなり引き戻された印象を持った.

【さて軍配は?】
両者のプレゼン後,いずれに軍配が上がるか,アプリを使用した投票が行われた.結果は投票者の66%対34%で,「脳神経内科医がAIに取って代わられることはない」という判断が多かった.しかし 3人に1人はAIに取って代わられる可能性があると考えたということのほうが印象的だった.

実は私が編集委員を務める「Brain and Nerve」誌の7月号増大特集は「神経学と人工知能」であり,そのあとがきを執筆するため,原稿を先に拝見させていただいた.神経学領域における人工知能研究の進歩は驚くべきものだと改めて思った.このような情報を知れば,投票結果もさらに変わるものと思われる.いずれにしても今回の議論は脳神経内科医の守るべきものと変えていくべきものを考える良い機会になった.今後,AIをどのように使用して患者さんのために役立てていくか,まずは人間がしっかりと知恵を絞る必要があるだろう.



「メチル水銀暴露による血管障害」についての総説

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私は新潟大学脳研究所在籍時,新潟水俣病患者さんの診療,認定審査,そして後遺症であるしびれや痛みに対するプレガバリンの効果を検証する臨床試験に取り組んだ.これら新潟水俣病の歴史と現状を次代に伝える必要があると考え,岐阜大学で新潟水俣病の講義を行った.地域的に馴染みが薄く,かつ過去の病気と考えていた医局の先生方は今なお後遺症に悩む患者さんは多い状況,認定審査が続いている状況に驚いていた.実はメチル水銀中毒(水銀汚染)は中国,ブラジル,東南アジアなどの発展途上国で,金採掘に伴い散発的に生じている.また魚介類摂取に伴う低濃度曝露が胎児や小児に悪影響を及ぼす可能性や,成人でも心疾患や動脈硬化のリスクとなる可能性も指摘されており,メチル水銀中毒は古くて新しいテーマと言える.

私たちはメチル水銀の中枢神経障害メカニズムと治療アプローチを約10年にわたり検討してきた.新潟を離れ,研究を後進に引き継いだため,ともに研究に取り組んだ高橋哲哉先生と,これまでの研究の総括となる「メチル水銀暴露による血管障害」に関する総説をInt J Mol Sci誌に発表した. 下記リンクからアクセスいただき,ご一読いただければ幸いである(オープンアクセス).以下に要点を記載したい.

要点
1)メチル水銀は中枢神経に重大な障害を引き起こす.メチル水銀は血液脳関門を通過するが,その通過は,主に血管内皮細胞膜上に存在するLAT1(L-type amino acid transporter 1)を介する能動輸送により行われている.

2)少量であっても長期間のメチル水銀暴露は,血管内皮細胞障害を生じ,心疾患や動脈硬化の危険因子となる可能性を示唆する複数の研究が報告されている.

3)メチル水銀による血管障害の機序として最も議論されてきたものは酸化ストレスであり,これに続発する神経炎症も関与する可能性が指摘されている.

4)メチル水銀暴露により,血管内皮増殖因子(VEGF)の発現が誘導されることが,in vivoおよびin vitroの実験系において報告されている.私たちはメチル水銀中毒ラットモデルを用いた検討で,このVEGF発現誘導を証明した(Takahashi et al. PLOS ONE 2017).図(a)はメチル水銀中毒ラットでは小脳の血液脳関門が破綻して透過性が亢進していることを示し,図(b)は小脳アストロサイトに強いVEGF発現が見られることを示す.メチル水銀中毒における小脳の選択的障害にVEGF発現が関与している可能性が示唆された.

5)以上の知見は,メチル水銀の中枢神経移行を引き起こす血液脳関門障害を抑制する血管保護療法,そして酸化ストレスの抑制が,メチル水銀中毒(急性中毒)に対する治療戦略となるものと考えられる.

Takahashi T and Shimohata T. Vascular Dysfunction Induced by Mercury Exposure. Int.J.Mol.Sci.2019,20(10),243







燃え尽き症候群を防ぐためのリーダーシップ教育(スライド)

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5月23日(木)大阪国際会議場にて行われるシンポジウム「脳神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐための対策と提言」で使用するスライドです.十分な討論の時間を確保するため,発表時間は8分と短くなっています.下記スライドは発表用に短縮する前のフルバージョンです.昨年から書籍や通信教育で勉強を行い,複数の知人にも意見をいただき完成させました.ぜひご覧いただき,当日の議論に加わっていただければありがたく存じます.どうぞ宜しくお願い申し上げます.

脳神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐための対策と提言
2019年5月23日(木) 08:00 〜 09:30 第5会場 (大阪国際会議場10F 会議室1005-1007)
座長:吉田 一人(旭川赤十字病院神経内科), 海野 佳子(杏林大学医学部脳卒中医学教室)

[1] 燃え尽き症候群の基本的知識と対策
久保 真人 (同志社大学政策学部)

[2] 女性医師における燃え尽き症候群(アンケート解析と提言)
饗場 郁子 (東名古屋病院 神経内科)

[3] 大学医師における燃え尽き症候群(アンケート解析と提言)
小川 崇, 横山 和正, 服部 信孝 (順天堂大学医学部附属順天堂医院 脳神経内科)

[4] 一般病院における燃え尽き症候群の状況と提言
柏原 健一 (岡山旭東病院 脳神経内科)

[5] 神経学会キャリア形成促進委員会からの提言
武田 篤 (仙台西多賀病院 脳神経内科)

[6] 燃え尽き症候群対策としてのリーダーシップ教育
下畑 享良 (岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野)

Leadership education from Takayoshi Shimohata

「非定型パーキンソニズム -基礎と臨床-」が発刊されました!

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非定型パーキンソニズムは進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,レヴィ小体型認知症,多系統萎縮症などのパーキンソン病に類似した症状を示す疾患群を指します.治療法の確立を目指した基礎,臨床研究ともに著しく進歩しておりますが,複雑で理解が難しいという声をよく耳にします.本書は本領域のまさにエキスパートの先生方に「将来,非定型パーキンソニズムに取り組みたいと思う臨床医,基礎研究者が増えることに貢献するような書籍を作りたい」と執筆を依頼し,ご快諾を得てできたものです(共著者の先生方に感謝いたします).

第I章総論では詳細な症候の理解や,疫学,バイオマーカー,リハビリテーション等について議論し,第II章各論では疾患ごとの歴史,診断基準,mimics,画像・病理所見,治療をご提示いただきました.さらに第III章では病態解明と治療法の確立に向けた最新情報をまとめていただきました.いずれの項目においても,今後の課題をご提示いただき,わが国から新たなエビデンスの発信に貢献することを目指しました.また専門以外の脳神経内科医やパーキンソン病患者さんの診療をされる先生方にぜひ知っていただきたい情報をふんだんに盛り込みました.ぜひご一読をいただきたいと思います.下記のリンクで内容を御覧いただきたく思います.神経学会会場では販売開始されましたし,Amazonでも予約可能です.

文光堂ホームページ
  

Amazonへのリンク 非定型パーキンソニズム

【目次】 著者敬称略
I 総 論
1.本領域における概念の変化 (下畑享良)
2.症候の理解と電気生理 (花島律子)
3.疫学,疫学研究の方法 (瀧川洋史・花島律子)
4.非定型パーキンソニズムの主な症候
 a.運動前症状と意義 (平野成樹)
 b.眼球運動障害 (廣瀬源二郎)
 c.高次脳機能障害 (大槻美佳)
 d.精神症状 (横田修・山田了士)
 e.睡眠障害/覚醒障害 (鈴木圭輔)
 f.嚥下障害 (山本敏之)
 g.コミュニケーション障害 (山田恵・下畑享良)
5.非定型パーキンソニズムの現状と課題
 a.脳脊髄液・血液バイオマーカー (春日健作)
 b.PET研究 (島田斉)
 c.リハビリテーション (松田直美・饗場郁子)

II 各 論
1.多系統萎縮症
 a.歴史,診断基準,臨床特徴,mimics (渡辺宏久)
 b.画像診断(コネクトームを含む) (原一洋・勝野雅央)
 c.病 理 (他田真理・柿田明美)
 d.治 療 (三井純)
2.進行性核上性麻痺
 a.歴史,臨床像,診断基準,mimics (饗場郁子)
 b.画像診断 (櫻井圭太・徳丸阿耶)
 c.病 理 (吉田眞理)
 d.治 療 (林祐一・下畑享良)
3.大脳皮質基底核変性症
 a.臨床像,診断基準,病型,mimics (下畑享良)
 b.画像診断・検査所見 (徳丸阿耶・村山繁雄・櫻井圭太)
 c.病 理 (古賀俊輔)
 d.治 療 (藤岡伸介・坪井義夫)
4.神経変性タウオパチーの分子遺伝学と臨床病理 (池内健)
5.Globular glial tauopathy (岩崎靖)
6.レヴィ小体型認知症 
 a.歴史,臨床像,診断基準,mimics (足立正・和田健二)
 b.画像診断・検査所見・治療 (馬場徹)
 c.病 理 (藤城弘樹)
7.正常圧水頭症
 a.歴史,臨床像,診断基準,画像所見,治療 (大道卓摩・徳田隆彦)
 b.病 理 (豊島靖子)

III 病態解明と治療法の確立に向けて
1.治療戦略 
 a.治療戦略オーバービュー (馬場孝輔・望月秀樹)
 b.αシヌクレイン (長谷川隆文)
 c.タウ蛋白 (下沢明希・長谷川成人)
 d.プログラニュリン (細川雅人)
 e.自己免疫 (木村暁夫)
2.動物モデル
 a.αシヌクレイン (矢澤生・佐々木飛翔・金成花)
 b.タウ蛋白 (佐原成彦)
3.臨床試験デザイン (橋詰淳・鈴木啓介)





燃え尽き症候群を防ぐための対策と提言@第60回日本神経学会学術大会

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【朝日新聞記事を誤解しないために】
5月23日付の朝日新聞に「大学の脳神経内科医の半数が『燃え尽き症候群』?」という記事が記載された.これは本シンポジウムのために順天堂大学服部信孝教授らが行った大学に勤務する脳神経内科医に対する調査における「54%」という数字が取り上げられたものである.ただタイトルが独り歩きし,誤解を招かないために以下の3点を理解する必要がある.
①「燃え尽き症候群」の学術的定義は一般の人が思っているものと異なる!
国際的に定めたれた質問表を用いた評価を行い,①情緒的消耗感(仕事を通じて力を出し尽くして消耗した状態)②脱人格化(相手に対する無情で非人間的な対応)③個人的達成感の低下のいずれかを満たすものである.燃え尽きてしまった「burned out状態」とイコールではなく,そのリスクを抱えた進行中の「burning out状態」を多く含む.だからこそ「burned outしない」ために,「burning outの状態にある医師に対策を施す必要がある」と訴えているのである.

②「燃え尽き症候群」は脳神経内科医に特有の問題ではない!
国内ではほとんど調査がなされていないだけで,間違いなく多くの診療科医師が抱えている問題である.

③脳神経内科医は先陣を切って本格的な取り組みを開始した!
むしろ朝日新聞に報道していただきたかったことは,脳神経内科医はこの問題に対し,先陣を切って本格的な取り組みを開始したこと,そしてその内容である.以下にそれらを記載する.

【日本神経学会キャリア形成促進委員会,3つの取り組み】
日本神経学会ではキャリア形成促進委員会(村田美穂前委員長,武田篤委員長)を中心にこれまで主に女性医師を対象としたキャリア支援(ジェンダー・ギャップの解消)に取り組んできた.さらに,以下の「3つの柱」を取り組みとして本格化する.
①キャリア支援・・・・女性医師支援,diversityの時代を踏まえた支援
②リーダーシップ教育の推進
③医師の働き方改革・燃え尽き症候群への対策

【議論が深まった本年のシンポジウム】
昨年,初めて「燃え尽き症候群」の問題を取り上げ,大きな反響のあったシンポジウムをさらに前進させ,本年は「その対策と提言」を議論した.早朝にもかかわらず,多くの先生方,とくに指導者,管理者層が多く集まり,この問題に対する認識の高まりを実感した.

まず6名の演者が講演を行った.燃え尽き症候群の基礎知識から始まり,女性医師,大学医師,一般病院医師,そしてキャリア形成促進委員会の各々の立場から対策と提言を行った.さらに組織における対策として,リーダーシップ教育の重要性について提示した.後半は総合討論を行ったが,会場から多くの発言があり,今後の取り組みについて意見交換がなされた.

【★提言】
燃え尽き症候群の原因は複合的であるため,対策も個人,組織・病院,国レベルで行う必要がある.よって各演者が行った提言も多岐に渡る.以下に私が整理したものを提示する.いずれも各学会員がその必要性を共有し,「学会マターとして継続した取り組み」を,スピード感を持って行う必要がある.

(1)個人での取り組み
自分にあったレジリエンス(ストレス回復力)向上の方法を考える
仕事に意義を見出す
医学以外の教養を学ぶ(liberal arts) 
自分の「幸福とはなにか?」を考える

(2)キャリア支援とリーダーシップ教育
リーダーシップ研修の実施
ジェンダーハラスメントの理解と禁止
女性も男性と同等にキャリアを積んでいけるような支援
働き方や,レジリエンスの強さといったdeiversityの理解
先輩医師に相談できるようなメンター制度
若手医師,地方に勤務する医師への研究や論文執筆の機会の提供
Burned outした医師の支援に関する研究の開始

(3)組織改革・働き方改革
指導者,管理者層の意識改革(連携調整,労働時間管理)
勤務時間延長因子改善への取り組み(書類作成,急患対応,患者説明への取り組み)
タスクシフト,タスクシェアリング,タスクデリート(メディカルクラーク,医師間連携)
休憩・休暇を取りやすい制度(複数主治医制,適正な休暇の取得)
当直回数の適正化

(4)組織・国への働きかけ
脳神経内科医を増やす
医師の働き方改革への学会として取り組む
業務量に応じた給与見直しの働きかけ(例:大学病院-市中病院間格差)
行政や関係諸機関への提言,情報発信

★ リーダーシップ教育スライドへのリンク



多系統萎縮症のコミュニケーション障害の特徴と支援の課題@第60回日本神経学会学術大会

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標題の口演を当科の山田恵医師らが行った.私どもは今後取り組むべき重要な課題と考えており,その内容をご紹介したい.

【MSAのコミュニケーション支援は重要な課題である】
多系統萎縮症(MSA)では,睡眠関連呼吸障害や突然死リスクに対し,気管切開術や人工呼吸器を要することがある.治療の選択には自己決定(autonomy)が重要であるが,進行性の運動障害により言語・非言語的コミュニケーション障害が必発で,治療選択時において意思表示能力が低下していることを私たちは過去に報告している(浅川ら.神経内科2016).よってMSA患者さんに対するコミュニケーション支援は重要であるものの,先行研究は皆無であり,支援が適切に行われていない可能性がある.

【研究の詳細】
目的はMSA患者さんのコミュニケーション障害の特徴を明らかにし,コミュニケーション支援における課題を検討することである.方法はコミュニケーション障害(発語による意思疎通に支障をきたし,発語以外の意思伝達手段を必要とする状態)を有するMSA 患者に対し,コミュニケーション支援を行い,その有効性と影響する因子について明らかにした.

対象はMSA患者6例(MSA-C 2例,MSA-P 4例,罹病期間平均5.8年,3例が気管切開後)であった.MSA-Pの3例は,文字盤を指差しにて使用することや,携帯用会話補助装置によりコミュニケーション状態が改善した.一方,MSA-Cの1例は指さし動作やスイッチ操作,スキャン操作が運動時振戦や一点凝視ができず困難であった.また,認知機能障害を残りの2例では代替コミュニケーションツールの使用が困難であった.

【結論】コミュニケーション障害に影響を及ぼす要因として,運動障害(錐体外路障害,小脳性運動失調)と認知機能障害があることが分かった.錐体外路障害が主体の場合, 時間をかければ病期に応じた種類の機器使用は可能と思われる.一方,小脳症状が主体の場合,動作時振戦や一点凝視困難のため機器の使用は困難な可能性が高い(今後,操作性改善のための検討や新たな方法の開発を行う必要がある).また認知機能障害を認める場合,代替コミュニケーション機器の利用はさらに困難とある.今後,さらに経験を蓄積し,ノウハウを蓄積する必要がある.

MSA communication disturbance from Takayoshi Shimohata

NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を見て

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48歳で発症し,52歳でスイスにて,日本では認められていない安楽死(厳密には医師自殺幇助)を選択した多系統萎縮症(MSA)患者さんについてのドキュメンタリーであった.彼女は「私が私であるうちに死にたい」「自分で死ぬことを選ぶことは自分でどう生きるか選ぶことと同じくらい大切なこと」と語った.

大きな衝撃を受けた.患者さんが自ら死ぬための点滴を開始し,静かに息を引き取った場面は涙が止まらず,番組終了後もしばらく呆然としていた.医療者である前に「眼の前に自殺しようとしている人がいたら,すべきことがあるはず・・・」という人間としての感情がまず沸き起こってきたのではないかと思う.

医師としても受け入れがたいという感情が生じた.その理由は医師の務めは患者さんの命を守ることであり,また眼の前で患者さんの自死を見た経験はなかったこと,そしてなぜこんなに早期の,機能が保たれている段階で,自死しなければならないのかと思ったことであろう.「依頼されても人を殺す薬を与えない」という一節がある「ヒポクラテスの誓い」の意味を,若い頃から何度も考えさせられる場面に遭遇し,先輩医師から「医療の本質は,病気を治す(treat, cure)ことではなく,病人を癒やす(care, heal)ことである」と教わった自分には,今回の出来事は「医療の敗北である」ように思えた.

つまり医療者側についても検証が必要だと思う.自分がその場面にいたら何ができたか分からないこと,今回のことに関わった医療者は苦しんでいるだろうことを承知の上で述べるが,「なぜ支えられなかったのか?」はやはり真摯に考える必要がある.死に考えが向かってしまった人を留めることは難しいのだろうと思う.それでもMSAの症状を軽減する緩和ケアは進歩し,さらに複数の臨床試験が世界中で進行中であり,MSAの医療は今後大きく変わる可能性もある.希望の灯りはあるのである.私のメンターは「真っ暗な闇のなかにかすかでも光を与えられること」が脳神経内科医の行うべきことであると常々語っていたことを思い出す.

また番組では人工呼吸器をつけた療養生活を直接見たことが安楽死を考えるきっかけになったと述べていた.私は突然死の防止等の理由で人工呼吸器を装着し,長期療養病院ないし在宅で療養されるMSA患者さんを多数診察して回ったが,コミュニケーション障害,認知障害が顕著となり,ALS患者さんの場合とは様相が異なることに気づいた.このため岐阜大学で仲間とともに,適切な機器の導入によりコミュニケーション障害が改善するかを検討する研究を開始したのだが,初めて人工呼吸器をつけた療養生活を目の当たりにしたご本人のショックは大きいものだったろう.もちろん患者さんには「知る権利」があるものの,「bad news」を伝える際の精神状態やタイミングで悪い方向に導いてしまう可能性はあるため,医療者には慎重さが求められる.

最後に番組に対する意見を述べたい.まず自死の瞬間まで映像として見せねばならないものかと思った.それは本当に必要なことだったのだろうか?闘病中の患者さんにもたらす大きい動揺を考えると,プラスよりマイナスの面が大きいのではないだろうか.またこの問題はスイスでの事例を単に報道し,視聴者に判断を任せれば良いというものではないと思う.自殺幇助を選んだ患者さんがいるという事実を伝えるという方向性がある一方,大変な病気でも頑張って立ち向かっている患者さんや支えている家族や医療者がいることを一番に伝えるという立場も当然あるはずだ.安楽死の議論は重要だが,それ以前に神経難病患者さんを死に追い込む可能性のある医療や社会の問題を議論すべきである.経済的問題,介護力の問題で「生きたくても生きられない患者さん」がいる.いわゆる尊厳生(そんげんい)の問題である.社会への影響力を持つ番組制作者はこの番組で終わりにせず,責任を持って世の中で正しい議論が行われるように努力していただきたい.私も神経難病患者さんとその家族をいかに支えるか,真の神経難病の緩和ケアとは何なのかをこれからも考えてきたいと思う.




神経疾患の緩和ケアではコミュニケーション能力が問われる

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NHKスペシャルの多系統萎縮症患者さんの安楽死(正確には自殺幇助)の番組は「神経疾患の緩和ケア」の意義を改めて考えさせるものであった.その背景には,世界で初めて安楽死を合法化したオランダを例にとっても「安楽死は苦しみをなくしたり和らげたりするために八方手をつくしても,なくならない苦痛に対する緊急避難として認められてきた」ということがある.つまり安楽死の決断の前に,神経疾患に伴う苦しみを克服するための手立て(医療的な緩和ケアから保健福祉政策まで)を徹底的に追求することが求められる.このため多くの医療者は,今回の事例において自分たちが行う神経疾患緩和ケアが無力だったのかと動揺したのである.
では神経疾患緩和ケアとは何なのか?例えばがんの緩和ケアと何が違い,何が求められているのか?最近,Neurology誌に,米国における神経疾患とがんの緩和ケアの違いを分析し,神経疾患緩和ケアの目的,求められるスキルを議論した研究が報告されたのでご紹介したい.

【緩和ケアは終末期に開始するものではない】
まず緩和ケアの基本から始めたい.WHO(世界保健機構2002)によると緩和ケアは次のように定義される.「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して,疾患の早期より痛み,身体的問題,心理社会的問題,スピリチュアルな問題に関してきちんとした評価をおこない,それが障害とならないように予防したり対処したりすることで,クオリティー・オブ・ライフを改善するためのアプローチである」
つまり,緩和ケアというとホスピス,つまりがんの終末期における苦痛を,チームを組んでケアしていこうという取り組みを思い浮かべるが,本来の意味は発症早期からのすべての時期に,痛みのみならず患者さんが抱えるすべての苦痛に対して提供されるべきものである.よって発症早期から必要となるため,緩和ケア専門医にだけに任せるものではない.

【米国では神経疾患緩和ケアは独立したサブスペシャリティーである】
米国では,神経疾患はがんに次いで2番目に入院患者における緩和ケアのコンサルトが多く,すでに神経疾患緩和ケアが緩和ケアの一つのサブスペシャリティーとして確立されつつある(Robinson MT. Neurology 2014).この点は日本より先進的である.
また神経疾患緩和ケアの担当範囲は広く,脳卒中や頭部外傷,無酸素脳症のような緊急入院後に必要となる場合がある一方,神経難病に合併する肺炎のように慢性疾患に伴う合併症のための入院後に必要となる場合もある.前者では事前のAdvanced Care Planning(ACP)がなされていないことが多く,後者ではACPが行われている事例が増える.
米国では緩和ケアを受けた神経疾患患者のうち多数が病院において死亡すると記載されている.これは急性疾患,慢性疾患のいずれにも当てはまるらしい.不思議だなと思い調べると,この理由は緩和ケアの目的の一つが「治療のゴールの決定」があり,その選択肢として生命維持治療の中止があり,その結果死亡に至る症例があるのだ.

【研究の目的と方法】
今回紹介する研究であるが,その目的は米国の多施設のデータを使用し,神経疾患とがんの緩和ケア・コンサルテーションの違いを明らかにすることである.方法は前方視的なコホート研究で,米国の11の州の78の緩和ケアチームにより構成されるPalliative Care Quality Network(PCQN)のデータベース(期間:2013年1月~2016年12月)を使用している.患者数はがん23315名,神経疾患7095名が含まれ,頻度はそれぞれ1位,2位を占める.患者情報,コンサルトの理由,事前指示書の有無,症状の有無,ケアの転帰,緩和医療行動スケール(PPS)値を比較した.PPSは機能状態と生命予後の予測に使用されるスケールである.

【神経疾患緩和ケアはがんにおけるケアと大きく異なる】
さて結果であるが,神経疾患群は,がん群と比較して有意に高齢で(平均75歳),集中治療後が多く(60%),77%の患者が事前指示書はなく,65%の患者がコミュニケーション困難で,機能障害も重篤であった.予後も不良で,31%が病院で死亡し,39%はホスピスに転院した.またコンサルテーションの理由の3/4以上が,ケアのゴールを明らかにすることであった.神経疾患群とがん群のコンサルテーション理由に関する調整オッズ比(ロジスティック回帰分析)は以下の通りであった.

ケアのゴールないしAdvanced Care Planning 1.1(1.0-1.2)
痛みや他の症状に対するマネジメント  0.3(0.2-0.3)
ホスピスへの紹介の議論  0.8(0.7-0.8)
緩和療法のみ(comfort measures only),生命維持治療中止  2.4(2.1-2.8)

【神経疾患緩和ケアでは適切なコミュニケーション能力が重要である】
結論としては,神経疾患に対する緩和ケアはとがんと明確に異なるということである.神経疾患群で最も期待される目的は「ケアのゴール決定」であった.そしてケアのゴールの決定に必要なものは,適切なコミュニケーション能力である.患者さんの価値観を理解し,適切なゴールに向けて議論できるようになることは神経疾患に関わる者が学ぶべき重要なスキルと言える.よって患者さんとの適切なコミュニケーション・スキルを教えることは極めて重要な教育課題である.

【神経疾患緩和ケアでは訴えることのできない患者さんの苦痛を読み取る能力が重要である】
痛みや疾患に伴うその他の症状への対処はホスピスにおいては重要であるが,神経疾患における緩和ケアではコンサルテーションの理由に挙げられることは少ない.これはそれらが少ないのではなく,訴えられないために,治療が十分に行われていない可能性がある.すなわち痛みや症状を訴えられない患者さんの苦痛を読み取るための徴候について学ぶ必要がある.ちなみに小児のおける緩和ケアでも重要なテーマとなっており,評価スケールの開発が行われている.

【研究の問題点と今後の課題】
本研究の問題点は,データベースに患者の詳しい診断の情報がないことと,2つの重要な疾患カテゴリーである認知症と神経腫瘍が除外されていることである.
しかし本研究の重要さは,疑問に答えることではなく,取り組むべき問題点は何かを明らかにすることである.例えば,誰が神経疾患入院患者の緩和ケアを行うべきか?もし神経内科医であれば,どのような場面で緩和ケアの専門医に紹介すべきか?神経疾患患者に特化した緩和ケアの必要性を評価する新しいスケールが必要か?神経疾患緩和ケアは患者の予後を改善するのか?緩和ケア専門家によってなされる緩和ケアは神経内科医によってなされるものと異なるか?といった疑問である.

【おわりに】
冒頭に安楽死の決断の前に神経疾患緩和ケアが徹底的になされる必要があると記載したが,神経疾患緩和ケアで求められることは,ケアのゴール決定に向けた患者の意向を十分に引き出すpatient-centered communication skillであるということになる.これにその時点で利用できるエビデンスを提示できる能力を加えた方針決定のあり方は,いわゆるshared decision making(SDM)である.つまり脳神経内科医に求められる神経緩和ケアのスキルはSDMなのかもしれない.

Taylor BL et al. Inpatients with neurologic disease referred for palliative care consultation. Neurology 2019;92:e1975-e1981.

安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)






岐阜長良川にお越しください!@第15回日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会学術集会 

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【研究会および学術集会について】
日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会は,「神経・筋疾患」における摂食・嚥下,そして栄養に関する研究をテーマとして掲げた研究会で,近く学会に昇格する予定です.歴史もあり,年1回の学術集会も本年で第15回目を迎えますが,今回は2019年10月19日(土),長良川国際会議場にて,私が会長を仰せつかり開催させていただくことになりました.
大会ホームページ 

本大会のスローガンはポスターの通り「神経筋疾患患者さんのQOLを高める~倫理から栄養まで~」にしました.QOLということばを選んだ理由は,本研究会や学術集会の目的は「摂食・嚥下・栄養といったヒトの命の源泉を支える基本的機能に関わる神経機構とその障害機序を解明し,そしてそれらの障害に悩む人々に対策と安心を届け,最終的にQOLを高めること」であるためです.この目標を意識して,医師,看護師,栄養士,鍼灸師,PT/OT,言語,心理士,介護関係者,行政,企業会員等の多職種が議論し,ともに目標の実現を目指す会にしたいと思います.

★なお本学術集会への参加は,今大会より,「日本神経学会神経内科専門医」クレジットが1単位,「日本摂食嚥下リハビリテーション学会」認定士単位10単位が付与,取得できることになりました.

【岐阜にお越しください】
岐阜市は名古屋から快速電車で20分と交通の便も良く,会場の近くには織田信長が居城した金華山や長良川温泉,風情のある川原町があり,翌日の観光にも適しています.飛騨牛や鮎などのグルメも楽しめます.目標を共有する多くの仲間が岐阜の地に集い,熱く議論することを心待ちに致しております.
Gifu meeting 2019 from Takayoshi Shimohata

【プログラムについて】
一般演題と講演を行います.一般演題は応募園台数にもよりますが,基本的に口演を予定しています.講演では,摂食・嚥下・栄養において重要であるもののあまり議論されてこなかった臨床倫理や薬剤・服薬の問題,さらに神経変性疾患や認知症,歯科的アプローチをテーマに取り上げます.新たな多様性の時代を予測したタイムリーな講演を企画いたしました.

会長講演
「認知症の栄養障害」
下畑享良(岐阜大学大学院 医学系研究科脳神経内科学分野)

特別講演
「嚥下障害のトピックス -最近の話題,臨床倫理など-」
藤島一郎 先生(浜松市リハビリテーション病院院長)

教育セミナー1
「服薬障害と薬剤性嚥下障害」
野崎園子 先生(労働者健康福祉機構関西労災病院神経内科)

教育セミナー2
「神経難病における栄養障害とその対策」
清水俊夫 先生(東京都立神経病院脳神経内科)

教育セミナー3
「神経筋疾患の口腔機能ー特徴と対応法ー」
谷口裕重 先生(朝日大学歯学部口腔病態医療学講座障害者歯科学分野)

ランチョンセミナー(共催:カレイド株式会社(株式会社フードケア))
「サルコペニアの摂食嚥下障害と栄養ケア」
前田圭介 先生(愛知医科大学緩和ケアセンター)

【事前参加登録と演題募集について】
以下のようにすでに開始されております.ぜひ多くの方々にご参加いただきたく存じます.詳細はホームページをご覧ください.

事前参加登録募集期間
2019年6月3日(月)正午~2019年7月31日(水)正午

演題募集期間
2019年6月3日(月)正午~2019年7月26日(金)正午

また翌日は,同じ岐阜市内で「第20回早期認知症学会(犬塚貴大会長)」が開催されます(私は「睡眠による認知症の予防」という特別講演をさせていただきます).こちらもあわせてご参加ください.みなさんと長良川でお目にかかることを楽しみにしております!





「臨床神経学と共に生きる-或る神経内科医の軌跡-」を読んで

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廣瀬源二郎先生(浅ノ川病院顧問,金沢医科大名誉教授)から,先生の自叙伝を頂戴しました.郷里静岡での空襲の話,大学時代に患った結核の話,空軍病院や米国大学での修行時代,金沢医科大学教授時代から現在の生活までを綴った素晴らしいものでした.とくに感銘を受けたのは医学教育者としての以下の言葉でした.言葉や本には,時として出会うべきタイミングに出会うものがあるのですが,まさに今回はそれであるように思いました.しっかりと胸に留め,教育に励みたいと思いました.

「私の教育論は極めて単純であり,未来を託すべきかけがえのない若い男女医学生に少しでも優れた教育をし,1人でも良いから私を超えた存在になって欲しいという希望を持って教えていることである.昨今教育は教える(teaching)ことではなく,学ぶ(learning)ことであると言われているが,そんな言葉の裏腹の関係で解決するようなものではない.誰かに惹きつけられて豊かになり,いつの間にか輝くようになる学生諸君をみたくて努力するところに教育の真心があるように思われる.」

「昨今大学での教育手法として,教育(teaching)と学習(learning)の比重を逆転させ,学生の自発的学習を主にして,教育による教員による教育を従にする流れがあるように思われる.どちらが良いかという問題ではなく,両者がともに必要であることに異論は無いはずである.ただ研究時間を増やし業績を上げるために学生の自発的学習時間を増やすとするなら,それは明らかに誤りである.」

「教育とは,何にもまして,人を惹きつける魅力の体験であり,何かを教えるだけでなく,この社会には学生を惹きつけたり,惹きつけられる何かがあることを,学生が自然に理解するのが真の教育だと思う.医学教育においてしかり,教官に魅力を感じ,医学のどこかに興味を持ってくれればしめたものである.」

「学生を教育して,ぜひ自分を超えるような教官,医師に育ってほしいと願い,それなりの準備をして如何に教えようか日々考えながら暮らせるのは,実に教師生活冥利に尽きる.教師にとって教えるために費やされた時間は決して無駄になるものではない.」




肥満防止のための第3の方法 -寝室の照明とテレビを消そう-

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肥満防止の2大生活指導は「ダイエットと適度の運動」であるが,第3の方法が加わることになりそうだ.それは「寝室の照明やテレビを消して,暗くして眠る」ということである!どうしてこんな話になったかというと,(1)肥満が年々増加し,パンデミック状態になったと言われる米国での検討で,肥満の増加と夜間の人工光の曝露時間が相関するという指摘があること,(2)動物実験で,睡眠中の人工光曝露により,睡眠ホルモン・メラトニンの分泌や時計遺伝子の発現が抑制され,それに引き続いて睡眠の分断と概日リズム(体内時計)障害が生じ,それらが摂食行動の増加をもたらし肥満を生じさせることが観察されたことが背景にある.睡眠医学が好きな私はこれらの知見を承知しており,寝室の照明やテレビをつけて寝ることが好きな家族に「消したほうがいいよ」と注意してはしばしば文句を言われ,ケンカの種になっていた.

さて話は戻るが,夜間の人工光が実際にヒトにおいても肥満をもたらすかについてはよく分かっていなかった.これまでの研究は,夜間に高レベルの光に曝露する夜勤労働者を対象としたものが多く,一般人に当てはめられるかは不明で,一般人を対象とした大規模な調査研究が待たれていた.今回,JAMA Internal Medicine誌に掲載された論文は,米国女性4万4000人近くを対象とした調査Sister Study(2003年~2009年)を解析したもので,調査参加者には調査開始時とその5年後に追跡調査を実施したものであり信憑性が高い.

対象はアメリカ人ないしプエルトリコ人の35~74歳の女性で,調査開始時にがんや心疾患の既往がなく,交替勤務者や妊婦ではない43722名(55.4±8.9歳)である.夜間の人工光の光源は,小型の常夜灯や時計付きラジオ,窓から差し込む街灯の光,テレビ,室内用照明などさまざまであったため,対象を①曝露なし(n = 7807),②部屋のなかでの小さな照明 (n = 17320),③部屋の外の窓から差し込む照明 (n = 13471),④室内用照明ないしテレビ(n = 5124)の4群に分類した.肥満の定義は,全身性肥満はbody mass index [BMI] ≧30.0とし,中心性肥満は腹囲≧88 cm,ウェスト・ヒップ比≧0.85,もしくはウエスト・身長比≧0.5とした.またBMI≧25をoverweight(太り過ぎ)と定義した.

さて結果であるが,調査開始時において,4群の比較で,睡眠中の光曝露が多いほど肥満の有病率が高くなることが分かった.BMIでは相対リスク(PR)が1.03(95%CI, 1.02-1.03),腹囲ではPR 1.12(95%CI,1.09-1.16), ウェスト・ヒップ比ではPR1.04(95%CI, 1.00-1.08), そしてウエスト・身長比ではPR 1.07(95%CI, 1.04-1.09)であった.交絡因子(睡眠時間,食事,カフェイン,アルコール,身体活動など)の調整後もいずれも有意な相関を示した.5年間の長期的な経過観察でも,光への曝露は肥満に相関した(RR 1.19(95%CI,1.06-1.34)).

④室内用照明ないしテレビ群は,①曝露なし群と比較すると,5㎏以上の体重増加はRR 1.17(95%CI, 1.08-1.27; P < .001),つまり体重が5 kg以上増加する確率が17%高く,BMIでも10%以上の増加がRR 1.13(95%CI, 1.02-1.26; P = 0.04)で,13%高かった.長期的な経過観察の評価でも,2群を比較すると,BMI≧25であった太り過ぎ状態が維持ないし増悪する頻度はRR, 1.22(95%CI,1.06-1.40; P = 0.03)と高く,BMI≧30であった肥満が維持ないし増悪する頻度もPR 1.33(95%CI, 1.13-1.57; P < .001)と高かった.

結論は,照明やテレビをつけて寝る人は,つけずに寝る人と比較して,肥満率が高いということである.しかし,論文の問題点として,調査データは自己申告によるものであり,光の照度や質(スマートフォンなどの電子機器によるブルーライト)の影響については不明であることが挙げられる.著者らは夜間に浴びる光が直接肥満を引き起こす直接的な原因となっているのかを完全に証明できたわけではないと注意を促しつつも,近年,「暗い部屋で睡眠を取ることを推奨すべき」とする根拠が増えつつあり,今回の結果もその一つであると述べている.いすれにしても肥満の生活指導に「人工光への曝露を避ける」は追加すべきと考えられる.今後の関心は,前方視的な介入研究,つまり睡眠習慣の改善が実際に肥満をどれほど改善するかに移っていくものと考えられる.

最後に感想を述べる.一連の研究は「照明をつけて寝ると太る」という知ってしまえば非常にシンプルなことでも,それを科学的に推測し,証明することがいかに大変なことであるかを如実に示す例でもある.世の中に存在するさまざまな「エセ科学」に惑わされないためにも,科学的リテラシーを身につける,つまり科学的エビデンスを確立することは容易ではなく,労力と熱意が必要であることを理解する必要がある.

JAMA Intern Med. doi:10.1001/jamainternmed.2019.0571

レボドパ内服後のドパミン産生と分解には異なる腸内細菌が関与する ―パーキンソン病治療を大きく変える注目論文-

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パーキンソン病に対する治療は,主にレボドパにより行われる.しかし患者により効果や副作用の発現に差が見られる.また便秘により効果が減弱することもある.これらの機序についてさまざまな議論がなされてきたが,これらの解決や新しい治療薬開発に繋がると予測される重要な研究がScience誌に報告された.

【レボドパの代謝と患者ごとの多様性】
レボドパがパーキンソン病患者に対し効果を発揮するためには脳内に届く必要がある.このためにはレボドパが芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(Aromatic L-amino acid decarboxylase;AADC)によって「脱炭酸化」され,神経伝達物質ドパミンに変換される必要がある.ちなみに脱炭酸化(Decarboxylation)とは,カルボキシル基 (−COOH) を持つ化合物から二酸化炭素 (CO2) が抜け落ちる反応である.R-C(=O)OH → R-H + O=C=O

このレボドパの脱炭酸化は消化管で行われると考えられている.この代謝は臨床的に重要である.つまり末梢で生成されたドパミンは血液脳関門を通過できず無効であるばかりか,起立性低血圧や不整脈などの副作用をもたらす.これを防止するためにレボドパは脱炭酸酵素阻害剤との合剤として処方される.その代表がAADC阻害剤であるカルビドパである.しかし合剤として使用しても,投与したレボドパの56%は脳に到達しないという報告もある.またレボドパの利用率と副作用は,患者ごとに大きく異なるが,この多様性を患者の代謝の違いのみで説明することは困難と考えられている.

【腸内細菌はドパミンの産生と分解に関わる】
では何が多様性を生むのか?これまでのヒト,動物モデルにおける検討で,腸内細菌叢がレボドパ代謝に関与する可能性が示唆されていた.具体的には,まずレボドパがある細菌によりドパミンに脱炭酸化され,さらにそのドパミンが別の細菌により脱水素化され,mチラミンに変換されと副作用を呈さなくなる可能性が指摘されていた.しかしこれらに関わる細菌や遺伝子,酵素は不明であった.またカルビドパのような薬剤が,腸管における脱炭酸化を阻害するかについても不明であった.このためハーバード大学の研究者らは,腸内細菌叢によるレボドパ代謝の分子病態を解明するための研究を行った.

まず著者らはレボドパの脱炭酸化が,ピリドキサールリン酸(PLP;活性型ビタミンB6)依存性酵素によって行われると仮説を立て,データベースの腸内細菌叢ゲノムの中から候補を検索し,小腸に存在するEnterococcus faecalisに由来するチロシン脱炭酸酵素(TyrDC)を見出した.そして遺伝子および生化学的検討を行い,TyrDCがレボドパとその基質であるチロシンの両者を実際に脱炭酸化することを示した.

つぎに著者らはドパミンを分解する細菌と酵素の検討を行った.以前から薬剤代謝に関わると指摘されてきたEggerthella lentaのなかから,ドパミンを脱水素化する作用をもつ株を単離した.これに関わる酵素は,モリブデン補因子依存性ドパミン脱水素酵素(Dadh)であった.ヒトの腸内でこの細菌がレボドパを実際に分解しているかを検討し,17例中12例でドパミンがmチラミンに分解されることを確認した.さらに著者らはDadh遺伝子において,酵素活性に影響を与えるSNP(スニップ)を同定した.具体的には506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみ,ドパミン分解に関与していることを示した.結果的にE. facecalisの量とTyrDC活性がドパミンの産生に,Dadh遺伝子のSNPがドパミンの分解に関与していることを明らかにした.つまり内服したレボドパの代謝に異なる菌種が協力して関わっていたのである.

【新しい治療薬への応用】
最後に著者らは,AADC阻害剤カルビドパが,E. faecalisのTyrDCによるレボドパの脱炭酸化を抑制するかを検討し,カルビドパは腸内細菌叢に対しては効果を持たないことを明らかにした.つまり,カルビドパは腸内におけるレボドパ代謝には無効であることを示したのだ.さらに著者らは腸内における脱炭酸化の選択的阻害剤を同定することを目指し,TyrDCのチロシンに対する作用に着目し,チロシン類似物のAFMTが脱炭酸化を抑制することを明らかにした.実際に,レボドパとAFMTの同時投与は,E. faecalisを保菌するマウスにおいて,レボドパ血中濃度を上昇させた.

以上,著者らは腸内細菌叢におけるレボドパ代謝経路を明らかにした.患者ごとの腸内細菌叢の多様性が,末梢におけるレボドパの産生と分解の多様性,つまり効果や副作用の違いに関わっているものと考えられた.今後,腸内細菌叢のレボドパ代謝の状況を把握する臨床検査が開発され,治療の参考にしたり,さらには腸内細菌叢をターゲットとした治療薬の開発が行われていくだろう.パーキンソン病研究の歴史において,非常に重要な論文になると考えられた.

Maini Rekdal et al. Science 364; eaau6323 (2019)

神経疾患と臨床倫理(告知と支援)@日本神経学会サマーキャンプ岐阜大会

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【臨床倫理グループ・ディスカッションと目的】
2019年6月29日から30日にかけて,岐阜長良川で開催した日本神経学会サマーキャンプ岐阜大会において,学生と研修医を対象としたグループ・ディスカッション「神経疾患と臨床倫理(告知と支援)」を行った.病棟において臨床倫理的アプローチが求められる症例が増加している印象があるものの,その知識や経験を伝える教育機会が必ずしも多くないため,学生・研修医という早期の段階からその重要性を伝える必要があると考えたためである.
 ファシリテーターを含め総勢100名近くの参加者が,神経難病のなかでも特に難しい疾患,トピックである多系統萎縮症と嚥下障害に関する論理的課題について議論を行った.参加者からは概ね高評価をいただき,講師の先生方にも今後の教育の参考になったとのコメントを頂いた.以下に概要を記載したい.

【グループワークの進め方】
1グループ学生および研修医4-5名とし,さらに1名,中立の立場から議論の活性化を促すファシリテーターに加わっていただいた(合計17チームとした).自己紹介後,司会,書記,発表者を決めてもらった.議論すべきテーマを3つ用意し,そのたびに役割を変更していただいた.

【課題】以下,実際に行われた課題を提示する.
レジデントである皆さんは以下の症例の主治医となることになった.後述する質問について議論してグループワークを行ってください.

【症例提示】 症例提示~グループワーク1(10分間)
症例:69 歳 男性
主訴:左手が使いにくい,尿失禁,歩行困難
既往歴:50歳代からうつ病に対しSSRIで治療していたが,最近は安定しており,1年前に精神科通院を自己中断した
X-3年,睡眠中に大声で叫んだり,手足をベッドにぶつけてケガをすることがしばしばあったが,最近は稀になった
家族歴:特記すべきことなし
家族情報:妻(健康,3 回/ 週のパート業)と2人暮らし,子供:1女
現病歴:X-2年,左手が使いづらくなり,自営業(問屋)を廃業した.X-1年,当院脳神経内科外来を受診し,左優位の運動緩慢と筋強剛を認め,レボドパ/カルビドパを300 mgを処方された.ごく軽度の改善を認めたため内服が継続された.X年1月,尿失禁,歩行時のふらつきが出現し,頭部MRIで被殻外側の信号変化を認めた.診断と病名告知,そして今後の方針を決定する目的で入院した.入院後,プロプレムリストを作成し,active problemについてPOSに則ったカルテを記載した.また指導医より,退院時の説明文書の案を作成するように言われた.本疾患の自然歴を調べると,一般的に7~10年程度の罹病期間で,進行性であり,睡眠中に主に中枢性呼吸障害に伴う突然死を来しうることがわかった.予防には人工呼吸器の装着が必要であることもわかったが,突然死を免れても神経変性が大脳にまで及び,大脳萎縮と認知症を合併しうることも分かった.

【グループワーク1】
【課題】 プロブレムリストを作成し,active problemとinactive problemに分けてください.
またproblemを踏まえて,入院中に行うべき検査を列挙してください.

発表1(10分間)



【グループワーク2】 (20分間)
Gilman分類のprobable MSA(MSA-P)と診断した.精神科受診では,うつ病は現在,安定しており,内服再開の必要はないというコメントであった.また終夜ポリグラフ検査(PSG)の結果では,AHI(無呼吸低呼吸指数)は8 回/時(すべて閉塞性)で,軽度の上気道閉塞が疑われたが,日中の過眠症状はなく,睡眠時無呼吸症候群と診断はされなかった.筋活動抑制を伴わないREM睡眠 (REM sleep without atonia, RWA) は確認されなかった.

【課題】 主治医として,①病名の告知,②本疾患に関連した突然死の説明(真実告知)の方針について議論して,その理由とともに発表してください.それぞれの告知を行うか否か,行うとするとそのタイミングはいつが良いか,また誰に行うかも考えてください(現在,本疾患に対する病名告知,真実告知については決まったものはありませんので.自由な議論を行って,グループとしての方針を提示してください).

発表2(20分間)



【グループワーク3】 (30分間)
病名告知は行ったが,突然死については,そのリスクはまだ高くないと考え,今後の夜間酸素飽和度やPSGの結果を見て,説明のタイミングを考える方針とした.また症状は一般に進行・増悪するため,今後,嚥下障害や構音障害に伴うコミュニケーション障害が出現する可能性を説明した.

退院後(X年2月),御本人は妻と相談して「事前指示書(advance directive)」を文書で作成した.そこには「自力で食べたり飲んだりできないなら,無理に口から入れないでほしい.食べられなくなったときが,人生の終わりだと思っている.点滴,チューブ栄養,昇圧薬,人工透析,人工呼吸器を含め,延命のための治療を何もしないでほしい.しかし苦痛を感じているなら,モルヒネなどの痛みを和らげるケアは受けたい」と記されていた.

X+1年1月から転倒や尿路感染で入退院を繰り返して体力も落ち,ADLはほぼ全介助となった.構音障害が進行し,自発語は聞き取り困難になったが,日常生活レベルでの理解力・判断力は保たれ,文字盤を使ってのコミュニケーションは良好だった.しかし,X+1年3月,液体やポロポロした食べ物にムセるようになり,X+1年3月,好物のとんかつを無理して食べて初めての窒息を来し,妻の機転で何とか塊を吐き出させたものの,誤嚥性肺炎を合併し.再入院した.肺炎は1週間の抗生剤治療で改善しつつある.

最新の診察所見としては,口腔内は唾液が多いが,著しい流延は見られなかった.呼吸は浅く不規則であった.痰の喀出が困難なこともあり,ときどき吸引を要した.睡眠中の著明な吸気性の喘鳴が見られた.尿路感染を反復したため,尿道カテーテルが留置されていた.30 度のベッドアップ(ギャッジアップ)でも血圧低下し,失神してしまうこともあった. 嚥下造影検査を予定したが移動困難のため中止となった.

身長160 cm,体重64.5 kg(入院3 カ月前)⇒ 61. 0 kg(入院前)⇒ 52. 3 kg(転院時),BMI:20. 4
動脈血液ガス(室内気):pH = 7.413, PCO2 = 48.7 mmHg, PO2 = 77 mmHg, HCO3 = 31.0 mEq/L, BE=6 mEq/L
血液生化学検査:TP/Alb = 6.2 / 2.9 g/dL, CRP = 0.14 mg/dL, WBC = 9360/μL, RBC = 399 x10^4/μL, Hb = 12.4 g/dL, Hct = 37.5%
胸部CT:入院時,左肺S1+2 に大葉間裂と隣接して認められたすりガラス影はほぼ消失していた

公的支援は,要介護5,身障1 級(四肢+体幹),難病指定:多系統萎縮症で取得済みであった.妻は「なるべく生きてほしいが,もともと無理な治療はしてほしくないと言っていたし,もともと食道楽の人なので最後まで食べさせてあげたい」との意見だった.一人娘は「お父さんとお母さんの気持ちは分かるものの,できれば長生きしてほしいので胃瘻を作るように説得したい」という意見であった.

主治医としては,今後,誤嚥性肺炎の再発と,窒息死を来す可能性もあることから,経口摂取の断念と胃瘻の作成,もしくは誤嚥防止手術を行うことを提案したいと考えた.

【課題】まずJonsenの4分割法を作成し,臨床倫理4原則を含めそのような衝突(コンフリクト)があるかを考えてみてください.そのうえで,本例の今後の療養の方針をどのように決めていくべきか,とくに何を議論することが大切かをグループで話し合ってください.

参考 
(A)臨床倫理4原則
<自律尊重原則(autonomy)>
自律・自己決定の尊重
<善行原則>
患者の目標に照らし,善いことをする
<無危害原則>
少なくとも患者や人に対して害をなさない
<正義原則>
すべての人を公平に扱う,法を守る

(B)Jonsenの4分割法(臨床倫理4分割法(Jonsen ARほか著.赤林朗ほか監訳. 臨床倫理学 第5版. 新興医学出版社.2006)


【発表】(20分間)
本例では多系統萎縮症における病名告知・真実告知,および嚥下障害の倫理的問題について議論していただいた.各グループの議論は真摯かつ適切に行われ,その発表も非常に立派なものであった.前日に40分のレクチャーを行い,さらに議論中にファシリテーターのサポートがあったものの,ここまでレベルの高い議論ができたことは,今後にむけての大きな手応えとなった.



【ミニレクチャー】 10分間
Clinical ethics in MSA from Takayoshi Shimohata
【総括】
本例の真実告知は,可能であれば患者さんと信頼関係ができ,うつの状態や突然死のリスクの程度を理解した後に行うことが望ましいのではないかという自身の考えを述べた.嚥下障害の倫理的問題については,患者さんの現在の意向を改めて聞き取る必要があること(事前指示書の限界を知ること),その考えの背景にあるものは何かを十分理解すること(思考の過程を理解するAdvanced care planningが望ましいこと),同様に家族の考えの背景にあるものも理解すること,その上で,最良の意思決定,合意形成を目指すこと(Shared decision making)をお伝えした.今回の経験を糧に,岐阜大学や各学会で,さらに臨床倫理的教育を推進したい.

参考文献:藤島一郎,下畑享良ら.症例.私の治療方針「多系統萎縮症」嚥下障害8;55-66, 2019


「飛行機・新幹線内での医療」を企画しました

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週刊「医学のあゆみ」誌の特集を企画しました.私は飛行機や新幹線に乗る機会が多いためか,何度も「医療従事者の方はいらっしゃいますか?」コールに遭遇しています.このため,こんな本があれば良いのに・・・と思い,ついに実現しました.同僚に見てもらいましたがとても好評です.以下,目次と私の序文へのリンクです.ぜひご覧ください.きっと役に立つと思いますし,各原稿が驚きの連続でとても面白いです.

【目次】
■高度1万メートルのドクターコール──乗客医師による医療支援……大越裕文
■航空機と神経疾患……下畑享良
■飛行機頭痛……根来清
■航空機と呼吸器疾患……荒野直子
■空路による海外渡航における循環器疾患患者への対応……舟橋紗耶華・永井利幸
■航空性中耳炎と耳管機能……松野栄雄
■新幹線乗車時に起こりうる症状・疾病──新幹線頭痛を含めて……伊藤泰広
■航空機内での医療をめぐる法律問題……橋本雄太郎
■航空機内における医療支援体制――ドクターコール:高度1万メートルでの急病人発生……錦野義宗

【序文へのリンク】

【Amazonへのリンク】
医学のあゆみ 飛行機・新幹線内での医療-医療従事者の方はいらっしゃいますか? 270巻2号[雑誌]




精神科の視点から学ぶ頭痛診療のBest practice@HMSJ2019

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日本頭痛学会が主催したHeadache Master School Japanが2019年7月14日,仙台で開催された.本会は頭痛診療の地域格差の解消を目指し,2014年より年2回開催され,今回で10回目となる.松森保彦先生(仙台頭痛脳神経クリニック院長)が委員長を務めたが,教育的,かつ魅力的なプログラムで,非常に勉強になった.個人的に興味深く拝聴したのは,東北医科薬科大学精神科山田和男病院教授による標題のご講演であった.精神疾患を背景にもつ頭痛患者さんの診断や治療に難しさを感じていたため参考になった.以下にご講演内容をまとめたい.

【精神疾患を背景にする頭痛の3タイプ】
精神疾患を背景にする頭痛には,国際頭痛分類第3版(ICHD-3)の本文に記載のある精神疾患,ICHD-3の付録にある精神疾患,ICHD-3の付録にすら記載されていない精神疾患に関連した頭痛の3つに分類できる.以下,順に提示する.

① ICHD-3の本文に記載のある精神疾患
ここには「身体化障害」と「精神病性障害による頭痛」の2つが含まれる.
A. 身体化障害
身体化障害は,30歳以前に発症する「身体表現性障害」の一つであり,圧倒的に女性に多い.さまざまな症状を呈し,そのなかに頭痛が含まれる.多くの診療科を受審し,ドクターショッピング状態になる.また以下の特徴がある.
・パーソナルティ障害(境界性パーソナルティ障害)を高率に合併する
・薬剤(ベンゾジアゼピン系,鎮痛剤)の乱用や依存が生じやすい(よって依存性のある薬剤は使用すべきではない)
・うつ病などの精神疾患を合併する
・予後が不良で,認知行動療法や集団精神療法は有効であるが,薬物療法が有効であるというエビデンスはない.

ちなみに「身体化障害」はDSM-Ⅳ-TRにおける病名だが,DSM-5では廃止された.そのDSM-5には「身体症状症」という病名があるが,他の病態も含み,疾患概念も異なる.「身体症状症」は身体疾患があっても診断して良いという点で明確に異なる.

B.精神病性障害による頭痛
「妄想」の1つとしての頭痛を呈する.代表的な疾患は「妄想性障害(身体型)」と「統合失調症」である.この診断に重要なのは「頭痛が妄想であること」を見抜くことである.統合失調症であれば比較的容易だが,「妄想性障害(身体型)」では容易ではないことがある,例えば「脳の血管が切れて頭が痛い」といった表現をする.診断後は,非定型抗精神薬で治療するが,本人の病識が欠如しているため,内服アドヒアランスが不良で,治療に難渋することが多い.

② ICHD-3付録にある精神疾患
「うつ病による頭痛」がこれに該当する.①のICHD-3の本文に記載のある精神疾患より,障害有病率が高く,臨床的に問題になることが少なくない.

A. うつ病による頭痛
頻度が高い.「うつ病」ないし「持続性うつ状態(軽い抑うつが2年以上)」を背景に認める.もともと一次性頭痛を有している患者にうつ病が合併した場合,頭痛はより増悪する.教科書的に有名なうつ病の症状である食欲不振や不眠は 8割程度に見られるが,頭痛はさらに多く 9割の患者に認める症状である.
ちなみにうつは生涯罹患率6%と頻度の高い疾患で,女性に多く(1:2),40-60歳代に多い.その半数強は再発性であるため,一度寛解しても注意が必要である.約15%が自殺を図り,自殺は男性が多いことも知っておく必要がある.

③ ICHD-3付録にすら記載されていない精神疾患
A. 双極性障害による頭痛
双極性障害の発症年齢はうつ病より若く,遺伝的要素が強い.生涯自殺率はうつ病より高い.以下の2種類がある.

A-1.双極Ⅰ型障害
少なくとも1回以上の躁病エピソードがある.うつ病相のみ見ているとうつ病と鑑別は困難である.家族歴を認める.
A-2.双極Ⅱ型障害
少なくとも1回以上の軽躁病エピソードと,少なくとも1回以上の軽躁病エピソードがある.

問診にて抑うつの有無を確認する必要がある.具体的には以下の手順で行う.
頭痛持ちでなかった患者に出現した頭痛 → 精神科疾患以外の二次性頭痛の除外・一次性頭痛の除外 → 抑うつエピソードのスクリーニング(うつ病,双極性障害)

抑うつエピソードのスクリーニングには「2質問法」に,もう1つ質問を追加する形で行うと良い.

2質問法:以下の質問のうち,1つを満たす
(1)この1カ月間,気分が沈んだり,ゆううつな気持ちになったりすることがよくありましたか?
(2)この1カ月間,どうも物事に対して興味がわかない,あるいはこころから楽しめない感じがよくありましたか?
うつ病の割合が5%の集団における感度96%,特異度57%,PPV(陽性反応予測値)11%.つまりいずれか1つが陽性である場合,うつ病である可能性が高いが高いが,特異度がかなり低い.このため,さらにもうひとつ質問を追加する.
(3)現在,それらに対して,助けが必要ですか?
これにより,感度はそのままに特異度が上がる.

また双極性障害に伴う頭痛の予防には,アミトリプチリンは使用しない(双極性障害に対する三環系抗うつ薬は躁転が多くなるというデータがあるため).

【片頭痛とさまざまな精神疾患は共存(Comorbidity)する】
片頭痛とさまざまな精神疾患の共存率は高い.片頭痛における精神疾患の共存については,うつ病に関してもっとも研究されており,6つの既報はいずれもオッズ比が約3である.反復性のうつ病では,前兆を伴わない片頭痛でオッズ比3.7,前兆を伴う片頭痛で5.6という報告がある.また不安症やパニック症患者においても片頭痛併存率は高い(後者では61.1%という報告がある).これらの症例では,片頭痛のみならず,共存する精神疾患の治療も必要となる.

【薬剤の使用過多による頭痛:medication overuse headache(MOH)と精神疾患】
うつ病,パニック症,双極性障害といった精神疾患患者ではMOH(とくに難治例)の併存リスクが高い.両者の併存で,患者のQOLが相乗的に低下する.MOHの難治例には境界性パーソナリティ障害の患者が多い.逆に難治のMOHをみたら,背景に何らかの精神疾患や境界性パーソナリティ障害がある可能性を考える.境界性パーソナリティ障害の特徴としては,感情不安定,衝動性,かんしゃく,自傷行為,過量服薬,頻回の救急受診がある.

【まとめ】
片頭痛と精神疾患は互いに親和性が高い.とくにうつ病や双極性障害において,頭痛はよく見られる症状であることを認識する必要がある.また片頭痛患者ではうつ病や双極性障害などのさまざまな精神疾患の共存を認める.難治例のMOHでは背景に精神疾患や境界性パーソナリティ障害がある可能性を疑う.結論として,頭痛診療において,精神疾患の見落としに気をつける必要がある.





進行性核上性麻痺(PSP)の診断基準 ―MAXルール―

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神経変性疾患研究班のワークショップが行われ,「進行性核上性麻痺の診断基準,臨床試験の状況」という講演をさせていただきました.そのなかで,とても複雑な診断基準であるMDS PSP diagnostic criteriaの使い方と解釈の仕方について説明しました.感度・特異度から考える診断基準の限界,MAX ruleによる病型の決定法を知っておく必要があります.スライドをご覧ください.

MDS PSP diagnostic criteria from Takayoshi Shimohata

神経疾患患者さんに対する緩和ケアとは一体,何なのか?

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日本人神経難病患者のスイスにおける自殺幇助による死の報道は患者,家族に衝撃をもたらした.予想されたことだが,NHKでの番組放送後,日本からスイスの自殺幇助団体に対する問い合わせが急増しているという.同時にこの出来事は医療者に「プロフェッショナルとして,神経疾患に対する緩和ケアができているのか?」という問題を突きつけることになった.そもそも神経疾患に対する緩和ケアとは何なのか?例えば本邦でも定着しているがんに対する緩和ケアと何が違い,どのようなスキルや教育が求められるのだろうか? 以下,まとめてみたい.

【神経疾患の緩和ケアはがんと大きく異なる】
神経疾患の緩和ケアはがんと異なる難しさがある.要点を列挙したい.
・ がんの緩和ケアが「疼痛緩和」が中心であるのに対し,神経疾患では「呼吸困難(呼吸苦)と嚥下障害への対処」がもっとも重要になる.
・ 神経疾患では,認知機能低下・運動障害により,医療者が患者の苦痛症状を理解できないことがある.同様の理由で,患者による治療に関する意思決定も難しい.つまり神経疾患の緩和ケアでは患者,家族の苦痛や考えを医療者が理解することが重要となる.
・ 日本では緩和ケア専門医が,ALSをはじめとする神経疾患の緩和ケアを行える状況になっていない.脳神経内科医と緩和ケア専門医の協働を進める必要がある.

【神経疾患の緩和ケアのスキルとはなにか?】
近年の2つの総説を紹介したい.1つめは米国Mayo ClinicのRobinsonらによるもので,以下の5つのスキルを提示している(Mayo Clin Proc. 2017;92:1592-1601).
1.適切に予後を伝える
2.患者さんの考えをよく拝聴し,正確に引き出す
3.慎重にshared decision makingを行う
4.全人格的な痛みを理解し対応する
5.終末期の緩和ケアを行う

2つめ,米国ワシントン大学のCreutzfeldtらによるもので,以下の5つ提示している(Neurol Clin Pract. 2016;6:40-48).
1. 病初期より診断・治療の告知,方針の決定をし,信頼関係を築く
2. 症状のマネジメントを行う
3. 患者の考えに寄り添った治療を行うこと
4. 終末期ケアとしてのホスピスを導入すること
5. 多職種でアプローチすること
以下,上記のなかで重要なポイントを4つ解説する.

A. 緩和ケアは診断後早期から,全人的な痛みに対して開始する
診断後早期からの緩和ケアは,肺がんにおけるランダム化比較試験において,自覚症状,QOL,advanced care planning(ACP),そして生存期間を改善することが報告されている.これを踏まえ,米国がん学会は診断時から質の高い緩和ケアを提供することを推奨している.このエビデンスをもとに,神経疾患でも,診断後早期からの緩和ケアが有効であろうと推測されている.
 また緩和ケアは「身体的な痛み」のみでなく,「知的な痛み」「社会的な痛み」,「心理的な痛み」,「スピリチュアルな痛み」も対象とするため,これらが生じる診断時から緩和ケアを開始すべきである.一般に「緩和ケア=ホスピスケア」と勘違いされやすいが,ホスピスケアは緩和ケアの一部であり,本当の緩和ケアは診断後早期から行うべきものである.

B. 適切に予後を伝えるスキルをマスターする
病名告知,および予想される機能障害や生命予後に関する真実告知は,緩和ケアの重要なスキルである.これには以下の5つが必要である.
1)予後に関する既報の文献を正しく理解する
2)その情報に基づきに個々の患者の予後を推測する
3)患者,家族がすでに知っていること,聞いたこと,理解していることを把握する
4)通常,最善,最悪のケースを提示する
5)患者・家族の理解度を評価する

神経疾患の予後予測はがんと比較して困難で,しばしば「不確かさ」を伴う.例えば疾患重症度スケールを用いて丹念に評価しても,必ずしも患者・家族のQOLや苦痛を理解できるわけではない.しかし「不確か」ではあるものの,予測される機能障害や生命予後を説明することは,患者が治療,生活環境,ケアのゴールを決めるために不可欠である.正しく分かりやすく選択肢を伝えなければ決めることができない.「通常,最善,最悪のケースを提示する」ことである程度「不確かさ」を克服できる.具体的に考えられるようになると,患者・家族は先が見えない不安を軽減できる.

C. shared decision making(SDM)をマスターする
インフォームドコンセント(IC)は,医療者が勧める治療に対し,適切な情報開示の上でなされる患者の自発的な受託である.ただこれは状況によっては,医療者が最善と考える(好む)選択肢を患者に同意させ,それが後で法的に問題視されないように証拠書類を残す作業になりかねない.これに対し,SDMでは患者と医療者が解決策を協力して見出そうとする点で,医療者が主導するICと大きく異なる.つまりSDMは患者自身,そして医療者自身も,どうしたら良いか本当に分かっていないときに,協力して解決策を探す取り組みと言える(中山建夫.2017).医療者には(1)その状況で使用できるエビデンスを適切に入手するスキル,(2)患者・家族の考え,つまりその人となり,価値観,求めるゴールをよく拝聴して適切に引き出す能力の2つが求められる.

D. 終末期の緩和ケアを行う
ホスピス(終末期緩和ケアを行う施設)でのケアは,米国の保険制度では,生存期間が6ヶ月以内と予測される患者に対して提供される.一方日本では,神経疾患に関するホスピスケアは一般的ではない.その背景は,WHO(2002)はすべての疾患が緩和ケアの対象となると言っているものの,日本ではがんとエイズにのみ行われ,2016年にようやく循環器疾患(ただし脳卒中は含まれていない)が保険診療上の対象となったものの,依然,神経疾患は対象として認められていないことがある.このため本邦では神経疾患患者のホスピス入所はほとんど行われていない.しかしもし導入できれば,在宅療養を行ってきた患者の終末期緩和ケアを最適化できる可能性がある.またホスピスケアでは,今後,生命維持治療の差し控え,緩和的鎮静,意図的な食事中止,自殺幇助といった臨床倫理的に難しい問題を議論することになる.

【神経緩和ケア教育について】
緩和ケアにおいて死の問題は避けて通れない.このため死の教育が必要となる.しかし現在の多くの医学部では患者を生かす方法は教えるが,看取る方法についてはほとんど教えない.先日,荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)が講演で仰っていたが,例えば在宅でのモニターがないような状況で,死の宣告をどうしたら良いかさえ多くの医師は分からない状況である.また症状のマネジメント,具体的には呼吸苦に対するオピオイド使用や,痛みに対する鎮痛剤の使用,嚥下障害への対応など,具体的な苦痛の緩和に対する治療法に関する教育も必要である.加えて意思決定支援についての教育も必要である.

以上にように神経疾患に対する緩和ケアの概念の理解,スキルの習得,そして教育は重要な課題であり,真摯に取り組む必要がある.

中山建夫.これから始める!シェアード・ディシジョンメイキング.新しい医療のコミュニケーション(日本維持新報2017)




第13回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2019)@東京場所

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標題の学会が7月25日から27日にかけて行われました.メインイベントは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションです.今年の15症例の一覧を記載します.

症例1.口蓋振戦の治療例
原因が不明で,内服治療が無効な両側口蓋振戦(ミオクローヌス)の複数例の報告.口蓋振戦はクリック音を来たし,患者はその音に苦痛を感じる.首の傾ける向きにより出現したり消失したりする.自然に治ることもある.心因の影響もありうる.治療をどうすべきか?
(回答)口蓋帆挙筋,口蓋帆張筋に対するボツリヌス注射が有効である.しかし嚥下障害のリスクがあるため,少量から開始し,頻度も最低限にする.

症例2.パーキンソン病に対する深部刺激療法刺激装置入れ替え後に改善した開眼失行
49歳に振戦にて発症したパーキンソン病女性.60歳で視床下核部刺激療法(STN-DBS)を行った.63歳時,パルスジェネレーターの電池切れで電池交換を行ったところ,開眼失行が出現したが,刺激をオフにすると改善した.開眼失行が生じた原因は?
(回答)刺激を低電圧から低電流に変えたこと,電極の位置が変わった可能性,刺激強度が強すぎた可能性,パルス幅が影響した可能性が指摘された.ただし本当に開眼失行なのか,局所性ジストニアや眼瞼痙攣ではないかという指摘もあった.

症例3.顕著な左右差のある小脳性運動失調症を呈した一例
岐阜大学からの症例.亜急性の経過で,顕著な左右差を認める四肢・体幹の小脳性運動失調を呈した51歳女性.既知の自己抗体はすべて陰性であった.
(診断)ラット脳スライスで小脳分子層を認識する抗体の存在を確認し,cell-based assayで抗原を同定した.代謝型グルタミン酸受容体に対する自己抗体(抗mGluR1抗体)であった(写真).自己免疫性小脳失調症と診断し,免疫療法にて改善を認めた.

症例4.両足MMF症候群と歩行障害を呈した一例
55歳で振戦と右手の使いにくさが出現し,パーキンソン病と診断された女性.58歳で歩行障害と転倒,さらに複視が出現した.61歳ときに入院.wall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplaegia (WEBINO症候群;交代性外斜視をともなう両側性の核間性外眼筋麻痺,橋被蓋部や中脳の病変で生じる)を認めた.カンプトコルミアも認められた.
(診断)進行性核上性麻痺(PSP).PSPにWEBINO症候群を合併した症例報告は3例あるとのこと.

症例5.ジストニアやミオクローヌスなどの片側の不随意運動を認めた89歳女性例
急性発症し,4日間の経過でさまざまな左手の不随意運動が増悪した89歳女性.ジストニア,ミオクローヌス,そしてヘミバリズムを呈した.既往歴に糖尿病を認め,このとき血糖値593 mg/dL,HbA1c 12.9%であった.T1強調画像で高信号病変なし.
(診断)高血糖性ヘミバリズム

症例6.小児期に発症し,歩行障害・書字障害が緩徐に進行した18歳女性
4歳から走ると転倒.以後,歩行障害と書字困難(ミオクローヌスに伴う)が増悪した.15歳で病院受診,症候的にはジストニアとミオクローヌス.日内変動なし.DATスキャンは正常.家族歴もなし.
(診断)DYT11.常染色体優性遺伝.SGCE(イプシロンサルコグリカン)遺伝子変異.臨床症状はミオクローヌスとジストニアが主要症状.軽症では本態性ミオクローヌスとなる.ミオクローヌスが主症状で動作を阻害する.上肢と体幹筋に多く,大半はアルコールで改善する.治療ではレボドパは無効,クロナゼパム,バルプロ酸はやや有効,アルコールは著効.

症例7.突然あるけなる男児と,激しく首を振る女児~同じ遺伝子の変異による異なる病型~
2症例の報告.1例目は6歳男児で,一過性に出現する小脳性運動失調で小脳萎縮あり.2例目は2歳女児で,乳児早期から追視時の激しい首振り=頭部の衝動性回転(head thrust)を認めた.head thrustは眼球運動失行を補正するため代償性に認められる.
(診断)両者ともCACNA1A遺伝子変異.1例目はEpisodic ataxia 2(EA2).2例目は眼球運動失行+先天性失調症で,既報に当てはまらない表現型.他には家族生片麻痺生片頭痛(FHM1)やSCA6を呈しうる.

症例8.下唇のやや律動的な偏位の一例
左右に規則的に下唇が偏位する63歳女性.口を開けると増強し,会話で消失する.首を触ると軽減する.会話は可能.Distractionの手技で消失し,Entrainmentの手技で追視させると,目の動きに合わせて同じ方向に下唇が動く.
(診断)機能性下唇ジストニア

症例9.急速に認知機能が低下したパーキンソニズムの一例
41歳時に右手の振戦にて発症した46歳男性.42歳で歩行障害,転倒.45歳で睡眠障害とpundingが出現.家族歴あり.症候的には右ジスキネジアと姿勢保持障害も認める.
(診断)FTDP-17(MAPT遺伝子変異).これは1996年に遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズムにつけられた名称で,原因遺伝子座が第17 番染色体に連鎖するため名称に17がついた.しかし,この名称は歴史的な役割が終えたものと考えられている.詳しくは下記ブログを参照.R.I.P.(安らかに眠れ),FTDP-17

症例10.緩徐進行性のChoreoathetosisに対しGPi-DBSが奏効した17歳女性例
3歳から左上肢のジストニア+ジスキネジア.以後,L-DOPAなど様々な薬物療法が行われたが効果なし.16歳で両側上肢にChoreoathetosisが出現,17歳でジスキネジアの増悪.左下肢ジストニアに伴う関節拘縮.頭部MRIは異常なし.SPECTでは基底核と小脳の血流低下.テトラベナジンが有効.
(診断)GNAO1変異.GNAO1 は3量体Gタンパク質のαサブユニット (Gαo )をコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.小児の難治性てんかんの原因遺伝子として同定された.第11回大会でも同遺伝子変異例が出題されている.
★重度の知的障害及び運動発達遅滞を伴う難治性てんかんの16歳女性と14歳男性
1例目は生後56日で難治性てんかんを発症,1歳4ヶ月で全身性不随意運動(激しいバリスム様).14歳右淡蒼球凝固術.重症の精神運動発達遅延を呈する.2例目(1例とは無関係)は,乳児期より精神運動発達遅延と筋トーヌス低下(坐位を保てず,立位はできても体幹が前屈する).7歳上肢の肢位異常,9歳で嚥下障害.てんかんなし.いずれの症例も頭部MRIでは異常なし.両者は表現型は異なるが,同じ疾患であることがエクソーム解析の結果判明している.

症例11.両下肢の震えを主訴に来院した男性
仕事中,起立時に両下肢の震えが出現した59歳男性.前屈位,後屈位で増強する.頭部MRI,DATスキャンともに正常.MIBG心筋シンチ正常.表面筋電図では7Hzの大きな筋放電の繰り返しと13~14Hzの小さな繰り返しがある.安静で消失.
(診断)Primary orthostatic tremor.Primaryは現時点では基礎疾患がないという意味で用いられている.介護職で立ち仕事で,これが動作特異性(task-specofic)に誘因になったかもしれないという議論があった.

症例12.外傷後に右下肢の不随意運動をきたした35歳女性
35歳のエアロビクスのインストラクターが,右足外傷後に,同部位の多彩なパターンを示す不随意運動(ジスキネジア)を呈した.リラックスすると振幅は増大し,足首を背屈させると軽減する.Distractionなし.
(診断)機能性不随意運動ないしperipherally induced movement disorder.後者は脳神経や末梢神経,神経節への外傷を契機に出現する不随意運動.文献を参照.

症例13.腹部に不随意運動を生じた低カルシウム血症の一例
82歳男性で,多発性骨髄種に対しdenosumabによる治療が行われた.副作用である低カルシウム血症が生じたが,同時期より腹部に非律動的なミオクローヌスが出現した.FAB 9点と前頭葉機能低下があり,頭部MRIで白質変化が認められた.
(診断)Eplepsia partialis continua (EPC),皮質性ミオクローヌス.

症例14.亜急性にパーキンソニズムとPisa症状をきたした66歳女性
右優位の運動緩慢と小歩症,姿勢保持障害に加え,MCIを呈した.DATスキャン取り込み低下なし. SPECTで左側頭葉から頭頂葉にかけての血流低下.頭部MRIでは左側頭葉におけるT2*で多発microbleedsを認める.
(診断)脳アミロイドアンギオパチー関連白質脳症(CAA-related inflammation;CAAri).ステロイドパルス療法で,運動緩慢と歩行障害が改善した.CAAriでパーキンソニズムをきたした報告は過去に2症例あり.皮質病変でパーキンソニズムをできたしたという報告もある.

症例15.四肢,顔面の不随意運動と中枢性肺胞低換気を呈する家族性運動失調性の一例
41歳で網膜色素変性症の既往.姉も類症.歩行障害,開鼻声(声が鼻に抜ける)が緩徐に進行.四肢・体幹の失調,錐体路徴候,抑うつ,感音性難聴,低身長,中枢性睡眠時無呼吸(AHI 78.4/h),夜間に増悪する肺胞低換気を認めた.
(診断)ATAD3A遺伝子変異の疑い.ATPase family, AAA domain-containing, member 3A (ATAD3A).この遺伝子はミトコンドリア膜タンパクをコードしている.遺伝形式は常染色体優性.既報ではHAREL-YOON症候群(精神運動発達遅滞,知的障害,発語障害,摂取障害,睡眠障害等)が報告されている.



多系統萎縮症に対するPROMESA試験の失敗 ~学ぶべきものはなにか?~

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【期待されたPROMESA試験】
多系統萎縮症(MSA)に対する臨床試験(PROMESA試験)の結果が報告された.PROMESAはPROgression rate of Msa under Egcg Supplementation as Anti-aggregation-approachの略で,αシヌクレイン凝集を顕著に阻害し,これに関連した神経毒性を減らす作用がある没食子酸(もっしょくしさん)エピガロカテキン(Epigallocatechin gallate;EGCG)が,MSAの進行速度を抑制するのではないかと非常に期待された臨床試験である.EGCGはカテキン(ポリフェノールの一種で,昔からタンニンと呼ばれてきた緑茶の渋みの主成分)のひとつで,エピガロカテキンと没食子酸のエステルである.抗酸化活性を示すと同時に,αシヌクレイン・オリゴマーにモノマーが結合し,凝集することを強力に抑制することが,in vitroおよび動物を用いた前臨床試験で明らかにされていた.

【方法と結果】
本試験はランダム化比較試験として,ドイツにおける12施設で実施された.対象は30歳以上のGilman分類probableないしpossible MSAに該当する患者で,かつYahr分類で1-3とした.92名が参加し,EGCGまたはプラセボを無作為に1:1(実薬47名,偽薬45名)で割り付けた(またMSA-PとCでブロック・ランダム化が行われた).最初の4週間は1日1回経口内服(計400 mg),つぎの4週間は1日2回(計800 mg),そ してつぎの40週間は1日3回,副作用によっては2回内服とした(計1200 mgないし800 mg).48週間後, 4週間の休薬期間を設けた.主要評価項目は52週後のUMSARSの運動スコアの変化とし,安全性も確認した.

さて結果であるが,67名が治療介入を,64名が試験を完遂した.EGCG群におけるUMSARS運動スコアは,偽薬群と比較して,有意差を認めなかった(EGCG群5·66±1·01,偽薬群6·60±0·99: 平均値の差 –0·94±1·41(95% CI –3·71~1·83; p=0·51). EGCG群のうち4名,偽薬群のうち2名が試験期間中に死亡した.またEGCG群のうち2名が肝毒性のため治療を中止した.
以上のように, EGCGによる48週間の治療はMSAの進行を抑制できなかった. 安全性に関しては,概して忍容性は良好であったものの,一部の患者では肝毒性を認めたことから,1200 mgを超えて使用すべきではないと考えられた.

【果たせなかった約束】
PROMESAはスペイン語で「約束」の意味である.試験に関わった者は,患者との「治療を実現するという約束を果たそうとした」のかもしれない.もしくはこの臨床試験を,万全を期して計画し,「成功は約束されている」と考えたのかもしれない.事実,ROMESA試験は従来の試験の結果を参考にしてさまざまな工夫がなされている.

・過去の自然歴データを利用し,綿密にパワー計算を行い参加人数を決め,主要評価項目を設定した(検出力80%,p値5%,効果サイズ50%,脱落率20%に設定した).
・これまでで最多の参加者をエントリーした.
・使用可能な最大投与量まで増量した.
・理論的にMSAの病態を修飾しうる薬剤を用い,前臨床試験でも有効性を確認した.

しかし,これだけ行ったにもかかわらず臨床試験は失敗した.関係者はもちろんのこと,私どもこの試験に期待をしていた医師,そして患者さん,家族は大きく失望したのである.

【失敗から学ぶべきものはなにか?】
では今回の失敗から学ぶべきものはなにか?著者らは以下を挙げている.
・遺伝的要素,および,より詳細な病態の理解.
・最適な(非運動症状を含む)エンドポイントの決定
・最適な(早期診断と治療効果判定のための)バイオマーカーの同定.
・より病態を反映する前臨床モデル.
・(間違っている可能性のある)病態仮説によらないモデルの構築(例えばiPS細胞モデルのような患者由来のモデル).

そして現行のMSAの臨床診断基準(改訂Gilman基準)の改訂が必要であろう.早期診断に限界がある.実際に,2020年を目標に,MSA criteria revision task forceによる診断基準の改訂が進められている(Stankovic I et al. Mov Disord 2019;34: 975-984).以下がその方針である.

1.診断の確かさの改善(感度・特異度>80%)
2.さまざまな臨床亜型の取り込み
3.レボドパ抵抗性の適切な定義                       
4.診断を支持しない項目の見直し
5.補助診断(画像診断,OHの定義の見直し)

個人的にはmultiple systemではなく,mono systemの変性の段階で治療を開始する必要を感じる.失敗を糧として,知恵を総動員して,MSAの病態抑止療法を成功させる必要がある.

Johannes L, et al. Safety and efficacy of epigallocatechin gallate in multiple system atrophy (PROMESA): a randomized, double-blind placebo-controlled trial. Lancet Neurol 2019 Published Online July 2, 2019


オープン・イノベーションとマッチング -産学連携開始を目指して-

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日本神経学会が主催するサマースクール「神経疾患に対する創薬トランスレーショナルリサーチを学ぶ」において実例紹介の講師を務めた.私達が取り組んでいる脳梗塞に対する3つの創薬シーズ(t-PAとVEGF抑制薬の併用,成長因子プログラニュリン,低酸素・低糖刺激細胞療法)を紹介し,これまでの経験から創薬の成功の鍵を握る以下の5点について説明を行った.

❶ 対象疾患,標的分子を慎重に選択すること
❷ 動物実験の質を高めること(ヒトの臨床を反映させること)
❸ 特許の要件,とくに新規性と進歩性について理解すること
❹ 資金と出口戦略を考えること
❺ 産学連携で求められることを理解すること

❹は,研究資金をどのように獲得し,製薬企業にどのような形でシーズを引き継ぐかを考えることである.私達は,創薬シーズが早期の段階から製薬企業との積極的な議論を目指すようになった.それは公的資金の獲得でつまずきうまく行かず,途方に暮れていたとき,産学連携という道があることを友人が教えてくれたがきっかけであったが,それ以外にも,必ず最終目的地(出口)が製薬企業であり(薬剤の承認申請,製造,販売を行うのは製薬企業であるため),製薬企業との何らかの合意に達するまでの期間が,特許の各国移行の期限=出願後30ヶ月と極めて短いためである.

しかし,製薬企業との連携開始は容易なことではない.その理由は①シーズが未熟なearly stageでは製薬企業が関心を持たない,もしくは連携開始の決断をしないこと,②それ以前にアカデミア研究者が同じ目標をもつパートナー(製薬企業)にどのように巡り合ったらよいか分からないことが挙げられる.ここでは②に関連して,パートナーに巡り合う方法としてのオープン・イノベーションとマッチングについて紹介したい.たとえシーズが未熟で産学連携がうまく行かなくても,製薬企業との議論は必ず研究の推進に役立つ.

1)オープン・イノベーション
これは組織内部のイノベーションを促進するため,組織の枠を超えて「外部の知見を活用する」こととである.疾患標的分子の枯渇や,研究費に対する新薬創出の成功率の低下などを背景に,製薬企業でも近年,積極的な取り組みが行われている.「製薬会社の研究公募活動の一覧」というホームページで最新の情報を入手できる.私達は第一三共株式会社TaNeDSに採択され,2年弱,成長因子プログラニュリンに関する共同研究をしたが,企業の研究者との交流を通して非常に多くのことを学ばせていただいた.



2)マッチング
以下のようなマッチングの機会を提供するという試みがあり,以下のものがある.私は何度もこのような機会に参加し,直接,創薬シーズをプレゼンテーションすることで,製薬企業が何を求めているのか,何が自分たちのシーズに足らないのかを理解することができる.ぜひトライしていただきたい.

DSANJ Bio Conference(旧DSANJ疾患別相談会)
日本医療研究開発機構,日本製薬工業協会,大阪商工会議所等が主催.事前に情報提供を行い,関心を持った企業と面談.

BioJapan
BioJapan 組織委員会が主催.ブースにポスターや資料などを配置し,来場した製薬企業の担当者と名刺交換や面談する. 

BIO tech
リード エグジビション ジャパン 株式会社が主催.

新技術説明会
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が主催.

創薬シーズ相談会
医学系大学産学連携ネットワーク協議会(medU-net)が主催.

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