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Channel: Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文
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シャルコー先生をめぐる旅

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今年の誕生日はパリに滞在し,敬愛するシャルコー先生(Jean Martin Charcot, 1825-1893)をめぐる旅をした.1882年,パリ大学に世界初の神経学講座が開設されたが,先生は初代教授として筋萎縮性側索硬化症や振戦麻痺(パーキンソン病),多発硬化症,脊髄癆等を正確に記述し,さらにヒステリー研究にも取り組まれ,「神経病学のナポレオン」と呼ばれた.今回,先生が診療と研究を行ったサルペトリエール病院,臨床講義を描写した有名な絵(Une leçon clinique à la Salpêtrière, Brouillet 1887)が展示されるパリ第5大学(医学史博物館),そして先生が眠るモンマルトル墓地を訪れた.

【シャルコー先生の研究の現代的意義】
私はシャルコー先生に強い興味を持ち,関連する書籍や文献を集めてきたが,興味の理由は偉大な研究者であることと同時に偉大な教育者であったためだと思う.先生はつまり教育に情熱をかけていたことで知られている.その実績はPierre Marie,Babinski,Gilles de la Tourette,Freud,三浦謹之助など優れた弟子を数多く育てたことからも容易に理解できる.先生は2つの有名な講義,つまり入院患者をテーマとして念入りに準備をして行う「金曜講義」と,主に外来患者を扱い即興的に行う「火曜講義」に取り組まれた.いずれも院外はもとより海外からも多数の聴講者が集まったそうだ.「火曜講義」は,「シャルコー神経学講義(白揚社1999)」や,「シャルコー 力動精神医学と神経病学の歴史を遡る(勉誠出版2007)」といった書籍で読むことができる.

その研究に関して,Rush大学のGoetz教授は,現代の脳神経内科医における重要な意義を3つ挙げておられる.1つ目は神経学における臨床と病理の協働によるアプローチを確立したこと(複数の患者の共通する症候を丹念に記載し,病理学的共通点を見出し,症候や疾患概念を検討する方法論の確立),2つ目は他の領域の進歩を神経学に積極的に取り込み発展させること(写真機とメトロノームを連動させ,不随意運動の連続写真を撮影したり,様々な研究部門をサルペトリエール病院内に設立したこと),3つ目は神経疾患の病態の理解に遺伝学の役割を重視したこと(家系内の異なる表現型も同一の病態ではないかという視点を持っていた)である.

【印象に残る「火曜講義」の2つのことば】
個人的にシャルコー先生から強く影響を受けたのは「典型(type)と亜型(formes frustes)」に関する考え方である.以下,1888年3月20日の火曜講義の言葉を引用する.

「基本形を学ぶ事は病気の記述をする基礎になります.それは欠くべからざるものであり,漠然とした混沌の中から1つの病態を抽出できる唯一の方法です.・・・しかしいったん基本型というものが確立されれば,その次の作業が始まります.基本型を詳細に調べ,各部分を分析していくのです.つまり,症状が1つだけ単独で生じているような不全型も認識できるようにならなければいけないのです.この2番目の方法を用いれば,医師は基本型もまったく新しい光に照らして見られるようになります.・・・病気のごく初期の段階であっても,医師は病気を敏感に察知するようになり,それが患者の利益につながるのです」
私は進行性核上性麻痺(PSP)や多系統萎縮症などの神経変性疾患に関心を持っているが,まさに現在,世界で行われている治療を目指した研究はシャルコー先生が述べたことに他ならない.PSPを例とすると,典型的な症例(Richardson症候群)の検討から始まり,さまざまな不全型=亜型の発見に発展し(atypical syndrome;例えばPSP-PGF),改めて典型例を見直して診断基準を作成し(MDS-PSP criteria),つぎに早期診断と治療を目指すという作業はまさに火曜講義の言葉そのものである.

もうひとつ印象の残る言葉は,ALSに関する講義の中で,治療不可能な神経疾患ばかり無意味に研究しているという批判に対して述べられたものである.
「批判をものともせずに観察を続けましょう.研究を続けましょう.これこそが,発見をするための最良の方法です.そしておそらく,努力することによって,将来私たちがこうした患者に下す判決は,今日下さざるを得なかった判決と同じではなくなるでしょう」(1888年2月28日)
この教え通りに,世界中の脳神経内科医は神経難病に取り組み,難攻不落の厚い壁にいくつもの風穴を空けてきたと思う.若い脳神経内科医にもこの言葉を知っていただきたいと思う.

【シャルコー先生のお墓参り】
さて今回の旅ではまず,スタンダールやドガ,ベルリオーズなど著名人も眠るモンマルトル墓地を訪れ,お墓参りをした.モンマルトル墓地はセーヌ川右岸パリ北部,モンマルトルの丘にある.入り口は1箇所で,メトロでは13号線,2号線のPlace de Clichy駅,または2号線のblanche駅が近いが,私はパリで発達しているUberを利用した.広大な墓地であるが,入り口をくぐってすぐに著名人の墓地の場所を記載した地図があるので,以前,ベルリンでRomberg先生の墓地をなかなか見つからず途方に暮れたときのような苦労はなかった.シャルコー家の墓地は写真のような祠型で,お参りをしてから中に入ると先生の名前を見つけることができた.



【臨床講義の絵】
つぎにパリ第5大学(パリ・デカルト大学)の医学史博物館を訪問した.
Musée d’Histoire de la médecine, Université Paris Descartes, 12 Rue de l'École de Médecine 75006 Paris

メトロ4号線Odéon駅下車,出口すぐのエコール・ド・メディシン通りに入ると徒歩2分である.Musée d’Histoire de la médecineの看板を見つけ,中に入り,階段を登ると有名なサルペトリエール病院での臨床講義の絵(Une leçon clinique à la Salpêtrière, Brouillet 1887)が見える.このように大きな絵画とは思わなかったため迫力に驚いた.ほぼ等身大のシャルコー先生が錚々たる神経学者たち(Pierre Marie,Babinski,Gilles de la Touretteなど)を前に講義する様子が臨場感豊かに伝わった.昔から眺めてきた絵であり,やっと会えたと思い感激が湧き上がった.向かい側の壁にはこの「講義」に描かれている31名の人物の名前が記載された図もあり,興味深く拝見した.講義をするシャルコー先生の横で倒れかけている女性を抱えているのはBabinski先生であるが,その女性はMarieあるいはBlanche Wittmannという名前のヒステリー患者である.先生は前述の通り,典型と亜型にこだわられたが,このMarieさんは大ヒストリーの4段階を呈する典型例であったため,当時のヒステリー研究ではとても有名な患者であった.



鑑賞後,入場料を支払って医学史博物館に入ると,古代エジプトの医療器具から始まり,昔の手術道具や人体模型などが陳列されていた.関心を持ったものが2つあった.1つ目はやはりシャルコーの弟子で,Meige症候群に名前を残したHenry Meige先生(1866-1940)が使用していたハンマー.ハンマー収集家の私も初めて見る形状のものであった.



2つ目は,Paul Richer(ポール・リシェ;1849-1833)によるスケッチ .この人物はサルペトリエール病院にてシャルコー先生の助手を務め,のちに1882年から1896年まで研究所長を務めたが,解剖学者であると同時に,美術学校で美術解剖学を教えた異色の神経学者であった.この絵の説明書きのフランス語を娘に送り訳してもらうと「歴史的に大きな影響を与えるような出来事は必ず前兆があるものだ.彼女は次の4つの文章を残した:てんかんの期間,思い切った行動をする期間,情熱的な態度を見せる期間,錯乱状態の期間」という返事が戻ってきた.つまり前述の大ヒステリー発作の4段階を記載したスケッチであることが分かった.大ヒステリー発作については,前兆症状のあとまず強直性筋緊張をともなう「類てんかん期」,続いて間代性痙攣またはアクロバット様の全身運動を呈する「大運動発作期」,さらにいくつかの情動的状態を生き生きと再現する「熱情的態度期」,そして最後に泣き笑いを伴う「せん妄期」を経て現実に帰還するが,これを描写したスケッチだと分かった.実はシャルコー先生自身も若い頃,画家になるか否かで悩んだほどの画才の持ち主で,そのことが先生の築いた人体・裸体の「観察」を重視する神経学の方向を定めるのに大きく影響したと岩田誠先生は指摘している(パリ医学散歩.岩波書店1991).そしてシャルコー先生にとってもっとも信頼できる「眼」がこのリシェであり,リシェに与えた学位論文のテーマが,まさにこのヒステリー性のてんかん発作だった.



【サルペトリエール病院】
最後にサルペトリエール病院に立ち寄った.パリ大学からぶらりと30分ほどかけて散歩すると,古い病院の歴史を感じさせる門にたどり着く.門をくぐると文献で何度も目にしたことがある威厳の満ちた建物が眼前に広がり息を呑んだ.1656年,ルイ14世が建築家リベラル・ブリュアンに命じて設計された病院付属礼拝堂である.この建物は今も使用されているようで,隣接する建物のなかから患者さんが搬送されていった.そのあと敷地内の看板にBabinskiという名称を見つけ,そこを目指して構内左奥に進んでいくと,玄関にBabinski先生を紹介するパネルがあり,その建物の中に入ると神経学や筋学,脳卒中救急,神経放射線,神経生理学,神経病理学,麻酔科,耳鼻科といった部門が臨床や研究を行う施設であった.カフェがあり,そこで休んでいると医師のみならず患者さんも訪れ,フランス語は分からないながらも小脳性の言語障害のようで,脊髄小脳変性症の患者さんのようだった.シャルコー先生の伝統を引き継ぐ医療が行われているのだろうなと思った.また神経科病棟のそばにはシャルコー講堂があり,一階は講堂,二階がシャルコー図書館としてフランス神経学の古典を蔵している.





【おわりに】
岐阜大学では現在,皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy;CCA)に関心を持って免疫学的アプローチから研究を行っている.CCAのプロトタイプもシャルコー先生の弟子のPierre Marieの報告(1922)に遡る(いわゆるMarie, Foix, Alajouanine型のlate cortical cerebellar atrophy;LCCAである).CCAの研究は,現在の神経学がシャルコー先生を中心としたサルペトリエール学派(パリ学派)の影響を強く受けていることを再認識するとともに,神経学の歴史を学ぶことは,神経学への興味を一層高め,またその理解は教育においても重要であると感じた.そしてなにより神経学の歴史のなかに自分が関われていることに喜びを感じた.シャルコー先生をめぐる旅は大変貴重な経験となった.

Goetz CG. Charcot: Past and present. Rev Neurol 201;173:628-636
Marie P, Foix C, Alajouanine T. 1922 De l'atrophie cerebelleuse tardive a predominance corticale. Revue Neurologique. 38 849-885 1082-111


国際頭痛学会2019@ダブリン―新しい片頭痛治療の夜明け―

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2年毎に開催される国際頭痛学会の今回のテーマは「新しい治療の夜明け」です.標的はカルシトニン遺伝子関連ペプチド (calcitonin gene-related peptide: CGRP)シグナルです.知っておくべき知見は以下になります.

1)片頭痛発作中にCGRP放出は増加する.
2)三叉神経血管反射の中枢である三叉神経節は,通常,血管収縮に防御的に作用するが,片頭痛患者ではこのシステムがトリガーとなり,痛みを知覚する.
3)三叉神経節において,CGRPはC-fiberに発現し,CGRP受容体はAδ-fibereに発現する.
4)三叉神経節や硬膜は血液脳関門を欠くため,CGRPやその受容体を標的とした治療薬の可能性が生じる(CGRPは末梢で作用するため,血液脳関門を通過しない抗体薬が効果を発揮しうる).
5)実際にCGRP受容体拮抗薬に加えて,抗CGRP抗体(eptinezumab, fremanezumab,galcanezumab)あるいは抗CGRP受容体抗体(erenumab)が片頭痛発作の予防に対して有効,かつ副作用が稀であることを示す臨床試験が複数発表された.
6)片頭痛の慢性化は神経原性神経炎症,つまり三叉神経血管系における神経細胞,グリア細胞におけるプロテインキナーゼ活性化(CGRPシグナルの下流にあるcAMP依存性PKAの活性化)を介したサイトカイン放出により生じるという説が有力になりつつある.

CGRPカスケードと各種抗体薬の効果に関する図は以下になります(Nat Rev Neurol. 2018;14:338-50.より引用)



今回の学会は,プレナリーから教育講演にいたるまで,ほとんどがCGRP関連です.2年前の本会とは打って変わって,エキシビションでも多数の製薬企業のブースが並び,大きな変化を感じます(写真はAmgenのAimovig®とTevaのAjovy®のブース).日本でも臨床試験が進行中で,近い未来に片頭痛治療の新しい時代が来ることは間違いありません.



ショートスリーパー(短時間睡眠者)の遺伝子とメカニズム!

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【ショートスリーパーとは】
私は20歳代の頃から睡眠時間が短く,ずっと4.5-5時間睡眠だった.最近は4.5時間が続くと風邪を引きやすい気がして,意識して長めにベッドにいるが,それでも6時間眠れることは年に数回もなく,決まって3時か4時には目が覚める.目覚ましで起きたこともない.3時台からメールを送信し,人から驚かれる.5時間も眠れば会議でウトウトすることはない.国際睡眠分類第3版でいうところのショートスリーパー(短時間睡眠者)である.定義は「日常的に毎晩平均6時間未満の睡眠時間しかとらなくても,睡眠・覚醒についての訴えがない」状態で,「体質的な睡眠欲求の減少」とも記載されている.歴史上の有名な人はナポレオン,エジソン,サッチャー,日本だと森鴎外,野口英世などだが,2009年の発見までショートスリーパーのメカニズムは全く謎に包まれていた.

【ショートスリーパー1番目の遺伝子】
職業や受験勉強などの睡眠環境やコーヒーなどの刺激物によらない短時間睡眠は,natural short sleep(NSS)と呼ばれる.NSSは通常,孤発性(非遺伝性)である.私も遺伝性ではないが,一部に家族例がみられる(familial NSS; FNSSと呼ぶ).2009年にUCSFのFu教授らは,FNSSの原因遺伝子を初めて同定した.具体的には転写抑制遺伝子DEC2にミスセンス変異を見出し,Science誌に報告している.この遺伝子は概日リズムに関わると考えられている.Fu教授らは50家系以上の家族例を集積したが,DEC2遺伝子変異はその後,孤発例で1例認めただけで稀であった.そして10年をかけて,優性遺伝形式を示す1家系において 2番目の原因遺伝子を同定し,最新号のNeuron誌に報告した.

【2番目の原因遺伝子は意外なものであった】
連続する3世代わたり4~6時間の短時間睡眠を呈した家系(図)に対し全エクソーム解析を行い,短時間睡眠者全員にβ1アドレナリン受容体をコードするADRB1遺伝子におけるミスセンス変異(A187V変異)を見出した.既知の遺伝子変異で,10万人あたり約4人の稀な変異であることがデータベース上で公開されている.中枢神経のノルアドレナリンシグナルが睡眠を調整することは知られ,中枢神経α1ないしα2アドレナリン受容体についても検討もなされてきたが,β1受容体は今まで注目されておらず意外な結果であった.



【遺伝子変異がβ1受容体にもたらす影響】
まずin vitroの研究が行われた.β1受容体はGタンパク質共役型受容体で,ノルアドレナリンと結合するとアデニル酸シクラーゼが活性化されcAMPが産生されるが,A187V変異によりβ1受容体分子は不安定となり分解が早く,かつノルアドレナリン結合後のcAMP産生の低下(機能障害)も認められた.

次にA187V変異を持つ遺伝子改変マウスを作成したところ,野生型と比べ,睡眠時間は1時間ほど短く,ヒトの表現型を再現した.さらに覚醒している間はより活発に動くことが明らかになった.

【β1受容体陽性神経細胞は覚醒を調節する】
さらに遺伝子改変マウスを用いて,β1受容体が高発現する領域が,睡眠調節に関わる橋背側であること,そしてβ1受容体陽性神経細胞の活性は,生理的状況において,覚醒時とレム睡眠中に高く,ノンレム睡眠時には認めないことが分かった.このことから橋背側のβ1受容体陽性神経細胞が覚醒を調節する可能性を疑い,光遺伝学的手法を用いてこれらの神経細胞を刺激すると,ノンレム睡眠中のマウスは予想通り覚醒した!

最後にマウス脳スライスを用いて,A187V変異を有する神経細胞は容易に活性化されやすいことが示された.遺伝子変異により,アゴニストにより興奮する(覚醒を促す)神経細胞数は保たれるものの,アゴニストにより抑制される(睡眠を促す)神経細胞数が減るため,相対的にβ1受容体陽性神経細胞は活性化しやすくなり,覚醒に作用して睡眠時間が短縮すると考えられた.なるほど,β遮断薬の副作用に眠気があることも頷けるわけだ.

【本研究の意義】
1)NSSの一部は遺伝性であることが改めて示された.睡眠は複雑であるが,一部は遺伝子が規定していることを意味する.
2)睡眠の恒常性に橋背側のβ1アドレナリン受容体陽性神経細胞が関与することが示された.この知見は新たな睡眠・覚醒のメカニズムの解明につながる可能性がある.

ちなみにFu教授を取材したneuroscience newsの記事によると,機序は不明ながら,ショートスリーパーはより楽観的で,活動的で,マルチタスクが得意であるばかりか,痛みに対する閾値が高く,時差ボケが少なく,長寿であるそうだ(本当かな!?).もし睡眠時間短縮やこれらの良い効果のメカニズムが分かれば,多くの人に役立つ夢の治療薬につながるのかもしれない.

Neuron. 2019 Aug 28. pii: S0896-6273(19)30652-X.

学会場で学ぶリーダーシップ・メンターシップ

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コングレス2日目,プレナリーセッションで印象に残ったのはCynthia Comella教授(Rush大学)によるIn our own words: Traveling the career path in Movement disordersというレクチャーだった.主旨は本学会のリーダーたちの言葉を用いて,リーダーシップとメンターシップを学ぶというものであった.



前半のリーダーシップでは,Comella教授自身はアリストテレスの3要素(エトス,パトス,ロゴス=信頼,共感,理論)を引用して,リーダーシップ=説得力+ビジョンと強調されていた.またThe Five Practices of Exemplary Leadershipという書籍を紹介し,優れたリーダーは次の5項目を実践していると説明し,それぞれの項目において学会のリーダーたちの言葉を紹介した.

1. Model the Way(自分自身の価値観をつくると同時に,仲間の価値観にも耳を傾ける)
2. Inspire a Shared Vision(将来,成し遂げたいビジョンを持ち,チームに語り,共有する)
3. Challenge the Process(挑戦し,周囲のアイデアを受け入れ,失敗から学び,成果を重ねる)
4. Enable Others to Act(仲間と信頼を深め,協同できる体制を整え,仲間の能力を高める)
5. Encourage the Heart(仲間一人一人の貢献や成果を認め,感謝を伝え,祝う)

後半のメンターシップでは,学会のリーダーたちの若い研究者に向けての言葉「本当に関心のある領域を選ぶこと,悪い状況から方向転換する勇気を持つこと,忍耐力,チームスピリットをもつこと,何もしないのは失敗するより悪い」などが紹介された.またメンターは「メンティーのために時間を作り,しっかり話を聴くこと.可能性を信じて勇気づけ,経験に基づく助言を行い,成長の機会を与えるべき」と述べていた.

実は43人もの学会のリーダーの言葉が,Leadership in Movement Disorders: Expert Advice and Crucial Career Moments (English Edition)という書籍にまとめられ,今年の6月に発売されている.キンドルで早速,ダウンロードして好きな先生の箇所を読んでみた.本レクチャーはStanley Fahn先生の功績を讃えて行われるものであったが,Fahn先生は「自身のリーダーとしての強みはなにか?」という質問に対し「周囲に耳を傾け,疑問や問題をあらゆる側面から理解しようと努力し,それから合理的な決断をくだすことだ.この方法で周囲に納得してもらい,そして熱心に取り組んでもらうことができた」と答えられていた.高橋良輔京都大学教授もビジョンと夢を共有すること,他の人の意見を聞くことの大切さを語っておられる.まさにリーダーシップを学ぶのに最適の本だ.

結論としてリーダーシップは「学んで身につけられること,そのために説得力+ビジョンを身につけ,周囲や後進の話をよく聴き,自身の経験によりチームを導く」ということだ.このような話を参加者全員で聞くことはとても素晴らしい機会だと感じた.学会は次代のリーダーを積極的に育てる必要があると改めて感じた.


MDS2019 ビデオ・チャレンジ@ ニース

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パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS2019)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例のビデオを持ち寄るビデオ・チャレンジです.各症例の不随意運動をいかに評価し,診断・治療に結びつけるか,壇上のエキスパートが議論しますので勉強になります.しかし各国,選りすぐりの症例ですので正しく診断することはなかなか難しいです.それと今年は初めてのことが2つありました.イランからの素晴らしい症例提示があったことと,症例として馬(!)が提示されたことです.ぜひみなさんもトライしてみて下さい.



Case 1(米国)
主訴と病歴のみ提示.右鼻先周辺の顔面筋の痙攣が,2年かけて徐々に増悪し,目に加えて耳(!)まで収縮まで見られるようになった.

➔ 患者は馬だった.馬のhemifacial spasm.馬の顔面神経の走行や顔面筋の分布の図が提示された.

Case 2(トルコ)
61歳男性.既往歴に糖尿病.1年前からの右手のヘミジストニアないしヘミコレア.1ヶ月で右腕,右足,右顔面に進展した.軽度の構音障害,下肢腱反射消失.家族内類症・血族婚なし.フェリチン異常高値.頭部MRIで基底核に鉄沈着.

➔ 遺伝性無セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子フレームシフト変異ホモ接合).本症の三徴は,糖尿病,網膜変性症および中枢神経症状(不随意運動,小脳性運動失調,認知症).

Case 3(インド)
32歳女性.5年前から行動異常と四肢・体幹の不随意運動.坐位・立位で落ち着かず,体を前後に揺らす(電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス)..易怒性と妄想.追視困難,緩徐なサッケード.頭部MRI異常なし.

➔ 遺伝性低セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子ミスセンス変異ヘテロ接合:既報告の変異).通常は小脳性運動失調症を呈するが,まれにこのような表現型を呈する.

ここでHonorable mentionとして,応募者によるプレゼンはないものの興味深い症例が紹介された.まず3症例が紹介され,1つめはSCA17(進行性ミオクローヌスてんかんを呈しうる疾患の鑑別),2つめはARSACS(Autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay)で網膜有髄神経線維の増生やT2 強調画像の橋の線状の低信号,3つめがAOA4(Ataxia-oculomotor apraxia type 4:PNKP遺伝子重複,10歳台に発症し,失調とジストニア,眼球運動失行,ニューロパチーを呈する.頭部MRIでオリーブ核肥大)が紹介された.

Case 4(イラン)金メダル受賞!
3歳男児.両親血族婚.発達遅滞.生後4ヶ月から首の不随意運動.3歳でウイルス性呼吸器感染後に急性増悪し,救急外来を受診.頸部と上肢の激しい舞踏運動.歩行・発語不能.テトラベナジン,L-dopa無効だったが,プラミペキソールで劇的に改善した.

➔ 全エキソーム解析で(ドパミントランスポーターをコードする)SLC6A3遺伝子変異の同定.つまりドパミントランスポーター欠損症の診断.常染色体劣性遺伝.パーキンソニズム,コレア,バリズム,口舌ジスキネジアなどを呈する.

Case 5(ドイツ)
42歳男性.両親は血族婚.Floppy infantで,脳性麻痺と診断された.青年期から夜間を中心に,頸部と腕の,激しくjerkyな不随意運動(ミオクローヌス+ジストニア)が出現,昼は改善する.低トーヌス.女性化乳房.顕著な喫煙(ニコチン)依存.頭部MRI異常なし.瀬川病はGTPシクロヒドロラーゼⅠ遺伝子検索で否定.

➔ 全エキソーム解析でセピアプテリン還元酵素遺伝子ナンセンス変異ホモ接合.セピアプテリン還元酵素(SR)欠損症.本症は3種の芳香族アミノ酸水酸化酵素の補酵素テトラヒドロビオプテリン(BH4)の生合成に関わるSRをコードする遺伝子の異常により,BH4の欠乏を来す常染色体劣性遺伝性疾患.日本でも報告例はあるが極めてまれ.本例はL-dopa 300 mgが有効であった.

ここで2 short casesとして,光過敏性てんかんの2疾患の提示.1つめはJeavons症候群の2歳男児.小児期発症の特発性全般てんかんで,欠神発作と眼瞼ミオクローヌスを呈する(眠そうに閉眼する不随意運動だった).2つめはサンフラワー症候群の9歳男児.光過敏性てんかんによる手を振るような,一見不随意運動に見える発作の紹介があった.さらに光過敏性てんかんということで「ポケモン症候群」の紹介があった.

Case 7(米国)
70歳男性.30歳台から精神症状,パーキンソニズム,50歳台から歩行障害,転倒,姿勢時振戦などのパーキンソニズムが出現.家族内にパーキンソン病多数.L-dopa有効・・・・頭部MRIにてeye of the tiger sign.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)非典型例(PANK2遺伝子変異).20-30歳台で遅れて発症する非典型例は,精神症状,顔面ジストニア,パーキンソニズム,コレア,認知機能障害を呈し,経過も緩徐進行性である.

Case 8(メキシコ)
33歳女性.5ヶ月前から体重減少,咳,発熱,呼吸困難.2週間の経過で,左下肢主体のヘミバリズム.左足首はコレア様.視神経乳頭浮腫.頭部MRIでは多発異常信号病変(脳梁,橋,右基底核).

➔ 結核性髄膜脳炎によるヘミバリズム・ヘミコレア.

Case 9(メキシコ)
66歳男性.2年前から性格変化,近時記憶障害.診察では核上性垂直方向性注視麻痺と運動緩慢を認め,PSP疑い.起立性低血圧,感情失禁あり.頭部MRIで広範で非対称な白質病変+両側基底核病変・・・毛嚢炎,口腔内アフタ.

➔ 神経ベーチェット病.運動異常症を呈することは通常まれだがあり得る.ちなみにPSPで起立性低血圧を合併することはまれ(Neurology. 2019 Sep 4. pii: 10.1212/WNL.0000000000008197.).

ここでHonorable mentionとして,自己免疫性脳炎の4症例の紹介.1つめは抗DPPX抗体脳炎,2つめは抗CASPR2抗体脳炎でコレア合併例,3つめは抗IgLon5抗体脳炎でコレア合併例.最後が一側下肢のpiloerection(立毛筋の逆立ち)を呈した抗LGI1抗体脳炎であった.

Case 11(ドイツ)
69歳男性.2年前からのしゃっくり,腹部の不随意運動.電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス.ポリニューロパチーも合併.腫瘍合併なし.

➔ 抗CASPR2抗体によるisolated segmental spinal myoclonus.免疫療法(ステロイド,アザチオプリン)にて改善.イギリスからの同様の症例(腫瘍合併あり;Neurology. 2018;90:660-661)の紹介.

Case 12(オランダ,チェコ)
同一疾患の2症例の提示.ともに偶然45歳女性.オランダ例は出生時からの不随意運動で緩徐に進行.チェコ例は歩行時と発語時の運動異常が主徴で,脳性麻痺の診断.

➔ グルタル酸血症1型.グルタリルCoA脱水素酵素(GCDH)の障害によって生じる常染色体劣性遺伝性疾患.生後3−36か月の間に,胃腸炎や発熱を伴う感染などを契機に,急性脳症様発作にて発症する.

ここでHonorable mentionとしてジストニア関連の4例の紹介.1つめが全身性ジストニアを呈した母・息子例で,IRF2BPL(interferon Regulatory Factor 2 Binding Protein Like)遺伝子変異例.全身性ジストニアに発語障害,緩徐眼球サッケードを呈する.のこり2例がジストニアに対してGPi-DBSが有効であった症例(うち1例は順天堂大学からの報告).いずれもGNAO1遺伝子変異であった.難治性てんかん,知的障害,運動発達障害,不随意運動を呈する.ちなみにGNAO1は3量体Gタンパク質のαサブユニットをコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.最後がATP1A3遺伝子変異例で,3つの表現型があることが紹介された.(1)小児交代性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood;AHC),(2)小脳失調症深部反射消失凹足視神経萎縮感覚神経障害性聴覚障害(CAPOS)症候群,(3)rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP)である.

Case 13(フランス)銀メダル受賞!
68歳男性.急性発症の姿勢時振戦,歩行の不安定,めまいにて救急外来を受診.下向き眼振を認めた!15年前に膀胱がんの既往.II型糖尿病.高コレステロール血症.2012年からの6年間で同様のエピソードを4回繰り返し,2-6週間症状が持続して回復.うち2回では全身性痙攣と認知機能低下を合併した.頭部MRIで皮質下萎縮.脳波で徐波の混入・・・血清マグネシウム著明低下.マグネシウム補充にて回復.

➔ 糖尿病に伴う腎性低マグネシウム血症.低マグネシウム血症はさまざまな症状(食欲低下,嘔気,不整脈,突然死)を呈する.下向き眼振が特徴的とのこと.

Case 14(イタリー)
56歳女性.ヘビースモーカー.甲状腺機能低下症術後で,数日前から興奮,昏迷状態.上肢の常同運動(stereotypies),一部振戦様.

➔ ビタミンB12欠乏症に伴う脳症.意識障害と常同運動,不随意運動を呈しうる.頸部手術のためビタミンB12欠乏に伴う典型的な神経所見がわかりにくかった.また喫煙はビタミンB12欠乏の増悪因子として知られている.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめはチトクロムc酸化酵素欠損症(Cytochrome C oxidase (COX) deficiency).COXはミトコンドリア電子伝達系末端の酵素複合体(複合体IV)で,その遺伝子は核とミトコンドリア両方にコードされるため,常染色体劣性または母系遺伝を呈する.リー脳症,致死性乳児心臓脳筋症,レーバー遺伝性視神経萎縮症などさまざまな表現型を示す.2つめは頭痛,感音難聴,糖尿病,筋萎縮,脳卒中を呈した59歳男性でMELASであった.

Case 15(米国)
69歳男性.57歳時に左下肢の刺激誘発性の進行性不随意運動(振戦).2014年には歩行に振戦が出現し,転倒が見られた.2017年には振戦が常時見られるようになった.姿勢保持障害も出現した.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦を認めた.69歳で死亡.剖検でオリーブ核肥大.

➔ 治療抵抗性セリアック病2型.下肢の刺激誘発性のミオクローヌスは特徴的徴候.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦も報告がある.セリアック病に関連した自己免疫疾患らしい.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめは首と音声の振戦を認めた副腎白質ジストロフィー.2つめは進行性の歩行障害を呈し,画像上認めた水頭症様変化に対しシャント術が行われた神経軸索スフェロイドを伴う遺伝性び慢性白質脳症(HDLS;CSF1R遺伝子変異)であった.

Case 16(米国)銅メダル受賞!
24歳男性.生後5ヶ月から発作性に首を回すような不随意運動が出現.成人してからも下肢の不規則で振幅の大きい不随意運動が,週2回の頻度で,教会に行く月曜と水曜日に誘発される(労作による誘発).寝不足,絶食,カフェインでも誘発される.

➔ SLC2A1遺伝子変異ヘテロ接合に伴うグルコーストランスポーター1 (GLUT1)欠損症.発作性労作誘発性ジスキネジアの原因としてSLC2A1遺伝子のヘテロ接合性変異が同定された.典型例とは異なり,てんかん発症年齢は遅く,髄液糖低値も有意でないので注意を要する.


【前日に行われたグランドラウンド4症例】
Case 1
53歳男性.右手ジストニア.後頸部の再発性lipoma.母親は糖尿病.

➔ MERRF(Myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers)

Case 2
44歳男性.32歳歩行障害.36歳不随意運動,38歳認知機能障害,小脳性運動失調,すくみ足.常染色体優性遺伝の家系.

➔ SCA48(STUB1ミスセンス変異ヘテロ接合).この遺伝子は常染色体劣性のSCAR16の原因遺伝子として知られていたが,ヘテロ接合で常染色体優性の脊髄小脳変性症になることが昨年報告されている(Neurology 2018;91(21):e1988-e1998).

Case 3
27歳女性.安静時の舌の振戦,手指にも振戦.歩行正常.家族歴,血族婚なし.頭部MRIにてeye of the tigerサイン.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)

Case 4
急性発症のジストニアとパーキンソニズムを呈した男性例..

➔ rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP; ATP1A3遺伝子変異)


医師の「燃え尽き症候群」防止への大きな一歩!―大規模アンケート調査―

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日本神経学会は「医師の燃え尽き症候群」に対し先駆的な取り組みを行っています.この問題に取り組む前提として,私たちは「燃え尽き症候群」の正しい定義と,燃え尽き症候群は脳神経内科医に限った問題ではなく,多くの診療科医師が抱える重大な問題であることを正しく認識する必要があります(下記スライドにまとめスライドにまとめがあります).日本神経学会はキャリア形成促進委員会が中心になり,本年10月31日まで,全学会員を対象とした大規模アンケート調査を行っております.現状と問題点を明らかにした上で,対策を強化してまいります.この問題に率先して取り組み,神経疾患の治療・ケアの質の向上,および学会員のキャリア形成の満足度の向上を目指していきましょう.ぜひアンケートにご回答ください.また周囲の神経学会員にもアンケートへのご協力のお声掛けをぜひ宜しくお願い申し上げます.

なお日本神経学会の取り組みについてはこちらをご覧ください.
「神経学会の先駆的取り組み:医師のはたらき方改革と脳神経内科医のキャリア形成」

Basic knowledge of burnout from Takayoshi Shimohata



閉じ込め状態にあるALS患者さんは幸せか?

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「閉じ込め症候群」とは意識が保たれていながら,眼球運動を除き,動くことも言葉によるコミュニケーションもできない状態を指す.人工呼吸器を装着した閉じ込め症候群のALS患者さんは,現在の医療制度では急性期病院で長期療養することはできない.しかし私が若かった頃,今では考えられないことだが,大学病院の病室には閉じ込め症候群のALS患者さんが何人も長期療養されていた.当直の夜,病室の見回りで,何も語らない患者さんに話しかけるとき,とても緊張した.考えていることや苦痛の程度を想像できなかったためである.

今回,閉じ込め症候群のALS患者に対し,近年,開発された「視線入力装置」を用いて,QOLやうつ,精神的苦痛に対する対処,人工呼吸器装着や胃ろうに対する満足度,そして死への希望を調査した研究がポーランドから報告された.対象患者に対し,機能的重症度として改訂ALSFRS(ALS Functional Rating Scale),標準化された質問表としてAnamnestic Comparative Self-Assessment(ACSA),SEIQoL-DW,ALS Depression Inventory-12 items(ADI-12),schedule of attitudes toward hastened death(SAHD),Motor Neuron Disease Coping Scaleを評価した.また介護者にも患者の満足度について質問をした.

まず閉じ込め症候群のALS患者の介護者103名にemailで調査依頼を行ったところ,25名(24%)の介護者が返信した.死亡,重症感染,コミュニケーション困難といった理由で6名が研究に参加できず,最終的に19名 (18%)が研究に参加した.17名は気管切開下陽圧換気療法(TPPV),2名は非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を行っていた.TPPVのうち12名は緊急挿管が行われ,うちの7名は事前の説明がなかった.

さて調査の結果であるが,多くの患者はACSA score >0,SEIQoL score >50%で,QOLは決して悪くはなく,多くの患者はADI-12 驚くべきことに,改訂ALSFRSにより評価した身体機能低下の程度は,QOLの低下と相関はなく,0点の患者(=残存身体機能の極めて乏しい患者)のQOLはむしろ良好であった(図の赤丸).またTPPVとPEGを選択した17例全例,もし再び人生をやり直すとしたら「同じ選択をする」と回答した.自身の選択した治療に満足しており,死を選択したいという希望は少なかった (SAHD

以上より,ALS患者さんは閉じ込め症候群という極限の状況にあっても,介護者や私たちの予想に反して,その生活に満足し,QOLを維持し,そして生きる意欲を持つことが示された.この結果には驚かされた.

もちろん結果の解釈は慎重であるべきだ.まずこの結果をどの程度,一般化できるのかが不明である.日本人では,もしくは日本の医療制度下ではどうなのか?介護の人的パワーや,経済力は影響するか?患者・介護者関係の影響するのではないか?そもそも研究への参加を決めた介護者と参加を希望しなかった介護者では,選択バイアスがあるのではないか?眼球運動障害が出現したら?ALS以外の疾患の場合はどうか?等々,明らかにすべきことはたくさんある.

しかし本研究の意義,つまり閉じ込め症候群のALS患者さんのなかには「その状況や人生に満足し,生きることに対する強い意欲を持つ人がいる」という事実は揺らぐものではない.神経難病に罹患し,その人生に悲観して自殺幇助を希望する人がおられる一方で,過酷な状況であっても,その人生を享受する人もおられる.私たちは今回の研究から学ぶ必要がある.そしてEditorialにも書かれているように,疾患の進行を抑える病態抑制療法にばかりでなく,進行期の患者さんの「人としての尊厳を守る」ことに,我々はもっと取り組むすべきである.閉じ込め症候群にあってもQOLを高める要因は何であるのか知ることは意義のあることだと思う.

Neurology. 2019 Sep 3;93(10):e938-e945.

マギル大学臨床教育研修 “Teaching in the clinical setting”(上)

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岐阜大学医学教育開発研究センター(MEDC)が企画した,臨床教育を重視したカリキュラムで定評のあるマギル大学医学部の海外教員養成プログラムに参加したので,2回に分けて記載したい.前半ではマギル大学での医学教育,そしてNeurology部門での医学教育の見学結果について記載する.次回,後半では重要な4つのキーワードについて説明したい.

1)臨床教育研修に参加した理由
参加を希望した理由は,当科は医学教育への取り組むことを目標の1つに掲げていることが挙がられる.医局員の教育への熱意も高い.しかし2点,懸案事項がある.(1)学生には病棟においてチームの一員として神経内科学を学んでほしいが,知識量が十分とはいえず,一方向性の講義主体の教育にならざる得ないこと.(2)レジデントの外来診療の教育システムがなく,学ぶ機会を与えられていないこと,である.とくにこの2点を視察したいと考えた.ちなみに(1)に関して,学生はかなり優秀であるという意見を少なからず聞いた.日本と異なり,成績順に専攻診療科目を選ぶことができるため,どの診療科も手を抜けないということが背景にあるようだ.

2)印象深いマギル大学における「アウトカム基盤型」教育システム
まずマギル大学における医学教育システムについて説明を拝聴した.従来型の「プロセス基盤型」教育ではなく,「アウトカム基盤型」教育が行われていた.前者は教員が教えたいものを,教育プロセスを用いて身に付けさせるもので,教員に依存し,場合によっては押し付けになる可能性がある.これに対し,後者はは最初から望ましい医療者像(アウトカム)を目標として掲げ,そのゴールに至る各段階のロードマップを設定して,教育を進めるというものである.この場合,到達度を確実に評価する必要がある.自分の行っている教育の多くは「プロセス基盤型」であり,場合によっては,自身の教えたいものを押し付けてしまっている恐れがあると反省した.

「アウトカム基盤型」教育において重要となるのは「コア・コンピテンシー」という医師の日々の活動や役割に関わる,基本となる能力,知識,スキル,行動の組み合わせだ.これは測定可能な能力であり,カナダにおけるCanMEDが有名である(図).CanMEDでは,医療者として目標とすべき6つの資質を意識し,かつそのバランスの良さを求め,さらに卒前,卒後,一貫してこのアウトカムの達成を目指すのである.このような目標の設定と評価が今後求められることを認識した.



またマギル大学の医学部の教育プログラムは4年制で,教える項目を4つのブロックに分けて行っている.これについては下記のスライドにまとめた.



もう1点,印象に残ったのはマギル大学の医学教育システムを説明してくださったPickering先生の言葉で「医師は生涯,学び続けなければならないことを教える必要がある」というものだった.当然のことではあるのだが,学生のうちから自分はしっかり伝えられていたかなと考え込んでしまった.

3)レジデントとフェローに対する医学教育の見学
本研修の特徴のひとつに,自身の専門科目にマッチした医学教育の見学ができることが挙げられる.つまり,マギル大学には3つの関連病院があるが,私はそのうちMontreal General HospitalおよびMontreal Neurological Institute(通称Neuro)において,Movement Disorder(運動異常症=パーキンソン病)専門外来と,脳卒中の予防外来と救急入院における医学教育の見学ができた.

前者では指導医が,Neurologyのレジデントとフェローの教育を行っていたが,印象深いものであった.レジデントとフェローはまず新患の予診と診察を行い(60分程度),その結果を指導医に要領よくプレゼンすると,先生からいくつかの有意義な質問とfeedbackによる指導が行われ(合計で20分程度),最後に指導医の診療を見学し学ぶ(20分程度:神経診察は重要点のみ,説明中心)という効果的な方式であった.昔,研修医のとき,何回か経験したことがある「ベシュライバー(Beschreiber.独)」,つまり教授外来について,患者さんとのやり取りをカルテに書く係も担当していた.レジデントはNeurologyの2年目としてはとても優秀で,かなり鍛えられている感じを持った.一方,指導医はOne minute teaching(5 step microskills:図)にほぼ近い質問とフィードバックを行っていた.たとえ5つのステップが行われていなくても,例えば質問とpositive feedbackだけでもかなり有用と思われた.



自身の外来と異なっていると感じた点は,(1)レジデントに対する外来教育システムが確立されていること,(2)外来でのチーム医療を行っていること(いわゆるPDナースによる診療を初めて見学した),(3)家庭医との連携により,受診患者が少なく,指導医はゆとりがある外来ができること,(4)(3)の結果,教育にかける時間の余裕を持ち,さらに電子カルテではなく患者さんに向き合うことができることが挙がられた.

脳卒中予防外来では教授の外来診療を見学したが,学生やレジデントはいなかったため,見学の目的をご説明し,医学教育に関する議論を行った.知識に応じた目標の設定をすることを強調されていた.医学部生では神経診察を多く見せること,内科レジデントでは基本的な検査と治療の習得,脳神経内科レジデントではより複雑な検査と治療 • 神経診察を重視するとのことであった.最後にNeuroにおいて,脳卒中の救急診療を見学した.レジデントと指導医1対1の体制で,指導医は5年目(最終学年)のレジデントの指導を行っていた.レジデントの能力は高く,血栓回収術を含む3人の緊急入院に適切に対応していた.指導医は別行動のうえ,忙しすぎて教育について議論はできなかった.

まとめとして,外来教育が見事に行われていること,指導医に時間的余裕があり,質問やfeedbackが適切に行うことができる指導医が存在することが挙がられた.レジデントの外来診療の教育はずっと課題と考えてきたが,彼らが入院診療の担い手の主戦力となっている現状,なかなか難しく,手を付けられなかった.今後,何とか取り組むべきと考えた.


マギル大学臨床教育研修 “Teaching in the clinical setting”(下)

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後半では,印象に残った講義・ワークショップからキーワードを4つ(Feedback,女性のリーダーシップ,Role modelling,全人的ケア)説明したい.

① Feedback
指導医が学習者に対して行うFeedbackに関する講義では,まず自分の成長に関心があるgrowth mindsetをもつ学習者は,feedbackがしやすいことを学んだ.そして重要なこととして,feedbackは「単なる成績評価ではだめであって,学びを支援するための評価である」ことを認識する必要があることを学んだ.学生に評価=テストという印象をもたせるとストレスを招くので良くないという点は納得がいく.また学習者を直接,観察して信頼できるfeedbackを行う必要性も強調されたが,臨床や研究等で忙しく,限られた時間の中で,提出物等による間接的な評価も仕方がないように思われた(ただし適切に評価する必要がある).feedbackの方法として上述のone minute teachingが有効であるが,さらにfeedbackは「適切なタイミングで行う.自己評価や振り返りを促す.学習者が実行できるものにする.Negative feedback(否定的なコメント)が引き起こす負の感情に注意する」といった注意点も参考になった.



② Woman in medical leadership
まず上位のポジションになるほど女性の割合が低くなるというマギル大学小児科の現状が示された.女性リーダーの育成,採用はさまざまな利点がある.具体的には,「性別ではなく能力をもつ人が重用されること,さまざまな観点・視点を持てること,より生産的,創造的になること,多くの医師(特に女性医師)のrole modelになれること,さまざまな患者ニーズに対応できること」といった点が挙げられる.つまり,女性医師リーダーを増やす意義は大きい.



しかし女性リーダーに関する様々な誤解がある.(1)女性医師が増えれば自ずと女性リーダーが増える.(2)女性はリーダーになろうとはしていない.(3)機会は男女均等に与えられている.(4) 平等な機会が与えられれば,リーダーシップをとるのも均等になる,という4点である.これらはいずれも間違いである.

なぜ女性リーダーが増えないかという分析も正鵠を射るもので,(1)病院で求められるリーダー像は「決断できる,強い,独立した」といった男性的特徴(ステレオタイプ)が依然として求められること,(2)女性のメンターや,ネットワークが不足していること,(3)家事,家族ケアが主に女性に求められること,(4)協働者,支援者としての役目が女性に期待されていること,などが挙がられていた.これらの女性リーダー育成の障壁を理解し,取り除くことが必要となる.

③ Role modelling
半日をかけてワークショップに参加した.医学教育おけるrole modellingという概念にあまり馴染みがなく,当初戸惑ったが,role modelが「人」を意味するのに対し,role modellingはその「プロセス」であることが分かってから理解できるようになった.つまり後進にとって自分は「手本」である必要があるが,その行程が重要ということである.良いrole modelになるために,その障害となりうる「多忙さ・イライラ・独断・敵対的態度・熱意不足・人間関係スキルの不足」に気をつける必要がある.自分が「手本」となることを意識し,プロフェッショナルとしての行動をとり,後進の学習者に学ばせ,実行させることが重要だと分かった(ただしここまで求められるのは大変なことだとも思った).



④ 全人的ケア(whole person care)
「全人的ケア」とは患者のすべての側面を知り,全てについて心を配り,責任を負うという意味ではない.患者は「満足のいく医療が提供され,自分自身を一人の人間として真剣に対応してくれることを望んでいる」が,その実践が「全人的ケア」と言える(新たな全人的ケア.2016を参照).これを実践する医師が行う2つの行為が,治療(cure)と癒やし(heal)である.治療において患者の目的は生存で,変化を取り除くことであり,サイエンスや意識的,デジタルなコミュニケーションが求められるのに対し,癒やしでは患者の目的は成長で,変化を受け入れることであり,アートや無意識的,アナログなコミュニケーションが求められる.とくにアナログ・コミュニケーションに関して,「無意識の教育は,概念として教えられるわけではなく,経験を積み重ねさせるしかない.Role modelから学んでもらうことになる」というTom Hutchinson先生の言葉は印象的であった.



5)まとめと今後に向けて
マギル大学における医学教育研修は非常に有意義であった.指導医のゆとりある外来や教育は大変羨ましいが,それは患者が専門医へアクセスしにくいため,実現できている面がある(多くの患者は4ヶ月から半年に1回の受診で,多くは家庭医がフォローしていた).逆に日本では指導医に時間のゆとりはないものの,患者さんは専門医療に比較的容易にアクセスしやすいという利点につながっていることを認識した.一長一短である.

今後に関しては,まずアウトプットを行い,医局内,院内,そして多くの人とこれらの貴重な経験を共有したい.とくに自身は外来でのレジデント教育に挑戦したい.Role modellingやfeedbackを実践し,女性のリーダーシップについても障壁を検証・除去し,いつか女性リーダーを育成したいと思った.

プライマリーケア医が知っておくべき“治療可能な”2次性頭痛@第47回日本頭痛学会

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第47回日本頭痛学会(浦和)にて標題のシンポジウムを北海道大学矢部一郎先生とともに企画した.企画の理由は「もっと早く診断・治療ができたら良かったのに・・・」と思う二次性頭痛症例が少なからず存在するためだ.テーマとした疾患は,肥厚性硬膜炎,MELAS,脳アミロイドアンギオパチー関連炎症,自己免疫性脳炎,てんかん,慢性骨髄増殖性腫瘍と本学会のシンポジウムではほとんど議論がなされたことのないものだ.以下の点を認識する必要がある.

【認識すべき点】
① 肥厚性硬膜炎,MELAS,NMDA受容体抗体脳炎,真性多血症・本態性血小板血症は片頭痛様頭痛を呈しうる.
② MELASでは誤診によるトリプタンの使用で,脳卒中を来しうる.
③ 慢性骨髄増殖性腫瘍である真性多血症・本態性血小板血症に伴う頭痛は正しく診断し,アスピリンを使用すると著効する.

【各疾患のポイント】
A.肥厚性硬膜炎の頭痛:
慢性の強い連日性頭痛が主体だが,一部は前兆を伴う片頭痛に類似した頭痛を呈する.日本人に多いMPO-ANCA陽性例は硬膜に限局するのに対し,PR3-ANCA陽性例は軟膜にも及び,頭痛が重篤となるほか,脳神経麻痺等,多彩な症状を呈する.

B. MELASの頭痛:
片頭痛様の頭痛を呈する.診断を誤ってトリプタンが使用され,脳梗塞を来たした症例が報告されている(トリプタンは禁忌である).片頭痛患者で,既往歴,家族歴に糖尿病,難聴,卒中様発作,低身長,筋力低下があれば,(半年以内に保険収載され測定が可能となる)ミトコンドリア病診断マーカーGDF15(感度,特異度98%)を測定し,MELASを除外する.治療としてL-アルギニン療法が有効である.急性期ステロイドパルス療法は増悪を招くため行わない.

C.アミロイドアンギオパチー関連炎症の頭痛:
56%で頭痛を合併する.そのほか,認知機能障害,異常行動,痙攣を呈する.頭部MRIで大脳白質の異常信号,造影病変,髄液細胞数増多,蛋白上昇を認める.微小なクモ膜下出血ないし血管炎症が頭痛の原因と議論されている.

D.自己免疫性脳炎の頭痛:
自己免疫性脳炎のなかで頭痛を呈するのはNMDA受容体抗体脳炎である.前駆期に片頭痛様の頭痛を合併し,頭痛単独でも発症する.NMDA受容体は皮質拡延性抑制(CSD)に関わることから,抗体はおそらく頭痛を抑制する方向に作用している!頭痛の機序には無菌性髄膜炎が関与するという説がある.

E.てんかんの頭痛:
3つのタイプがあり,片頭痛前兆により誘発される痙攣発作(いわゆるICHD-2のmigralepsy),てんかん性片側頭痛(hemicrania epileptica),てんかん発作後頭痛(post-ictal headache)に分類できる.てんかんと頭痛には類似した特徴があり,視覚性前兆(ただし様式は異なる),抗てんかん薬(VPA,TPM,LEV,GBP)が有効であるといった点は共通する.

F.慢性骨髄増殖性腫瘍の頭痛:
JAK2V617F遺伝子変異に伴う真性多血症(PV)や本態性血小板血症(ET)は,約半数に片頭痛様頭痛を合併する.閃輝暗点も合併し,片頭痛との鑑別が難しい.病態としては血小板の活性化・凝集が指摘されており,治療もアスピリンが著効する.

多くの学会員が参加してくださり,有意義なシンポジウムだったとの感想をいただき,とても嬉しく思った.講師の先生方,どうもありがとうございました.

【講師の先生方】
血管炎・肥厚性硬膜炎 河内泉先生(新潟大学脳神経内科,総合医学研究センター)
MELAS 古賀靖敏先生(久留米大学医学部小児科)
脳アミロイドアンギオパチー関連炎症 坂井健二先生(金沢大学脳神経内科)
自己免疫性髄膜・脳炎 木村暁夫先生(岐阜大学脳神経内科)
てんかん発作による頭痛 高橋牧郎先生(大阪赤十字病院脳神経内科)
慢性骨髄性腫瘍と頭痛 長井弘一郎先生(日本医科大学脳神経内科)










進行性核上性麻痺の臨床診断:MDS clinical diagnostic criteria for PSP (MDS-PSP criteria)日本語版を公開しました

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進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準として,標題の診断基準が2017年に報告されました(Mov Disord 2017;32:853-864).ただし非常に煩雑で,日本語版もなく,日常診療で使用しにくい状況でした.このため,神経変性疾患領域における基盤的調査研究班(研究代表者 中島健二先生)では日本語訳の作成に取り組みました.日本神経学会運動セクション小委員会に相談の上,Movement Disorder Societyの許諾と著者によるback translationの確認を完了し,班会議HPに日本語版を公開しました.日常診療でご使用いただければ幸いです(下記に使用方法に関するスライドのリンクを用意しました).

なお日本語訳は以下のメンバーで作成しました.
下畑享良,饗場郁子,古和久典,服部信孝,中島健二(敬称略)

日本語訳ダウンロード

診断基準使用法のスライド 

進行性核上性麻痺の診断アプリ(PSP Dx Assist)を開発しました!

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2017年,進行性核上性麻痺(PSP)の新しい診断基準としてMDS PSP diagnostic criteriaが提唱され,2019年には,感度,特異度とも良好であることが報告されました.この診断基準は8種類の病型と,診断の確実性を決定するものですが,非常に複雑で,かつ複数の病型を満たす場合も少なからずあり,使用しにくい現状です.このため私どもは本診断基準をより使用しやすくするアプリケーションを開発しました.webアプリケーションPSP Dx Assistは,説明付きの項目をチェックしていくだけで,PSPの診断およびMAXルールに基づく病型の絞り込みができます.加藤新英先生(岐阜県総合医療センター)とともに開発しました.お役立ていただければ幸いです.岐阜大学脳神経内科HPトップページからも入れます.またお気づきの点がありましたらご連絡ください.

PSP Dx Assist



脳梗塞に対する低酸素・低糖刺激末梢血単核球療法の開発

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脳梗塞後遺症に対する機能回復を目指したさまざまな細胞療法が検討されてきた.今回,新潟大学(金澤雅人先生,畠山公大先生ら),岐阜大学,医療イノベーション推進センター(TRI)のチームは,低酸素・低糖(oxygen glucose deprivation;OGD)刺激で,脳保護的作用を獲得した末梢血単核球による細胞療法を開発し,Scientific Reports誌に発表した.本研究の意義は大きく3つ挙げることができる.
1.薬剤を使用しない簡単な刺激により,末梢血単核球が組織を修復する能力を獲得することを初めて明らかにしたこと.
2.脳梗塞の発症早期からの治療ができ,がん化のリスクもなく,有効で安全な臨床応用が可能となること.
3.専門の細胞培養施設を必要としないため,一般病院においても治療を普及できる可能性があり,かつ再生医療を格段に低コスト化できること.
以下,本研究について解説したい.

【脳梗塞に対する骨髄由来間葉系幹細胞療法の問題点】
脳梗塞に対して期待される細胞療法の代表が骨髄由来間葉系幹細胞である.本邦では条件付きであるが,脊髄損傷に対して再生医療等製品「ステミラック注」が2018年末に保険収載された.同細胞は,脳梗塞病変において,血管内皮増殖因子(VEGF)などの成長因子を分泌し,血管新生や神経軸索の進展を促すことで機能回復を促進すると考えられている.
問題点としては,脳梗塞再発予防のための抗血小板療法,抗凝固療法下での骨髄液採取に危険が伴うこと,十分な細胞数を得るために専用の細胞調整センターを要すること,一症例当たり数千万円以上の費用がかかることが挙げられる.

【本研究のきっかけとしての低酸素・低糖刺激ミクログリア療法】
私たちは従来のアプローチとは異なる細胞療法の確立を目指し,脳内の炎症性細胞であるミクログリアに注目した(Kanazawa et al. Sci Rep 2017).ミクログリアには,マクロファージと同様,活性化の様式からM1型とM2型が存在すると推測されるが,後者は抗炎症性因子の産生や血管新生等を介して,脳梗塞に対して脳保護的に作用する可能性がある.問題はどのような刺激でM2様ミクログリアへ極性変化をさせるかであるが,種々の刺激を検討した結果, 適切な条件のOGD刺激は,ミクログリアの性質をM2様に変化させ,かつその細胞の静注により動物モデルの脳梗塞後の機能回復を促進できることを確認した. OGD刺激によりVEGFやトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)などが分泌され,血管新生や神経軸索の進展が促進し,機能回復を来したのである.しかしミクログリアは生体から採取は容易ではないことから,つぎに末梢血から簡便に取得可能で,ミクログリアに性質が類似した末梢血単核球の検討を開始した.

【末梢血単核球もOGD刺激で,脳保護的な性質を獲得する】
末梢血から単核球を分離し,OGD刺激を行ったところ,転写因子PPARγの発現亢進により,ミクログリアと同様にVEGFやTGF-βの分泌が増加することを確認した.ただし単核球から単球・マクロファージを分離して検討を行ったが,これらの細胞単独よりも,それらを含む単核球成分の方がVEGFやTGF-βの分泌増加は明らかであり,血球同士の何らかの相乗効果があるものと考えた.またOGD刺激をした末梢血単核球では,炎症性マクロファージが発現するiNOSが減少し,抗炎症性マクロファージが発現するCD206が増加することを確認し,脳保護的に変化していた.

【OGD刺激末梢血単核球は,MCP-1分泌を介して脳内に移行する】
脳には外部からの物質,細胞の移行をブロックする強力なバリアー機能,血液脳関門が存在する.私たちはOGD刺激末梢血単核球が,血液脳関門を越えて脳内に移行するかを検討した.自家蛍光を発するGFPマウス由来の末梢血単核球にOGD刺激を行い,脳梗塞後1週間経過したラットの頸動脈から投与し,3日後に観察したところ,脳梗塞病変周囲に細胞を認め,脳内移行が確認された.一方,OGD刺激を行わない末梢血単核球は脳内に移行しなかった.OGD刺激により末梢血単核球が脳内移行性を獲得するメカニズムとして,単球の遊走促進因子として発見され,幹細胞においても血液脳関門の透過に関与するMCP-1の分泌亢進が生じていることを確認した.

【OGD刺激末梢血単核球は,脳内での組織修復因子の増加をもたらす】
免疫染色を用いた検証で,脳内に移行したOGD刺激末梢血単核球は,実際に脳梗塞周囲でのVEGF,TGF-βの発現を亢進させることを確認した.

【OGD刺激はin vitro/in vivoで,SSEA-3陽性細胞(MUSE細胞)増加をもたらす】
多能性幹細胞マーカーであるstage-specific embryonic antigen-3(SSEA-3)陽性細胞(いわゆるMuse細胞:Multi-lineage differentiating Stress Enduring cell)を用いた細胞療法が,脳梗塞モデルに対し有効であることが報告されている.そこでOGD刺激を行った末梢血単核球中のSSEA-3陽性細胞の数をFACSで測定したところ,通常培養を行った場合と比較して増加していることを確認した.またOGD刺激末梢血単核球を脳梗塞ラットに動注すると,対照群と比較して,脳中のSSEA-3陽性細胞が増加することも確認した.これは非常に驚くべき結果であった.

【OGD刺激末梢血単核球は,血管新生を介して,神経再生をもたらす】
近年,神経再生の前段階で血管新生が必要であることを示唆する研究が報告されている.脳梗塞ラットに,OGD刺激末梢血単核球を動注すると,OGD刺激を行わない細胞の場合と比較して,脳梗塞巣の辺縁で血管新生が促進され(下図上段),さらに神経軸索の進展も促進されていることを確認した(下図下段).




【OGD刺激末梢血単核球は,脳梗塞後遺症を改善する】
実際に脳梗塞ラットの後遺症が改善するか,コーナーテストという方法で評価した.無治療の場合,脳梗塞28日後でも症状はほとんど改善せず,またOGD刺激を行わない末梢血単核球を,脳梗塞後7日目に投与した場合も症状は改善しない.しかし,OGD刺激末梢血単核球は動注すると,症状は有意に改善した(下図).



【まとめ】
OGD刺激末梢血単核球の作用機序としては,図に示す3つが考えられた.
1)組織修復因子(VEGF, TGF-β)の分泌
2)MCP-1を介した血液脳関門通過能の獲得
3)多能性幹細胞SSEA-3陽性細胞(Muse細胞)数の増加
これらの作用を介してOGD刺激末梢血単核球は脳内移行し,血管新生,神経軸索進展を促進し,脳梗塞後遺症を改善させる.



本技術は,簡単な操作で細胞療法が可能となるため,実用化されれば,一般病院にも普及できる可能性がある.現在,採血から細胞の分離,OGD刺激までを一貫して行える装置を,産学官共同で開発中であり,早期の臨床応用を目指している.

Hatakeyama M, Kanazawa M, Ninomiya I, Omae K, Kimura Y, Takahashi T, Onodera O, Fukushima M, Shimohata T. A novel therapeutic approach using peripheral blood mononuclear cells preconditioned by oxygen-glucose deprivation. Sci Rep. 2019 Nov 14;9(1):16819. doi: 10.1038/s41598-019-53418-5.

西城秀樹さんと多系統萎縮症

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敬愛する先輩脳神経内科医から読むように勧められた本がある.「蒼い空へ 夫・西城との18年(小学館)」だ.2018年5月,63歳という早すぎる人生の幕を下ろした西城秀樹さんの妻,美紀さんが語った18年にも及ぶ壮絶な闘病,そして最後までステージをあきらめなかった西城秀樹さんの様子を記した本であった.読むように勧められた理由は,私が多系統萎縮症の臨床,とくに突然死の問題を専門としてきたためだ.

この本には「18年間,一切,表に出ないよう守られてきたこと」がたくさん書かれていた.結婚前より糖尿病を患い,インスリン治療をしていたこと,ヘビースモーカーであった上,サウナ入浴による脱水で脳梗塞を来したこと,脳梗塞の入院を実は8度も繰り返していたこと,そして何より驚いたことは,亡くなる4年ほど前から多系統萎縮症を罹患し,最終的に心拍停止の状況で発見され,蘇生したものの脳死状態となり,3週間ほど経て亡くなられたことである.つまり多系統萎縮症に伴う突然死が死因だった.私達は多系統萎縮症の突然死のメカニズムとして,中枢性呼吸障害や窒息(食物の逆流性誤嚥やCPAPによる喉頭蓋の押し込み),心臓自律神経障害などがあることを示したが(総説:Parkinsonism Relat Disord 2016;30:1-6),そのいずれが原因であったかは文章を読んだだけでは分からなかった.

この本は西城秀樹さんの死の真相を公にすることが目的ではなく,脳梗塞や多系統萎縮症という神経難病を世の中に知っていただき,「今も病気で戦ったり,リハビリを続けていらっしゃる方とそのご家族に,少しでも参考になることを伝えたい」という美紀さんの意図がある(このため主治医である鈴木則宏湘南慶育病院院長による脳梗塞や多系統萎縮症についての解説がある).とくに多系統萎縮症は,テレビやマスコミで取り上げられ注目されてきた筋萎縮性側索硬化症(ALS)より患者数が多いにも関わらず,世間の認知度は低く,かつ臨床倫理的問題が山積しているにも関わらず,ほとんど議論がなされてこなかった疾患である.この書籍がきっかけになり,多系統萎縮症への関心が高まり,多くの人からの理解や支援が得られ,治療,緩和ケアの取り組みがより向上することにつながれば本書の意義はより大きなものとなる.

子供の頃からファンであった西城秀樹さんが,幾度もの病魔に襲われる様子は,読んでいて辛かったが,その一方でほっとする場面もたくさんあった.意外な形で設定されたお見合いから始まった2人の爽やかな交際や,大スターの常人から少しずれた微笑ましい生活,47歳で子供を授かってからの秀樹さんの子煩悩ぶりなど,とても楽しかった.冒頭のページにある家族のアルバムや家族同士の手紙のやり取りも素敵だった.ただ1番印象的であったのは,病と闘いながらも,ステージに立ち続け,それが叶わなくなった後も,再び1人でステージに立つことを目標に,懸命にリハビリに励んだ秀樹さんの姿であろう.決して引退は口にしなかった.最後まで西城秀樹はスターだったのだ.

蒼い空へ 夫・西城との18年(小学館)






安楽死・尊厳死の現在

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下記に提示したスライドは岐阜大学の医学部学生と行っている「リベラルアーツ研究会」の資料である.今回の課題図書はシェリー・ケーガン著「「死」とは何か 」であった.イエール大学哲学科教授による死に関する考察で,とくに印象的なものは以下の3つであった.

①死が悪いとされる最も大きな理由は,今後,良いことの起きる可能性が剥奪されてしまうからだ.
②不死は良いものではない.私達が求めているのは自分が満足するまで生きることだ.
③自殺という選択肢は正当になることもある.

とくに③を記載する第9章「自殺」を,関心を持って読んだ.その理由は,NHKで報道された日本人神経難病患者のスイスにおける医師介助自殺(physician-assisted suicide;PAS)が,私にとって非常に衝撃的であったことと強く関連している(過去のブログ参照;NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を見て).

今回の研究会では,医学部学生による課題図書に対する意見や感想が披露されたあと,私は「安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)」を参考に,安楽死の定義と世界各国の状況を解説した.その後,ケーガン教授の「自殺」に対する考察を,前述の日本人神経難病患者に当てはめて,議論のポイントを再考した.ぜひスライドをご覧いただきたい.

参考図書:安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)

Liberal arts No 12 What is DEATH? from Takayoshi Shimohata

本態性振戦(essential tremor;ET)とET plus ―概念の変化と近年の進歩―

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先日,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」において本態性振戦に関する演題の座長を担当したので,本態性振戦の現状についてまとめておきたい.

1.本態性振戦の概念と臨床症状

本態性振戦は,原因不明の両側性の上肢の運動時振戦を主徴とする疾患で,通常,40歳以降に発症し,成人で最も高頻度に認められる運動異常症の1つである.人口の約1%,65歳以上の高齢者で4-5%と言われている(1).高齢化の進行で有病率は増加すると考えられている.

臨床症状としては,上肢の挙上などの姿勢により速い振戦が現れる.随意運動中も存在し,箸でものを食べようとしたりすると手が震えて上手にできないことがある.安静時は消失する.下肢には少ないが,まれに認めることがある.発声をすると声が震える,起立すると体幹や下肢に震えを生じることがある.

振戦以外の症状が出現することは通常なく,進行もあまり見られない.一部の症例ではパーキンソン病に進展したり,合併したりすることがある.病理学的には小脳や青斑核に注目した変化が報告されている(2).

2.本態性振戦の原因遺伝子

家族内発症を認める.遺伝子座としてはETM1(3q13.31),ETM2(2p25-p22),ETM3(6p23),ETM4(16p11.2),ETM5(11q14.1)という5領域が報告されているが,これらの原因遺伝子は同定されていない.近年,中国人11家系においてNOTCH2NLC遺伝子(神経核内封入体病(Neuronal intranuclear inclusion disease : NIID)の原因遺伝子と同一)の5’非翻訳領域にGGCリピート伸長(60-250,健常者4-41)が認められ,表現促進現象が確認された(3).

3.新しい振戦,本態性振戦の定義

2018年にMovement Disorder Society(MDS)による新しい振戦の分類が報告された(4).このなかで,振戦はいずれかの身体部位にみられる不随意性,律動性,振動性の運動異常と定義され,2つの軸(Axis)に基づいて分類されている.Axis 1は患者の臨床的特徴であり,病歴の特徴,振戦の特徴,随伴徴候,検査所見が含まれる.Axis 2は病因(後天性,遺伝性,または特発性)である.Axis 1に基づいて振戦症候群は下図のように分類されるが,この中でaction or rest tremorというカテゴリーのなかに1つが本態性振戦である.



4. 本態性振戦の新しい診断基準

さまざまな診断基準があり,混乱が見られたことから,近年の研究の進歩を踏まえ,2018年,前述のMDSによる論文のなかで,診断基準が改訂された (4).以下のように運動時振戦として定義された.
(1)両側上肢の運動時振戦を呈する振戦症候群
(2)少なくとも3年以上の持続期間がある
(3)その他の部位の振戦を伴うこともある(例.頭部振戦,音声振戦,下肢の振戦)
(4)ジストニア,失調,パーキンソニズムなどのその他の神経徴候を認めない
除外項目は,頭部振戦や音声振戦といった局所の振戦のみ呈する場合や,12 Hzを超える起立時振戦,タスクないし位置特異的振戦,そして突然発症ないし階段状の増悪である.
また(2)で「3年以上の持続時間」とあるのは,明らかなジストニア,パーキンソニズム,失調の合併を伴わないことを確認するためである.

5. ET plusの提唱

振戦以外に軽微な神経徴候を認める場合,ET plusとする病型が提唱された.これは,本態性振戦の特徴を示す振戦で,かつ意義不明の神経徴候を認めるもの,例えば継ぎ脚歩行の障害,ジストニア肢位の疑い,記銘力障害を認めたり,他の症候群と分類したり診断をするのに十分ではない意義不明な軽微な神経徴候を認める場合にET plusと診断する.安静時の振戦を伴う本態性振戦もこの本態性振戦プラスに分類する.ただしジストニア振戦や動作特異的振戦のようなほかに,他に定義された症候群は含まない.しかしこの分類の妥当性に関しては疑問が指摘されている.具体的には,(1)そもそも本態性振戦自体がヘテロな病態で,そこにplusをつけて無意味である,(2)進行し,症候に変化が起きてもパーキンソン病のように病名を変える必要はない,(3)ET plusはETと比較して,病態や病理の違いがあるのか不明であるなどの指摘である (5).

6. 治療
薬物治療としてはまずβブロッカーを用いる.アロチノロール塩酸塩や,プロプラノロール塩酸塩が使用される.プリミドンも米国神経学会ガイドラインでは第一選択である.第2選択としては,トピラマート,ガバペンチン,アルプラゾラム,クロナゼパムが記載されている.重度の振戦で薬物抵抗性の場合,深部刺激療法やMRガイド下集束超音波治療の適応となることがある.

文献
1) Louis ED, Ferreira JJ. How common is the most common adult movement disorder? Update on the worldwide prevalence of essential tremor. Mov Disord 25: 534─541, 2010
2) Mavroudis I, Petridis F, Kazis D. Neuroimaging and neuropathological findings in essential tremor. Acta Neurol Scand 139: 491─496, 2019
3) Sun QY, Xu Q, Tian Y, et al. Expansion of GGC repeat in the human-specific NOTCH2NLC gene is associated with essential tremor. Brain. 2019 Dec 9. pii: awz372. doi: 10.1093/brain/awz372.
4) Bhatia KP, Bain P, Bajaj N, et al. Consensus Statement on the classification of tremors. from the task force on tremor of the International Parkinson and Movement Disorder Society. Mov Disord 33; 75-87, 2018
5) Louis ED, Bares M, Benito-Leon J, et al. Essential tremor-plus: a controversial new concept. Lancet Neurol. 2019 Nov 22. pii: S1474-4422(19)30398-9.

BMJ誌のクリスマス論文2019  ―論文投稿時間とアニマル・セラピー―

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毎年恒例のBMJ誌のクリスマス論文.研究と,研究以外のエッセイなどが掲載される.個人的に面白かったものを,それぞれ1つずつを紹介したい.

(1)論文投稿時間の国別の違いに関する研究

2012年から2019年の間に,各国の研究者がBMJ誌とその関連誌に,いつ論文原稿や査読原稿を提出したかを調べた観察研究.ロジスティック回帰分析を使用し,週末または休日に,論文や査読が提出される確率を各国ごとに推定している.対象は49000を超える論文と76000を超える査読.分かったことは,中国,ついで日本の研究者は,週末と深夜に最も高い確率で提出していたが,スカンジナビア諸国の研究者はその確立が低かった.この国による違いは調査期間中,変わらなかった.中国や日本の研究者は勤務時間外に頑張っているということだが,まさに研究者の働き方改革に関連した話題と言えよう.



Adrian Barnett, et al. Working 9 to 5, not the way to make an academic living: observational analysis of manuscript and peer review submissions over time. BMJ 2019; 367 doi: https://doi.org/10.1136/bmj.l6460

(2)動物介在療法のエビデンス確立を!

もうひとつは,アニマル・セラピー,つまり医療従事者が治療の補助として動物を用いる動物介在療法(Animal Assisted Therapy, AAT)の紹介とエビデンスの確立を訴える主張.アニマル・セラピーは,不登校や引きこもりといった問題,あるいは小児がんなどの治癒力強化を目指す技術の1つとして知られ,馬やイルカなど,情緒水準が高度と言われる哺乳類との交流を通して,他者を信頼できるようになるという.馬を通じたアニマル・セラピーはモンゴル国で盛んに行われている(Wikipedia).論文では具体的な例として,自閉症スペクトラム障害に対する乗馬,外傷や外傷後ストレス障害に対する農場の動物を用いた治療,犬や小動物を用いた入院神経疾患リハビリや精神科治療,病院・ホスピス・介護施設への動物の慰問,イルカとともに泳ぐ精神疾患治療が提案されている.自分ならぜったい猫だな!大きな猫カフェのような病院があったら楽しく入院できて,病気に負けない勇気が湧いてくる気がする.



Ratschen E, Sheldon TA. Elephant in the room: animal assisted interventions. BMJ. 2019 Dec 17;367:l6260. doi: 10.1136/bmj.l6260.

参考HP:6 Types of Animals Used for Therapy
https://www.wideopenpets.com/6-types-of-animals-used-for-therapy/

なぜ動物実験で有効な脳梗塞治療薬が,ヒトの臨床試験で無効なのか?

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標題のテーマはしばしば議論されてきたことであるが,その決定版とも言える論文がドイツからAnnals of Neurology誌に報告された.著者らは,急性期脳梗塞に対する第3相臨床試験を対象として,その前段階に遡って,それぞれの薬剤の早期臨床試験(おもに第2相)と動物実験の3者において,研究デザインや出版バイアス, 検出力(power), true report probability(TRP)等について統計学的に比較している.その結果,単に動物実験と臨床試験は異なるというだけでなく,3つの試験それぞれに違いがあることを明確にした.極めてインパクトのある論文だ.

1)対象となった研究
著者らはNXY-059やONO-2506,エダラボン,アルブミン,尿酸などを用いた第3相臨床試験の50試験を対象とし,その前段階で行われた75の早期臨床試験と,209の動物実験を比較した.

2)評価法は3群で大きく異なる
動物実験での主要評価項目は梗塞サイズが100%であるのに対し,早期臨床試験,第3相試験ではともに10%台と稀で,その代わり両者ではほぼ100%機能障害を確認していた(動物実験では60%未満であった).また評価した個体数(動物数,症例数)は創薬のステージが進むほど,顕著に増加した(P<0.001).

3)治療の成功率は創薬ステージが進むほど低下する
研究が成功した頻度は,動物実験で69%,早期臨床試験で32%,そして第3相試験で6%と,ステージが進むほど低下した.平均治療効果(mean treatment effect)は治療群と対照群の結果の比を示すが,動物実験では0.76 (95%信頼区間0.70~0.83),早期臨床試験では0.87 (0.71~1.06),第3相試験では1.00 (0.95~1.06)とステージが進むにつれて低下した.

4)動物実験と早期臨床試験では出版バイアスが見られる
薬剤の効果が有望である場合,有意差がなくとも論文報告される傾向があるが,逆の結果である場合は,特にサンプルサイズが小さいと,本当にnegative studyなのか分からないこともあり,公表されないことが多い.よって出版された研究結果だけ統合すると,治療が有効と評価されてしまうことが起こり得る.これが「出版バイアス」であり,その有無を評価する方法としてFunnel plotが用いられる.Funnel plotについては大阪大学腎臓内科のページが詳しいので参照していただきたいが,動物実験のみならず早期臨床試験でにも出版バイアスが見られた.

5)研究デザインが異なる
動物実験では,ランダム化試験や盲検による評価が少なく,さらに高血圧などの共存症を合併する個体を用いた評価が極端に少なかった.


治療介入のタイミングも,動物実験では虚血後3時間以内という急性期が圧倒的に多いが,臨床試験では12時間以降が多かった.


6)動物実験の検出力とtrue report probability(TRP )は低い
検出力(power)は「統計的仮説検定において,帰無仮説が偽であるときに誤らずに帰無仮説を棄却する確率のこと」だが,動物実験での平均検出力はわずか17%しかなかった.またTRP,つまり「統計的に有意な場合に(帰無仮説が棄却される場合に)対立仮説が真である確率=治療薬が本当に有効である確率」は動物実験ではわずか50%未満であった.

7)なぜ,動物実験で有効な薬剤がヒトの臨床試験で無効なのか?
研究デザインの違い(治療のタイミング,主要評価項目,評価法),出版バイアス,低い検出力が原因と考えられた.主要評価項目の違いは,動物実験では中大脳動脈を閉塞させ,虚血後早期に治療介入を行い,評価も急性期に梗塞体積で行うのに対し,ヒトの臨床試験では様々な脳梗塞のタイプを含み,虚血後遅れて治療介入を行い,評価を慢性期に機能障害で行っている.そして重要なことは,単に動物実験と臨床試験の間に大きな壁(roadblock)があるのではなく,動物実験と早期臨床試験,第3相試験のそれぞれの間にも壁があるということだ.

8)理想的な動物実験はどうあるべきか?
動物実験の個体数を大幅に増加させること,ランダム化,盲検化を徹底し,共存症を持った動物を使用すること,治療介入タイミングを臨床試験に合わせて遅くすること,梗塞サイズではなく,機能障害で評価すること,出版バイアスを減らすため,無効であった論文も投稿することである.この条件で有効な薬剤を見出すことは容易なことではないだろう.しかしそのような薬剤でしか,臨床試験での高い成功率は見込めないということだ.

上記で難しいのは個体数の増加である.単一の研究室では限界があり,少数例で有効であった薬剤に対してはプロトコールを統一し,多施設共同研究による動物実験を行うことが今後,求められるだろう.その上で動物愛護にも配慮が必要で,必要最低限に抑える必要がある.出版社もnegative studyの論文をさらに積極的に採用することが求められる.

最後に今回の結果は脳梗塞研究に限定されるものではない.他の神経疾患の創薬においても極めて有益な教訓となることは間違いがない.いかに動物実験をヒトの臨床に近づけられるかを念頭に置く必要がある.

Schmidt-Pogoda A et al. Ann Neurol 2020;87,40-51.

NHKスペシャル「認知症の第一人者が認知症になった」を見て

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番組は,自ら認知症である事実を公表した認知症医療の第一人者,長谷川和夫先生の1年間の記録であった.「変わっていく心にどう寄り添えばよいのか」という家族の葛藤も描かれたが,一番注目されたことは長谷川先生が体験した「認知症とは何なのか?」の答えである.長谷川先生は「自分の姿を見せることで認知症とは何か伝えたい」と仰っていた.その答えを長谷川先生の言葉のなかから拾ってみたい.

1)長谷川先生の言葉から知る認知症

・認知症の人の心に寄り添い診療を続けてきたが,自分が診断されて初めて「不安」に襲われた.
・自分自身が壊れていきつつあることは別な感覚で分かっている.生きていく上で「確かさ」という生活の観念が少なくなっている
・何回も念押しして聞いたりなんかするから(まわりが僕を)鬱陶しくなって,やっぱり今こういうことを言っていいのか,言わないほうがいいのかっていうことに自信がなくなる.だから「寡黙」にならざるを得ない.自分の殻にこもってね.
・俺の戦場に帰りたい.戦場に帰って自分で戦いたい,自分の戦いを.
・(認知症は)よくできているよ.心配はあるけども,心配する気付きがないからさ,神様が用意してくれた一つの「救い」だよね.

そしてラジオ番組でも以下の印象的な言葉を話されていた.
・どんなことがあるか分からないかもしれないけど,出きるうちはね,そういう「貢献」をさせていただきたい.そのことが,良く死ぬことだと.良く生きることは,良く死ぬことだと,そう思う.

2)番組を見て思い出された言葉

認知症診療は,脳神経内科の診療のなかでも難しく,とくに患者さんや家族からの切実な問いに対して,どう答えたら良いか分からず悩むことが多い.エビデンスなど作れないためだ.しかし先輩医師や患者さん,家族の言葉から学んだことは少なからずある.自分が番組を見て思い出した言葉をいくつか紹介したい.

① 認知症の患者さんの感情は,発病前と変わらないのよ.周囲から傷つく言葉を言われれば,以前と同じように傷つくものなの.
私が尊敬する先輩医師から,若い頃に学んだ言葉.「認知症になっても見える景色は変わらない,前と同じ景色だ」という長谷川先生の言葉や,「家族を楽しませることが大好きであったその人柄は決して変わらない」というご家族の言葉と通じるところがある.この言葉は自分が患者さんとお話するときにはいつも意識している.ケアされる側にいる者は,罪悪感にさらされ傷つきやすいことを認識する必要がある.

② 「ありがとう」の言葉があるから介護ができる.
長谷川先生が妻の瑞子さんに毎晩寝る前に伝えている「ありがとう」という感謝の言葉から,昔と変わらないお互いを尊重し合う絆を感じた.この場面を見て思い出したのは,認知症を介護するご家族から何度も伺った「ありがとうの言葉があるから介護ができる」という言葉.反対に「もしありがとうと言ってもらえれば・・・」という言葉も何度も伺った.それだけ認知症の介護における「ありがとう」の意義は大きい.

③ 長谷川式(簡易知能評価スケール)はこまめにチェックしなくていいんだよ
これは後輩から「経過観察のために長谷川式をこまめに確認しているのですが,嫌がる患者さんがいます.先生はどうしていますか?」という質問に対する私の回答.長谷川式による認知機能の評価は,患者さんのプライドや尊厳を傷つけうることを認識する必要がある.番組の中で長谷川先生は「信頼関係を作ってから検査する.出発(最初)からしないでください」と述べていた点はとても重要である.むしろ外来では認知機能の評価より,患者さんとご家族の双方のお話を別々に伺い,それぞれの本当の気持ちを理解することが大切だと思う.

3)長谷川先生から何を学ぶか?
認知症の診療や介護は,原因疾患や病期,周辺症状(BPSD)の程度などによってはさまざまな困難を伴う.しかし,長谷川先生が,認知症とは何か,自分の姿を見せることで伝えようとしたことは,認知症の診療や介護を行なう上で,大きなヒントとなるのではないかと思う.それは前述のラジオ番組の中でも述べておられるが「認知症は,全く普通の人と同じことを考え,同じ物の考え方をしてて,決して型にはまった,ここからが認知症だっていう人は一人もいない」ということではないか.その理解は,診療や介護をより良い方向に変えるように思う.



カナダにおける医学教育@McGill大学臨床医学教育研修報告会

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昨年10月に,カナダ・モントリオールにあるMcGill大学での臨床医学教育研修に参加した.McGill大学は,医学教育の基礎を築いた人物として知られるWilliam Osler先生の母校である.そして1月20日,「今日の臨床教育 ―私たちはこう教えたい―」と題した臨床医学教育研修の報告会が岐阜大学医学部にて開催された.さまざまな診療科から参加した医師5名が以下のポスターに示す5つのキーワードを設定し,研修で学んだことを,今後の医学教育にどのように活かすかについて解説した.各自,工夫をこらしたプレゼンが印象的で,参加者からも非常に鋭い質問が寄せられ,議論は大いに盛り上がった.


私はカナダの「医師育成カリキュラム」について説明をした.ここでは発表会で使用したスライドを提示したい.テーマは以下の3つである.
①カナダと日本の医学教育カリキュラムの違い
②(報告会では使用しなかった)講義とワークショップのまとめ
③マギル大学脳神経内科実習の様子(パーキンソン病専門外来と脳卒中外来・入院)

現在,専門医育成のための制度に関する議論が行われているが,本当のエキスパートを育てるために行うべきことは他にたくさんあるように思う.

Mc Gill university education from Takayoshi Shimohata
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